駿河は走っていく車を横目で確認する。しかし妙だった。姿を晒しているのに、相手が全く撃ってこない。

「もういねえのかなあ・・・」

呟いた駿河は、振っていた両手をだらんと下げた。狙撃を諦めたのかもしれない。もしくはあれなのか。巡っていた疑念がさらに強まる。だが、その前にやることがある。駿河はスマートフォンを出し、通話中のままだった希に声をかけた。

「希さん」

―何度も呼んだのになんで出ないの!つーか、なにがあったの?結介も襲われたの?

「そう。でも、なんとか切り抜けられたみたい。それより、これから警察がそっち来るかもだから、見られちゃマズいもんは隠しといたほうがいいよ」

―まあ、あんだけうるさけりゃ通報されるわな。

「マスターが通報したって」

―あの人、こういうときだけキビキビしてるよねえ。

「まあね」

駿河は会話を続けながら周辺を見渡す。

―サッちゃんは?大丈夫なの?

「大丈夫。今、姫花さんのとこに向かわせた。俺の車で」

―警察嫌がってたからそうしたんだ?

「そのとおり」

―姫花ならいいんじゃない。見た目に比べて結構強いし。

「これからあいつに連絡するから、一旦切るね」

通話を終えた駿河は、早速≪フラミンゴ≫に連絡を入れた。


 同じ頃、辰巳と柏木は、取調室で吉沢の供述を聞いていた。

「なるほど。フィアーいうんは、犯罪好きの集まりっちゅうわけか」

辰巳が大体の概要を摑んだとき、ドアをノックして制服警官が顔を覗かせた。

「少しよろしいですか?」

関をった柏木が警官のそばまで来ると、その警官が柏木に耳打ちした。その合間、吉沢が辰巳に再度訴えかける。

「なあ、絶対俺のこと守ってくれよ」

「わーっとるわーっとる。警備は厳重にしとくから安心せえ」

ふんぞり返る辰巳はぞんざいにうなずいた。そんな様子を見た吉沢は、本当にその気があるのかと疑いの目を向ける。

「そうですか。わかりました」

柏木が言うと、警官はドアを閉めた。

「辰巳さん、七丁目で銃声らしき音を聞いたとの通報が。一回ではなく、何十回も聞こえてきたとのことです」

報告した柏木に、辰巳が訊いた。

「七丁目・・?七丁目のどこや?」

「五十番三号。喫茶店の隣にあるビルだそうです」

「そこって・・、あのけったくそ悪い探偵がいるビルやないか!」

辰巳がおもむろに腰を上げる。

「俺は現場行ってくる。お前はこいつ頼むで」

柏木に適当な指示を出した辰巳は、足早に部屋を出て行った。

「おい!俺どうなんだよ!おい!」

吉沢が叫ぶが、辰巳には聞こえなかった。


 姫花にどうにか承諾をもらい、スマートフォンをしまった駿河の耳に入ってきたのは、うめき声だった。辺りを見ると、加藤と篠塚がわずかに動いている。てっきり射殺されたものと思っていたが、まだ息があるようだ。駿河がふたりのもとへ駆け寄ったとき、二台のパトカーが近くで停まった。降りてきた制服警官に、駿河が声高に呼びかけた。

「怪我人です!すぐに救急車お願いします!」


 数十分後、辰巳が乗った覆面パトカーが現場となったビルに到着する。辰巳の視界に入ったのは駿河だった。隣には希もいた。心配になってやってきたのだ。ふたりが警官に事情聴取を受けている。それを後目に、辰巳は歩きながら現場を検めた。すでに鑑識が入っている。その邪魔にならないよう、遠目に眺め回す。地面に落ちていた二丁の拳銃、散らばった無数の薬きょう、ほぼ首だけの遺体、その遺体が持っていたロケットランチャーなど、まるで抗争の跡のようだ。辰巳は駿河と希に近づき、代わりに聴取を行う旨を警官に伝えると、ふたりに問いただした。

「これ、お前らがやったんか?」

「そんなわけないでしょ」

駿河は当然のように否定した。

「確かに。隣のネエちゃんは関係ないかもしれん。ヤンキーみたいやが、女ができる技やない」

「は?ヤンキー?結介、なにこいつ?」

気色ばんだ希が辰巳を指差した。希は辰巳とは初対面である。

「でも駿河、お前ならできるわなあ」

辰巳は語を継ぎ、とんでもない当てずっぽうを話し出す。

「おそらくこうや。お前には莫大な借金があった。しかも借りたんはヤクザからや。そのヤクザが取り立てにやってきた。金が返せんかったお前は、やむなく連中を皆殺しにした。逃げようとしたところで警察が来てしまい、お前は今、無関係な第三者を装っている」

「バカじゃないのあんた!」

希が声を上げた。十分に調べもせずに、一方的に駿河が犯人だと断定した言い方をしているのだ。駿河は思った。辰巳は完全に自分のことを嫌っていると。

「俺は殺してません。それに、借金もありません。俺は相手に襲われたんです。被害者です」

駿河は冷静に対応した。

「相手って誰や?ヤクザやないんか?」

「それは・・。言っても信じてくれませんよ。特に辰巳さんは」

「どのみち調べりゃわかることや。駿河、手え出せ」

辰巳が手錠を取り出す。

「逮捕するんですか?なんの容疑で?」

「もちろん殺人や」

「まだその段階じゃないでしょ」

反論する駿河の隣で、希が辰巳を睨んで言う。

「あんた、不当逮捕で訴えるわよ」

「おーおー、やれるもんならやってみい。裁判所がおたくのようなネエちゃん相手にしないと思うがのう」

「こいつ・・、ぶっ飛ばしてやる!」

怒った希が辰巳に殴りかかろうとするのを、駿河が止めた。

「そんなことしたら希さんまで捕まっちゃうよ。俺なら大丈夫。ちゃんと調べれば違うってはっきりするから」

「でも・・・」

「いいから」

駿河は両手を差し出した。辰巳はその手に手錠をかける。

「行くで。ちゃっちゃっと来んかい」

辰巳が背中を見せる。怒りが収まらない希は、その背中を思い切り蹴った。

「痛っ!」

前につんのめった辰巳が振り向く。

「お前か?お前がやったんか?」

顔を顰める辰巳に対し、希は微笑んで視線を逸らし、素知らぬふりを決め込んだ。

「辰巳さん、早く行きましょう」

駿河はそれを見ていたが、いい気味だと黙認した。


 七節署の取調室。駿河はパイプ椅子に座らされ、一時間以上待たされている。仕事柄、警察と関わることがあっても、逮捕されるのも取調室に入れられるのも初めての経験だった。

「あのー・・、あとどれくらい待てばいいんですかね?」

しびれを切らした駿河は、傍らの席にいる柏木に問いかけた。

「もう少々お待ちください。じきに辰巳さんが来ますので」

そう答えたとき、ちょうど辰巳が入ってきた。怪しい笑みで駿河の正面に腰掛ける。

「このインチキ探偵」

辰巳は開口一番そう言うと、続けて問い詰めようとする。

「現場に落ちとった銃から、お前の指紋が出たで。やっぱお前が殺したんとちゃうんか?」

「あれは、向こうが撃ってきたから、正当防衛で撃ち返しただけです。それに殺してはいません」

「まだあるで。お前、男ふたり車で轢いたな?そのふたりが証言したで」

「あれも、そいつらがウチの事務所に向かって銃を撃ってたから、希さんが危ないと思ってやったんです。『緊急避難』ってやつですよ」

駿河が抗弁するも、辰巳は懐疑的な姿勢を取った。

「そうかそうか。で、希っちゅうんは、あのネエちゃんのことか?」

「はい」

「できとるんか?」

辰巳が肘をつき、小指を立てた。

「そういう関係じゃありません。仕事上のパートナーです。てか、話逸れてません?」

「つい気になってしもうただけや。ネエちゃんも大変やのう。お前みたいなしょうもない男と一緒に仕事しとるんは」

「それ言うために来たんですか?取り調べでしょ」

駿河はいい加減うんざりしてきた。

「現場見ましたよね?あれを俺ひとりがやったと思ってんですか?状況的にあり得ないですよね?」

そう主張した駿河に、辰巳はひとつの仮説を唱える。

「共犯がおった可能性もある。現に車が見当たらないんや。男ふたりを轢いた車や。どこやった?その共犯が乗って逃げたんとちゃうんか?」

「逃げるんなら、俺も一緒に逃げてるじゃないですか」

「じゃあ、車がないんはなんでや?」

「話せません」

駿河は口を閉ざした。幸子のことを漏らすわけにはいかない。

「黙秘権っちゅうわけか。そんなの俺には通用せんで。まあ、これで疑いが濃くなったわな」

辰巳は席を立ち、駿河に歩み寄る。

「そういや駿河、ちょっと前に交通違反しとんな。あの爆弾騒ぎの前や。ナンバーでお前の車やとわかっとる。交通課が怒っとったで」

「はい。それは認めます。罰金なら支払います」

その点は受け入れた駿河に、辰巳は顔を近づけた。

「さっきも言うたがなあ、俺はこの件の犯行はお前や思うとる。けどウチらとしては、形式上捜査せなあかん。そやから調べがつくまで、署に泊まってもらうことになるで。ええな?」

「好きにしてください。俺は断じて人殺しなんかしていません」

「ええ根性やないか。いつまで続くか見ものやな」

辰巳は笑みを浮かべ、柏木に命じて留置手続きに入ろうとした。駿河の初めてがひとつ増えたのだった。

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