CHAPTER 4/WORTHY DEATH

 駿河と辻野のせいで思うようにならず、苛立ちを隠せない鎌田は、セルカ棒を三脚状にして立てかけてしゃがみ込み、スマートフォンの画面を自分に向けると、視聴者に対して話しかけた。

「これ見てるメンバーの皆さーん。ちょっと邪魔入っちゃったんで、前座としてまず、こいつらをぶっ殺しちゃいまーす」

鎌田は親指を立てて駿河と辻野を指したあと、拳を振りながら続けて言った。

「俺も参戦しちゃうよー。メインのショーはこのあとすぐだから。お楽しみにー」

ポケットからナイフを取り出した鎌田は立ち上がった。この様子も生配信するつもりのようだ。背中合わせとなった駿河と辻野の周りを男たちが取り囲む。

「辻野、逃げてもいいんだぞ」

笑みを浮かべた駿河は、後ろにいる辻野に言った。

「バカ野郎。俺は腐っても極道のカシラだ。ここまでされて逃げられるか」

「じゃあ、こいつら倒すの協力してくれるってこと?」

「勘違いすんな。俺がムカつくからやるだけだ」

それが本心なのかはわからないが、辻野が駿河にとって心強い味方に転じた。

「またまた無理しちゃって。ちょっとは素直になれよ」

「うっせえ!さっさと片づけんぞ!」

ふたりが臨戦態勢に入った。男たちのうちふたりが、武器を持ったまま幸子が逃げた方向へと走り出す。

「おい待て!」

駿河の叫びがゴングとなったのか、鎌田を含むほかの男たちが一斉に襲いかかってきた。かくして、歓楽街での大乱闘が始まった。


 その少し前、事務所を出た希は、黒革のライダースジャケットを羽織った姿で、同じく黒革の手袋をはめ、フルフェイスのヘルメットを被ると、駐車場にある自らのオフロードバイクに乗った。希がバイクを愛車とした理由は『ヒーローといえばバイク』の一択である。希はスロットルを回し、颯爽と走り出した。


 息を切らせて目的地のラーメン屋へとたどり着いた幸子は、追手が来ていないか辺りを見回す。そこへ、一台のバイクが走ってきた。そのバイクが幸子の目の前で止まる。もしかしてフィアーかと思い、幸子は身構えた。そのライダーはバイクに乗ったままヘルメットのシールドを開けた。希だった。

「お待たせ」

希は車体のホルダーから、もうひとつのヘルメットを取り外して幸子に投げ渡した。

「後ろ乗って!」

幸子は希の言うとおりにした。急いでヘルメットを被り、バイクの後部に飛び乗る。すると、金属バットを持ったプロレスマスクの男ふたりが、こちらに向かって走って来る。

「あいつら、フィアー?」

希が幸子に訊いた。

「そう。奴ら」

ふたりの男がバットを振り上げて迫ってきた。目つきが鋭くなった希はシールドを閉めた。

「捕まってて。飛ばすよー」

アクセルを吹かし、急発進したバイクは前輪を浮かせ、ウィリー状態で突っ走る。

「うわっ!」

幸子は思わず仰け反った。なんとか離すまいと、希の背中に必死に抱きつく。猛スピードで駆けてくるバイクに、男のひとりはどうにか避けたが、もうひとりは距離を摑めず、前輪に顔をぶつけて横倒れになってしまう。そして、バイクは前輪を地面に落とすと、そのまま走り去っていった。顔を押さえて悶える男を後目に、もうひとりの男はスマートフォンを取り出し、仲間に連絡を取った。


 襲撃を回避したのもつかの間、今度は黒い車がバイクの後を追ってきた。希がミラーを見る。

「あの連中、まだ追ってきてる」

希がそう言うと、幸子が否定の言葉を返す。

「違う。あれは警察の車。前に話した警察よ」

ふと希に疑問が浮かぶ。

「なんでここがわかったの?」

幸子には心当たりがあったが、そのことは希に言わなかった。追尾する車の中には加藤と篠塚がいた。運転する加藤がアクセルを踏み、スピードを上げて距離を縮めてくる。

「振り切るしかないわね」

希は仕方ないとばかりに軌道を変え、道路の中央を走り出した。片側一車線の道路をセンターラインに沿って駆けていく。並行車と対向車が左右でひっきりなしに走っている。バイクでも事故につながる可能性が高いというのに、車では当然そんなことができるわけがない。

「クソッ!無茶しやがって!」

篠塚が唇を噛む。ふたりはバイクを追うのを諦めざるを得なかった。そのとき、車の隣を二台のネイキッドバイクが勢いよく追い抜いた。二台とも二人乗りで、全員ヘルメットではなくプロレスマスクで顔を覆い、それぞれのバイクの後部にいる男は、工具のバールを手にしている。

「あれ、どう見ても警察じゃないよね?」

その姿をミラーで捉えた希が言った。幸子が後ろを振り返る。今度こそフィアーの追手だった。幸子は向き直って返事をする。

「フィアーよ。希さん降ろして。奴らの目当ては私なんだから」

その追っ手は確実に、かつ容赦なく襲ってくる。幸子は自分よりも、希の身が心配でならなかった。しかし、当の希は余裕の構えだった。

「降ろすわけないでしょ。大丈夫。私のライディングテク見せてあげる」

希のバイクのエンジン音が瞬く間に大きくなり、スピードが上がっていく。フィアーのバイクも張り合うように追いかけ、距離を詰めてきた。男のひとりがバールを地面に擦らせ、火花を散らせた。フィアーの殺意が希と幸子にも伝わってくる。だが、希はそれ以上に逃げ切る自信があった。


 希とフィアーとのバイクチェイスは、熾烈を極めるデッドヒートとなった。希のバイクは車と車の間を縫うように走り抜けていく。本人が自負するとおり鮮やかだ。それに対し、フィアーのバイクはバールを振り回し、ほかの車の窓やサイドミラーを破壊しながら乱暴に走っている。いつ大事故に繋がってもおかしくない状況にあった。やがて、車が通っていない道路へと入っていく。希のバイクにフィアーが追いつく。フィアーの二台のバイクは、希と幸子を左右から挟んで攻撃しようとした。だが、希は突として急ブレーキをかけた。後輪を浮き、ジャックナイフの状態となる。攻め入ることに注意が向いて、まさかここで止まるなんて予期していなかったフィアーのバイクが、希と幸子の間をすり抜けた。後輪を落とした希はバイクを半回転させる。フィアーは素早くUターンしようとしたが、一台はスリップダウンを起こし、豪快に滑って転倒した。しかし、もう一台は襲いかかろうと迫って来る。幸子と共にそれを見た希が呟く。

「しつこいなー」

どこまで追ってくるつもりなのか。希がそう思ったとき、フィアーのバイクの数十メートル後ろにトラックが一台、道路の半分以上を占めるように駐車してあるのが目に入った。荷台には、車両の積載などに使われる巨大なアルミ製のラダーレールが掛けられている。その傾斜はかなり高い。この先を抜ければ追っ手を撒けるが、バイクが通れるほどの間隔がない。とはいえ、このまま来た道を戻っても意味がないだろう。フィアーは執拗に張り付いてくる。希は危険を承知の上で、イチかバチかの賭けに出た。希はバイクのエンジンを吹かす。

「サッちゃん、しっかり捕まってて。これからエグいくらいヤバいことするから」

「え?」

希のバイクが走り出す。その後をフィアーのバイクが追う。そして、希はある程度の距離まで走ると、切り返して半円状にターンし、フィアーのバイクに向かっていった。

「ちょっと!希さんなにする気!」

幸子は動揺した声を出した。希が語勢を強める。

「私を信じて!」

男がバールを荒々しく振り下ろす。その攻撃をすれすれで避けると、希のバイクはまっすぐ突き進む。フィアーのバイクは逃がすまいと再度Uターンし、なおも追走した。差が一気に縮まっていく。それから間もなくのことだった。フルスロットルとなった希のバイクがラダーレールを上り、空高くジャンプしたのだ。幸子は予想だにしない展開に、悲鳴を上げたくても怖くて声が出ず、目を強く閉じて希にしがみつくのに精いっぱいだった。フィアーのバイクが慌ててブレーキをかけようとする。これは無理だと咄嗟に気づいたのだ。後部にいた男が青ざめた顔で叫ぶ。

「止めろ止めろっ!」

しかし一歩遅かった。ラダーレールを上ったのはいいが、ブレーキをかけたために飛距離が足りず、バイクごと荷台に乗り上げ、激しく横転すると同時に、放り出された男ふたりは地面に転落してしまった。宙を舞う希のバイクはトラックを飛び越えたあと、完璧に着地した。反動による揺れが身体を伝う。まるでアクション映画のワンシーンのようだった。希はブレーキをかけ、バイクをかっこよくスライドさせて止めると、痛がっているふたりの姿を遠目に見た。後ろの幸子は生きた心地がせず、放心状態になっていた。

「さ、改めて事務所に戻りますか」

希が平然と言うと、幸子が不意に問いかけた。

「希さん・・。そんな技どこで・・・?」

「んーっとね。自己流。特撮ヒーローはもっとすごいのやってるよ」

「特撮でしょ・・。素人が真似しちゃダメじゃん・・・」

「べつにいいじゃない。結果オーライよ」

その物言いに、幸子は呆気に取られた。駿河といい、希といい、自分が依頼した探偵はずいぶんと型破りなことをすると感じたのだった。そういった思いを知らない希は、幸子を乗せたままバイクを走らせ、その場から離れていった。

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