CHAPTER 5/RAIN CALLED CRISIS
①
ちょうど同じとき、加藤と篠塚は遠目からこの状況を目撃していた。
「なにがどうなってる?」
篠塚が呟いた。それが耳に入った加藤が言った。
「わからない。だが、こうなってはこれ以上、あの探偵のもとに置いておけないな。強引にでも連れていくしかなさそうだ」
駿河はスマートフォンを耳に当てながら、幸子と共に車を降りた。
―もう少しで入って来られるとこだったよ。
希の言葉に、駿河が訝しげな反応をした。
「え?建物の中に入ったの?」
―そう。事務所のドアぶっ壊そうとしてさあ。
「外からだけじゃないの?」
―ううん。違う。
「じゃあ、まだ・・・」
そんな駿河と幸子の数メートル先から末延が現れた。歩いていた末延の足が止まり、駿河と目が合う。その瞬間、末延は持っていたマシンガンの銃口をふたりに向けた。
「危ない!」
駿河は幸子を突き飛ばし、自らも伏せた。末延のマシンガンが火を噴くと、車のドアガラスにひびが一気に入る。駿河と幸子は、すかさず車の陰に回り込んだ。車体が瞬く間に傷だらけになっていく。そこへ、加藤と篠塚が拳銃を手に走ってきた。加藤が銃口を上に向けて威嚇射撃し、叫んだ。
「動くな!」
ふたりが拳銃を構えるが、末延は怯むどころか発砲してきた。加藤と篠塚も引き金を引く。三人とも肩や腹などに被弾して相打ちとなる。しかし、末延のほうが撃ち込んだ弾の数が多い。加藤と篠塚はその場で倒れてしまう。末延はぐらつきながらも、駿河の車に対して銃撃を再開した。一歩ずつ前進し、駿河と幸子を追い詰めようとする。そのさなか、必死に身を潜める駿河の視界に入ったのは、拳銃だった。先ほどの男たちが持っていた拳銃のひとつだ。すぐ近くの地面に落ちている。駿河は繋がったままのスマートフォンを上着にしまい、前屈みで手を伸ばした。そして、その拳銃を拾い上げると、両手に構えて応戦した。だが、駿河は警察官でも自衛官でもない。拳銃を撃つのはこれが初めてだ。おぼつかず、狙いが定まっているのか怪しいほどである。しかし、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」と言うべきか、数発のうちの一発が末延の右
「おい結介!どうした!なんかあったのか!」
その男は<パレパレ>のマスター、山田だった。コンクリート塀から顔と手だけが出ている。騒々しいほどの銃声は、当然ながら隣の喫茶店にも聞こえていたのだった。
「マスター戻って!危ないから!」
駿河は片手を大きく横に振って注意を促す。それが伝わったのか、うなずいた山田は立ち去ろうとした。その去り際に、またも大声を出す。
「警察には電話しといたぞ!」
そう言い残し、山田が店へと帰っていった。そちらに目がいっていた駿河は、すぐさま末延のほうに視線を移した。末延が大きな筒状の物を持ち出した。それを右肩に担ぐと、その先端を車に隠れている駿河と幸子に向けた。
「マジかよ!?」
駿河は肝をつぶすほどに驚いた。それはロケットランチャーだったのだ。しっかりと砲弾が装填されている。末延はふたりを車ごと吹き飛ばすつもりのようだ。あの男は普通ではない。どうかしている。つくづく感じた駿河は、回避しようと幸子の手を握った。
「走って!」
駿河が駆け出すのと一緒に、幸子もつられて腰が上がる。その背中に標準を合わせた末延が、今まさに砲弾を発射しようとした瞬間だった。駿河の耳に、大きく鈍い衝突音が鳴るのが聞こえた。駿河はその音に思わず立ち止まり、振り返った。表情をこわばらせた駿河を見た幸子が後ろに目を遣る。そして、甲高い悲鳴を上げた。末延の顔が半分以上なくなっていたのだ。風船が破裂したような状態になっている。グロテスクな姿で膝からくずおれる末延を、駿河と幸子は呆然と眺めていた。そのとき、ふたりの近くの地面が小さな爆発を起こした。アスファルトの破片が飛び、粉塵が舞う。駿河は直感した。これはライフルによる狙撃だ。末延が死んだのも同じ、その狙撃によるものだ。このまま留まっていては、自分たちも餌食にされる。しかしその反面、ある疑問が湧いていた。だが考えている余裕はない。
「こっち!」
そう言った駿河は、幸子を強引に連れて走り出し、狙撃しにくい駐車場の奥へと入っていった。
駿河と幸子が危機的状況に陥っている頃、七節署の取調室には辰巳と柏木、そしてもうひとりの男がいた。その男、
「吉沢。お前、スマホにアプリ入れとんな。フィアーとか言うアプリや。お前のお仲間全員のスマホにも入っとった。あれなんや?なんかのコミュニティか?」
吉沢はうつむいたまま黙っている。辰巳は前屈みになり、問いを続けた。
「杉村晋平っちゅう奴、知っとるか?そいつのスマホにも同じもんが入っとった。お前、死んだ杉村となんか繋がりがあるんとちゃうんか?」
「死んだ・・・!?」
吉沢は呟くと、顔を上げて辰巳に訊く。
「杉村さん、死んだんですか?」
「知っとったか・・。そうや。ほんの数時間前か、この署の裏で撃たれて死んだわ」
途端に吉沢の目が泳ぎ出す。
「やっぱりあのルールはマジだったんだ・・・」
「なんや?ルールって?」
吉沢は怯えた表情になり、辰巳の腕にすがりついた。
「刑事さん。なにもかも話すから、俺のこと守ってくれ」
「放せやアホ!」
辰巳が吉沢の手を一度は振り解くが、吉沢はなおも辰巳の腕にしがみついた。
「このままじゃアンノウンに殺される!」
「アンノウン?なんやそれ?」
「俺が知ってることは全部しゃべる。だから頼みます。まだ死にたくないんですよ!」
痛切に訴える吉沢を、傍らの席にいた柏木は不思議そうな顔で見ていた。一方、辰巳は事の次第を訊くべく、吉沢に言った。
「そんなに死にたないんやったら、ほれ、話してみ」
駿河と幸子は柱の陰に身を寄せた。駿河は頭を働かせた。この周辺は建物が少なく見晴らしがいい。狙撃できるポイントはない。そこである方法がよぎり、それを言葉に出す。
「ロングキルだ」
「なにそれ?」
「超長距離狙撃。要するに、肉眼では見えないほど遠い位置から撃ってきてるってこと」
「そんな説明どうでもいい。ねえ、どうすんの?ここにずっといんの?」
幸子の声が聞こえていないのか、駿河はブツブツと独り言を呟く。
「そうなると、使うライフルも限られてくるな・・。それにあの威力・・。もしかして・・・」
「ちょっと!」
駿河の上着の袖を摑んで幸子が怒鳴った。そのとき、パトカーのサイレンがふたりの耳に入ってきた。
「警察が来る。幸子さん、事務所に戻って・・。いや、どのみち事務所にも警察が来るな。どうしよう・・・」
駿河は迷った末、ひとつのアイデアを思いつき、幸子に訊いた。
「幸子さん、車の免許持ってる?」
「一応」
「じゃあこれ」
じきにパトカーが到着する。時間がない。駿河は慌ただしく、ズボンのポケットから車のキー、そして上着から財布を取り出した。その財布を開き、一枚のカードを抜くと、幸子にそれらをセットで手渡した。
「ん?なにこれ?」
幸子はカードを見て眉間を寄せた。それはどこかの店の名刺だった。≪
「三丁目にある<フラミンゴ>っていうガールズバー。そこの姫花って店長に会って、俺が連絡がするまでしばらく匿ってもらって。向こうには俺から事情を話しとく。だから、俺の車ですぐに行って。住所は名刺に載ってるから。あとは、車が動くかどうかだな・・・」
「私ひとりで行くの!?」
目を丸くする幸子に、駿河が言った。
「だって、警察嫌なんでしょ」
「駿河さんは?」
「囮になる。その隙に幸子さんは車に乗って。じゃ、あとで」
駿河は柱から飛び出し、
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