同じ頃、駿河と辻野によるタッグは、フィアーの集団との戦いを繰り広げていた。駿河と辻野は場数を踏んだ手練れ同士だが、多勢に無勢、しかも敵は武器を持っている。必ずしも無傷とはいかなかった。しかし、ふたりは確実にひとりずつ相手を打ち倒していく。鎌田がナイフを手に攻撃を仕掛ける。ふたりはそれを避け、駿河は鎌田の背中に蹴りを、辻野は顔面に拳を同時に食らわせた。鎌田に強烈な激痛が走り、膝から崩れた。頭を振って意識が飛びそうになるのを必死に抑える。ふと鼻に違和感を覚え、手を触れると指を見た。血が付いている。鼻血を出してしまったようだ。鎌田にとって、怪我を負わされたのは数年ぶりだった。余裕しゃくしゃくであった感情が一変、急に不安が襲ってくる。正面に目を遣ると、味方が全滅する寸前にまで追い込まれていた。たったふたりにここまでされるとは考えもしなかった。そしてついに、鎌田ひとりが残ってしまった。顔中に傷をつけた駿河と辻野が、荒い息で鎌田にじりじりと迫る。まだまだ暴れ足りないといった空気がひしひしと伝わってくる。鎌田は表情を引きつらせ、及び腰になった。形勢不利と判断した鎌田は、背中を押さえながら低い姿勢で駆け出すと、自身のセルカ棒を手に取って逃げ去っていった。

「待てコラッ!」

追いかけようとする辻野を、駿河は片手で押さえて止めた。

「放っとけ。その前にあっちでしょ」

駿河は横たわる山下と根岸を目で指した。そのとき、パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。

「警察が来る。早く病院行くぞ。お前だって警察に厄介になるのは嫌だろ」

そう言う駿河に、辻野は確かにそうだと思った。駿河は山下の腕を自分の肩に回して立ち上がらせる。

「俺はこっち。お前はあっち頼む」

駿河の指示に辻野は素直に従った。まずは負傷したふたりの手当てが最優先だ。そのふたりを運びながら辻野がぶっきらぼうに口を開く。

「これで貸し借りなしなんて考えんじゃねえぞ」

「わかってるよ。で、どうすんだ?普通の医者に診せるのか?それとも、お前ら行きつけの医者に診せんのか?」

行きつけの医者とは、闇医者のことを指していた。

「後者のほうに決まってんだろ。近くにある。ついて来い」


 数時間後、山下と根岸を辻野に任せ、駿河は事務所に戻っていた。自席に腰掛け、机に置いた卓上のスタンドミラーを見ながら、顔に付いた傷の上に絆創膏を貼っていた。金属バットや鉄パイプで打たれたせいか、まだ身体中がズキズキと痛む。山下と根岸は命に別状はないものの、しばらくは静養が必要だという。とはいえ、ひとまずは安心だ。もうひとつ安心だったのは幸子のほうだ。先ほど自分が戻ってくると、希と幸子の姿があった。フィアーに追われたようだが、なんとか逃げ切ったようで、ふたりとも無傷で帰って来ていた。だが、フィアーがこれで諦めるとは思えない。次なる手を打ってくるだろうと駿河が考えていると、希がやってきた。

「傷、大丈夫?」

「ああ。見た目ほどじゃないよ」

本当は痛くてしょうがないのだが、希に心配かけまいと駿河は嘘をついた。

「結介とサッちゃん襲おうとしたの、鎌田なんでしょ?」

「そう。あいつだった。逃げられちゃったけどね」

「鎌田のことでちょっと新情報があるんだけど、どうする?今日はもう遅いし、明日にしよっか?」

「いや、今見るよ」

駿河は早速腰を上げた。


 希の部屋の隅では、幸子が寝袋にくるまって眠っている。よほど疲れたらしい。それはそうだ。あんな体験をしたならばうなずけるだろう。そんななか、駿河は大型モニターに目を遣っていた。六台あるモニター全てに鎌田の姿が映っている。どこかの歩道を歩いているようで、いずれも同じ場所のようだが、日時が違っていた。

「ここ数日、鎌田は午前九時ごろに決まってどこかに向かってる。でも、この先は防犯カメラがなくて、どこに行ってるかまではわかんない」

自席に座ったまま希が説明すると、その後ろで立っていた駿河が言った。

「朝メシ食いに行ってるんじゃないの?」

「この辺りに開いてる飲食店はない」

「そうか。じゃあ、どこ行ってるんだろう・・。んー・・。もしかしたら・・。これ、俺の勝手な憶測だけど、フィアーのメンバーに会いに行ってるんじゃないかな。この先に連中のアジトがあるのかも」

その当て推量に、希が返す。

「さっき地図見たけど、それらしい場所なかったよ」

「いかにもって場所アジトにしないでしょ。ヒーローモノじゃないんだから」

希は自分の趣味を侮辱されたように感じ、駿河を睨みつける。

「なにそれ?私のことバカにしてる?」

駿河にそんなつもりはなく、つい口にしてしまっただけである。誤解を生じてしまったようだ。駿河は片手を振って、必死にその誤解を解こうとする。

「してないしてない。そういう意味じゃないから。ヤクザや半グレと違って、こいつらみたいな犯罪グループは、そうだとわかりづらい場所にアジト構えてる場合が多いってだけだよ」

「あっそ。けどさあ、普通午前中なんかに集まる?夜遅い時間に集まったほうがいいんじゃない?」

「そこが盲点なんだよ。昼間よりも夜間のほうが、警察の巡回は厳しくなるからね。もし向かってる途中で職質でもかけられたら大変でしょ」

「なるほどねえ・・・」

希がなんとなくだが納得した。すると、駿河がアイデアを思いつく。

「尾行して調べてみるか。希さんが」

「えっ!?私?」

思わず希が振り返った。

「俺は鎌田に面が割れてる。尾行してたらバレる恐れがある。でも希さんはそうじゃない」

それを聞いた希が仏頂面になる。

「え~っ、嫌だよ~。徳丸にやらせりゃいいじゃん」

全く乗り気でない希は、情報屋の新渡戸に押しつけようとした。

「徳丸は探偵じゃないし、あんな派手な格好した奴が尾行したら、それこそすぐにバレるよ」

「私、尾行なんてやったことないもん」

「でも前にやり方は教えたよね。あれをそのままやってくれればいいから。俺もサポートするし」

駿河は両手を合わせて語を継ぎ、強く頼み込む。

「お願い!なんか欲しい物があったら買ってあげるから。あっ・・、けど、家とかバイクとか高いやつ意外で」

その言葉が効いたのか、向き直った希はキーボードを打った。手前のモニター画面のひとつに、とあるサイトを表示される。

「だったら、これ」

希が言うと、駿河は画面を凝視するように見る。そして呟いた。

「『勝飛かっとび戦隊ビュンビュンジャー』・・?『素顔の戦士登場』・・・?」

画面には六色のヒーローが横並びで映っている。確か以前に希から聞いていた。航空機をモチーフにした戦隊ヒーローが放送中だということを。その希が説明を加える。

「来年の一月に、後楽園で番組の出演者が出るショーがあるの。そのショーのプレミアム席、つまり特等席を予約しといて。抽選で先行販売もしてるけど、当たる確率低いし、一般販売のほうでやって。あと、パターン的に二月にも同じ場所でショーがあると思う。それは出演者六人全員が出る可能性が大だから、そのプレミアム席も予約して。全部結介の自腹で」

「え?そんなんでいいの?」

意外に安く済む交換条件だと駿河は感じた。が、希は厳しい言葉を浴びせた。

「ヒーローショーだからって甘く見ないで。この席メチャメチャ倍率高いんだよ。秒で売り切れるんだから。予約には俊敏なスピードと正確なタイミングが求められるの。絶対ガッチャして。もしも取れなかったら給料上げてもらう。今の十倍。わかった?」

「「ガッチャ」がなんなのかわかんないけど、とりあえずわかった。要はチケット取れればいいのね」

「そう。年末に予約が始まるから、詳細はあとで伝えとく」

駿河は一歩離れて顔を伏せ、独り言を囁いた。

桃地ももちさんに頼もっかなあ・・・」


 翌日、希は「ガジェット部屋」と呼んでいる一室で尾行の準備をしていた。その頃、駿河は希の部屋で幸子に事情を話したあと、窓辺でスマートフォンを耳に当て、誰かと話していた。

「そうなんです・・。ええ・・。桃地さんって、東京ドームにある遊園地に伝手ありましたよね。運営会社の幹部と知り合いだとか・・。はい・・。そこをなんとかお願いします・・。はい・・。ああ、ありがとうございます。のちほど料金はしっかりお支払いしますので・・。はい。失礼します」

駿河はちょっとしたズルをした。裏から手を回してチケットを手に入れたのだ。その相手、桃地なる人物は、希が毎週見ている特撮ヒーロー番組を制作する大手映画会社の重役で、かつての駿河の依頼人でもあった。それは、希が駿河のもとに来る前、番組制作に使用する小道具や着ぐるみが盗難に遭う事件が起き、内部犯行を疑った桃地が、個人的に駿河へ依頼したのだった。駿河の調査の結果、犯人は過去の番組に出演していた俳優であり、盗品を特撮ファンに高値で売っていたことが判明し、警察に逮捕された。その後、桃地は駿河に「いつかお礼をさせてくれ」と言っていた。当時の駿河は遠慮したが、今まさにそのお礼をしてもらうチャンスだと思い立ったのだ。駿河が通話を終えると、希が部屋に入ってきた。

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