その数十秒前、両手に手錠をはめた杉村が、検察での取り調べのために七節署の裏口から数人の警官たちに連れられて出てきた。そこへ一台の黒いワゴン車が、移送の警察車両の前を遮るように横付けで停まった。警官たちが不審な目で見ていると、後部座席のドアを開けて出てきたのは、スーツ姿の末延だった。手にはサブマシンガンを構えている。無表情の末延は、警官らに抵抗させる間も与えず、歩きながらマシンガンを連射した。防刃チョッキしか着用していない警官たちは、ひとり、またひとりと銃弾の犠牲になり、倒れていく。やがて、血の海と化したそこには杉村が残っていた。足を崩して地面に座り込み、ガタガタと震えている杉村は言った。

「末延さん・・。た、助けに来てくれたんですか?」

末延が杉村に銃口を向ける。そうでないと察した杉村は喚きだした。

「なんだよ!僕なにも言ってませんよ!黙ってました。フィアーのことはひと言もしゃべってません!」

感情がないかのような顔つきの末延は、黙って引き金を引いた。胸に無数の銃弾を浴びた杉村はその場にくずおれた。そして末延は来た道を戻り、ワゴン車の後部へ乗り込むと、車はそのまま走り去っていった。ここまで二分とかからなかった。


 銃声を聞きつけて、辰巳と柏木は裏口から顔を覗かせた。まさに凄惨な現場だった。警察車両のフロントガラスやボディには弾痕がいくつも付いており、杉村と警官たちが血を流して横たわっている。末延は相手を的確に射殺していた。

「遅かったか・・。クソッ!」

辰巳は悔しそうに地団太を踏んだ。


 希が事務所に帰ってきた。自分の部屋に入ると、駿河と幸子がモニターに目を遣っている。先ほど仕掛けた隠しカメラの映像を見ているのだ。

「お疲れ様」

駿河は希を一瞥して声をかけた。

「ただいま。その後はどう?」

「いや、特に動きはないね。希さんが店を出たあとに、店主らしい人が閉店の札を提げに来たくらい」

希が駿河と幸子に歩み寄りながら言う。

「ふーん・・。そんなに見入んなくてもさあ、それ、動体検知式だから、動きがあれば自動的に録画されるよ。結介も知ってるでしょ」

「知ってるけど、鎌田がまだ出てこないのが気になってんだよねえ。あそこがフィアーのアジトだとしたら、中でなにやってんだろう」

「こんな時間に閉店の札提げたってことは、なんかしらよからぬことでもしてんのかもね」

「そこが気になる」

思索しようとした駿河に幸子が言った。

「希さんも帰ってきたし、ふたりに知らせておきたいことがあって。実はまだ話してないことがあるの」

それを聞き、希が柔らかい口調で叱る。

「サッちゃん、まだ隠し事してたの?言うなら全部言ってもらわなきゃ」

「ごめんなさい。自分で調べようと思ってたから。でも、駿河さんと希さんのほうが早いんじゃないかなって」

駿河は幸子に訊いた。

「で、話してないことって?」

幸子はテーブルの上に置いていた自分のタブレットを起動させ、操作をしながら説き起こす。

「愛菜が亡くなる少し前、私にメッセージをくれたの。なんかフィアーのホストコンピューターに侵入できたらしくて。主にアンノウンが使用しているPCみたい」

「愛菜って誰よ?」

事情を知らない希に、駿河が答えた。

「前に言った幸子さんの友達」

「ああ・・、あの子ね」

幸子は説明を続ける。

「愛菜は希さんと同じで、ITに関するリテラシーに強かったから。その愛菜が、アンノウンの正体がわかりそうだって私に伝えてきたの。それで、いくつかの情報を送ってきた。けど、そのすぐあとに奴らに殺されちゃって」

「情報・・。なんの情報?」

駿河が訊くと、幸子はタブレットの画面を見せた。そこにはあるマークが表示されていた。古代文字のような青いマークだった。

「ん?なんかのロゴマーク?」

希が首を傾げる。その傍らで、駿河はさらに首を傾げていた。幸子はふたりに対して話した。

「そう。愛菜の調べでわかったことは、これはどっかの会社のロゴマークで、その代表者がアンノウンだってこと」

眼鏡を外し、考えるポーズをとった希が私見を述べる。

「つまりアンノウンってのは、会社代表者の表の顔とフィアーのリーダーとしての裏の顔、ふたつの顔を持ってるってこと?」

「希さんの言うとおり、そういうこと」

幸子は答えた。ふと希は、難しい顔で首を捻ったままの駿河を見て声をかけた。

「どうしたの?」

「これ、どっかで見たことあるんだよなあ・・。でもどこだろう・・・」

「見たことあんの?」

「それは確か。どこだったかなあ・・・」

駿河は腕を組んで顔を上げ、なんとか思い出そうと頭を回転させていた。


 同じ頃、佐野がいる古書店の裏、多数の書物が山積みなっている薄暗い部屋に、鎌田が立っていた。その正面で、佐野が椅子に腰掛けている。テーブルには、紅茶の入ったカップがふたつ置いてあった。そのひとつを丁寧に手に取り、佐野が言った。

「鎌田さん。あなた、プランに失敗しましたね?」

佐野が紅茶を静かにすする。その鎌田は責任逃れの姿勢をとった。

「だってしょうがねえだろ。変な野郎ふたりに邪魔されたんだから。ボディーガードがいるならいるで、ちゃんと情報送ってもらわねえと」

「言い訳は結構。結果的にあなたは失敗した。おかげで数人のメンバーが逮捕されてしまいました。これから始末が大変ですよ」

「始末?」

「鎌田さん、フィアーのルールはご存じですか?」

鎌田は紅茶を酒でも煽るかのように一気に飲み干すと、その問いに答えた。

「いちいち覚えちゃいねえよ。あんな法律みたいな長ったらしいルール。俺は好きなことで稼げるから、あんたらんとこに入っただけだ。要はあれだろ。フィアーのこと誰にもしゃべんなきゃいいんだろ?」

いい加減な鎌田の態度に、佐野は呆れたかのような表情でカップを置いた。

「ほとんどのメンバーは、あなたのような方が多い。確かにフィアーは、従来の組織構成ではありません。しかし、まるっきり自由というわけでもありません。組織を維持するためにはルールが必要です。そのルールもロクに目を通さずに好き勝手にやられると、こちらとしては困ります。そういった方には厳正な処罰が必要です。アンノウンもそうおっしゃっておられます」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?またメンバー再編成しようか?」

「いえ。そちらは末延さんにお任せすることにしました。彼はルールを把握していますし、組織に忠実ですから。それにもうひとり、アンノウンご自身が依頼した方もいらっしゃいますので」

「だったら俺は・・、がっ・・、あ・・・」

鎌田が突然苦しみだし、膝をつくと横倒れになった。佐野は席を立ち、首を掻きむしる鎌田を見下ろしながら言った。

「プランを完遂できなかった者、警察に逮捕された者、組織の存在を口外した者、または口外しようとした者には、死を持って償ってもらう。それが、アンノウンが秘密保持の観点から定めた組織のルールです。鎌田さんはそれに該当した」

「てめえ・・、飲みもんになに入れた・・・」

佐野はしゃがみ込み、曖昧な答え方をする。

「だいたい察しはつくでしょう」

鎌田は目を見開き、佐野を見つめたまま絶命した。あまりにも呆気ない最期だった。

「さてと・・・」

佐野は腰を上げ、スマートフォンを耳に当てると、奥から折り畳まれた段ボール箱を取り出した。


 古書店の近くに仕掛けたカメラに反応があった。駿河と希、そして幸子がモニターに注視する。佐野の姿が映っている。隣には大きな段ボール箱を乗せた台車がある。そこへ、黒いワゴン車がやってきた。車を降りてきた男を見て、希が言った。

「あれ、末延だね」

駿河は小さくうなずく。

「うん。写真の男だ」

確かにその男であった。末延のほかにもうふたりの男が降りてくる。そして、その段ボール箱を三人で持ち上げ、車の後部のラゲージルームに詰め込むと、車に乗って走り去っていく。それを見送った佐野は、ドアにかけてあった札を反転させて開店の状態にすると、中に入っていった。その映像を見た駿河は確信を持った。

「やっぱり、あそこはフィアーのアジトで間違いなさそうだね」

「これからどうしよっか?」

希は今後について駿河に問いかけた。

「そうだなあ・・。ここまで来たら、ぶっ潰すとまではいかなくても、フィアーの全貌を俺らで明らかにしちゃうってのはどう?」

「遊び感覚で人殺しする連中相手にすんの?警察でもないのに?結介、ほんとにバカになっちゃった?できるわけないじゃん」

異議を立てる希に対し、駿河は笑みを漏らした。

「こういうのだよ。俺がテレビで見た探偵は、こうやって巨悪を打ち砕いてきたんだ。実際はそうじゃないって言い聞かせてきたけど、この展開はまさにそうだ。なんだか燃えてきたぞー」

希は頭を抱えた。さすがに自分でも、現実と特撮の世界の区別はついている。なのに、駿河はその境を混同してしまっている。

「やっぱバカだ」

呟いた希はひとり、荷物を片付けようとガジェット部屋に向かった。

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