希がキーボードを打つと、警察の前科者データが三つ表示された。そして語を継ぎ、詳しく話し始める。

「警察に記載されてた情報だと、杉村は四年前まで家電メーカーのエンジニアだった。けど、上司の家に爆弾を送りつけた容疑で逮捕されて、本人もそれを認めてムショ送りになった。鎌田は自分で暴行や強盗してる様子を動画サイトで生配信してた。言うなら「犯罪ライバー」ってとこかな。知名度欲しさにやってたの。当然警察に捕まって十年食らってた。末延のほうはもっとヤバい。当時そいつは世田谷にいたんだけど、そこで交番の警官を何人か銃で撃ち殺してる。しかも、逮捕されてから拘置所に送られる途中で逃げ出して、今は指名手配中。地元の七節町に潜伏してるとこまではわかってるみたいなんだけど、それ以上の捜査は手詰まりって状態。動機だって、「面白そうだったから」とか、「自分が満足するから」とか、そんなんだよ。フィアーも犯罪を楽しんでる連中の集まりなんでしょ。そこも共通すると思わない?」

見解を述べた希に、駿河は一理あると思った。

「確かに。現に杉村はメンバーだったわけだし」

「根拠ならもうひとつある」

希はある動画のファイルを画面上に表示させた。

「フィアーは動画投稿のページも持ってた。これはそれをコピーしたやつなんだけど、その中のひとつに鎌田と末延が映ってる」

そう言った希が動画を再生させる。すると、そのとおりに鎌田と末延のふたりが映っていた。見たところ、夜の道路上のようだ。ウインドブレーカーを着た鎌田は『自撮り』しているらしく、顔が大きく映っている。その後ろで、スーツ姿の末延が片手に自動拳銃を握り締め、車の前で尻もちをついて怯えているスーツの男に銃口を向けていた。駿河はその男に見覚えがあった。

「この人、たしか岩井いわいって人じゃないか?あの不祥事で騒がれた社長の息子」

希がうなずく。

「そう。あの岩井」


 それは二か月前、岩井の父が社長を務める不動産会社の保険金不正請求が発覚し、そこから社員へのパワハラ、セクハラ、「環境づくり」と称した店舗前での器物損壊などが明るみになり、一部の人への偏見とも取れるCMを流していたことも重なり、政府の各省庁が調査へ乗り出すほどの騒動となった。当然メディアも黙っておらず、大々的に報じた。当の岩井はその会社の副社長であり、一連の不祥事を起こした張本人であったが、謝罪するどころか雲隠れしようとしていた。ところが三週間前、その岩井が七節区管内の路上で、運転手と秘書もろとも射殺体として発見された。現在、警察が捜査を行っているが、犯人特定には至っていない。


 駿河はパソコン上の動画を注視しながら呟いた。

「まさか、こいつらが殺したのか?」

鎌田がハンディライトで辺りを照らしている。車の運転席側の窓には銃痕らしき穴と赤黒い血がべっとりと付着しており、外にはスーツの女が血だまりの上に横たわっているのが見て取れる。どうやら末延が運転手と秘書を射殺したあとのようだ。鎌田はカメラのレンズを自分に向け、DJ口調の軽いノリで恐ろしいことを言った。

―メンバーの皆さーん。この岩井って野郎は、殿様気取りで会社を牛耳ってきた最悪のクズ野郎でーす。これから俺と同じトップランカーの仲間と一緒に、この害虫を駆除しまーす。メンバーの皆さんは酒でも飲みながら、こいつの死にざま見ててやってくださーい。

岩井が震えた声を出す。

―やめて!お願いします!

それを聞いた鎌田は、笑いながら岩井にカメラを向けて口を開く。

―こいつチビってんじゃねえの。ウケるわー。威厳もクソもねえなあ、お前。

末延がもう一丁の拳銃を鎌田に渡す。鎌田はその銃口を岩井に向けると、ひと言放つ。

―バイバーイ。

恐れで岩井が声を上げる。

―あーっ!やめ・・・。

その声を遮るかのように、銃声が幾度も鳴り響く。鎌田と末延の拳銃が火を噴き続け、岩井の身体中に十数発もの銃弾がめり込んだ。無数の風穴を開けられた岩井は、血まみれのまま息絶えた。鎌田は遺体となった岩井の顔をアップで映し、締めくくった。

―はい。岩井ちゃんのみすぼらしい最期でしたー。それにしても、ブッサイクな顔で死んでんなあ。鼻水垂れてるし。あーあ・・、やっぱこいつチビってたわ。

岩井の濡れたズボンにレンズが向けられる。そして、聞こえてきたのは鎌田の高笑いだった。そこで、希は動画を止めた。

「希さんの言うとおり、ふたりがフィアーのメンバーだってことは、これではっきりしたよ」

駿河は生理的な嫌悪感を覚えた。いくら相手が最低とはいえ、あれほど楽しげに犯行に及ぶとは。これだけ罪の意識が完全に欠落している人間たちを見るのは初めてだった。一方、幸子は顔を伏せて、岩井が殺される瞬間を見ないようにしていた。希は自らの所感を含めて付け加える。

「一応、警察に動画を全部送っといた。もちろん匿名でね。でもこれだけじゃない。鎌田はほかのメンバーともつるんで、犯罪の一部始終をライブ配信した動画をいくつも上げてる。それも全部、トップニュースになるようなもんばっかりだった。これってアンノウンってのが考えてんでしょ。そいつが一番イカれてんね。でもわかんない。周りが関心を惹く事件起こしてんのに、グループの名前は出そうとしない。よく海外のテログループなんかは犯行声明みたいなの出すでしょ。それをやらないってのがちょっとね。派手なことしてる割には目立とうとしない。やっぱり警察に自分たちの犯行だってバレるのが怖いのかな。うーん・・・」

希が考え込む。駿河もそうしていた。リーダーのアンノウンは、起こせば話題となる犯罪案を考えている。岩井の事件もそのひとつなのだろう。そんなとき、幸子が声を発した。

「実は私、フィアーってグループのこと、前から知ってたの」

「えっ!?」

駿河と希が揃って驚いた。

「いつ知ったの?」

希が前のめりになって訊いた。

「家出するちょっと前くらいだったかな」

今度は駿河が訊く。

「どうやって?あの連中は一般に知られてないはずなのに」

幸子はその点の事情を話し始めた。

「SNSのネトモ・・、要は友達がいて。直接会ったことはなかったけど、だからこそ本音で話せる唯一の仲だった。彼女は自分がいるグループを抜けたいって、私に相談してきた。そのとき、グループの名前が「フィアー」だってことを知ったの。当時の私は半グレかなにかだとばかり思って、警察に行ってみたらなんて悠長なこと言っちゃって・・。彼女が窮地に立たされてるのもわかってなかったのに・・。そのすぐあとだった。ニュースで彼女の訃報を知ったのは。駅のホームから落ちて電車に轢かれたの。彼女の背中を押す手を見たって目撃者がいて、警察は自他殺の両面で調べてるけど、あれはきっと奴らの仕業」

「フィアーか?」

駿河が問うと、幸子はうなずいた。

「彼女がグループを抜けて警察に密告されたら困る。だから粛清されたのよ。それで私は、少しでも奴らの正体を暴いてやろうと思って、この街に来た。今度の家出は特別なの。フィアーが七節町を拠点にしてることは、彼女とのやり取りで知ってた。遊んでたのはカモフラージュみたいなもんかな。いかにも「調べてます」って空気出したくなかっただけで、本当の目的はそこだったの。街を周って情報を集めようとした。けど全然で。そんなとき、偶然あのふたりの会話を耳にした。咄嗟に逃げちゃったけど、あれで確信した。フィアーはやっぱり存在してるんだって。それで、これからどうしようかって考えてるとき、あんたたちに出会ったってわけ。でもまさか、あんなヤバい奴らだったなんて。そこまで想像してなかった」

幸子の真の意図を聞いて、難しい顔つきになった駿河は苦言を呈する。

「友達を想う気持ちはわかるけどさ、さすがに独りで無茶し過ぎだよ。結果的にきみも狙われてるじゃない」

「そうだけど・・。なんだか許せなくて。奴らというより私自身が」

心境を吐露した幸子に対し、向かい側にいた希はというと、拳を額に当てながら自省していた。

「追尾のほうに夢中で、SNSのやり取りまでは見てなかった。完全に私の不覚ね・・。待って。その友達の子、電車に轢かれたんだったんだよね?」

「うん」

幸子が答えると、希はノートパソコンのタッチパッドに触れて操作をし始めた。

「たしか・・、そんな動画があったような・・。あっ、やっぱあった」

希が動画を再生させる。すると、混雑する駅のホームの場景が映り出されていた。そして、カメラがズームアップし、列の先頭にいる若い女の顔が大きく映ったとき、希は動画を一時停止し、幸子に問いかける。

「もしかして、この子?」

その女は、黒いショートヘアで透明感のある美人であった。

「そう。彼女」

間違いないと確認して幸子が答えると、希はディスプレイを回転させて元に戻した。

「この先は見なくていい。轢かれる瞬間が撮影されてる。そのあとのことも・・・」

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