②
辰巳は警官たちを止め、男に問いかけた。
「お前、爆弾持っとったっちゅうことは、あのコンビニの爆破事件に関与してんのちゃうやろな?」
それを聞いた男が笑みをこぼした。その笑みが、どこか小馬鹿にしたかのように見えた辰巳は、またも怒鳴り声を上げる。
「なにニヤついとんねんコラッ!」
辰巳は男の頭をはたいた。
「取り調べではっきりしたるからな。もうええ。しょっぴけ」
男が連行されていく。その間、駿河は車に戻り、幸子がいるか確かめた。当の幸子は緊張した様子で助手席に乗っていた。
「一旦事務所に戻る。いいね?」
駿河が声をかけると、幸子はおとなしくうなずいた。
「はい」
運転席に乗り込んだ駿河はエンジンをかけた。その音に気づいた辰巳が振り返る。
「ちょ待て!まだ聴取が済んどらんぞ!」
呼び止めようと駆け寄った辰巳だったが、駿河の車は走り去っていってしまった。
「チッ、あのクソ探偵」
辰巳はぽつりと憎まれ口を叩いたのだった。
駿河と幸子が事務所のあるビルへと戻ってくる。自分たちを尾行していた黒い車は停まっていない。いまだ捜し回っている最中なのかもしれない。
ふたりが事務所内に入ると、希がソファに座ったままノートパソコンを操作していた。
「いやあ、大変だった・・・」
駿河がしみじみと呟いた。希はふたりを見て、心配そうな面持ちで声をかける。
「ねえ、なにがあったの?」
「その前に、なんか追加でわかったことある?」
反対に駿河が訊いた。
「え?そりゃまあ、あるけど」
「教えて」
駿河がソファに腰を落とし、車のキーをテーブルに置く。幸子も隣に座り、希と対面する形になった。
「サッちゃんを殺そうとしてるプラン。結介が戻ってくる間に参加者数が一気に十人くらいに増えてた。それと、もうひとつプランページがあったんだけど、参加者を募集してないし、内容も未公表。どうもアンノウンが独自に進めてるプランみたいだね。今はそこしかわかんない。でも、例の三人の素性はちょっとわかったよ」
希はディスプレイを半回転させ、画面をふたりに見せた。そこには、三人の男の写真が並んで映っていた。一見したところ、運転免許証の写真らしい。
「あっ!この人!」
幸子が画面の左端を指差す。その先に映っている眼鏡をかけた男こそ、つい今しがた爆弾騒ぎを起こした男だった。希が画面を一瞥して言った。
「そいつは
希が問いかけるが、駿河は先へ進めるよう促す。
「あとで話すよ。で、もうふたりは?」
画面の中央に、モヒカン刈りの髪型に日焼けした茶色い肌の男、右端には、七三に整えた髪に暗い雰囲気を持った色白の顔の男が映っている。希は続けて説明を施す。
「真ん中の奴は
駿河はもしやと思い、写真を指して希に問うた。
「この情報って、まさかハッキングしちゃったりした?」
「したよ」
しれっと答えた希は語を継ぐ。
「区役所のデータベースに侵入して、七節区、特に七節町に住民登録している人の中から該当する名前の奴を絞り込んだの。それから、警視庁のほうにもチョチョっとね」
「なんでこの三人だって断定できたの?わかってたの名字だけでしょ?同性の人もいると思うけど」
希は駿河の問いを片手で制し、先ほどから気になっていたことを訊こうとする。
「待って。まずはなにがあったか教えて。話はそれから」
その頃、七節署の取調室では、その杉村が手錠をかけられたまま椅子に腰掛けていた。近くでは柏木が睨みを利かせている。そこへ辰巳が入ってきて、開口一番に言った。
「杉村、コンビニ爆破で使われた爆弾とお前が持ってた爆弾の成分が一致したぞ。それに、さっきお前をちょっと歩かせたな。そんで、防犯カメラに映っていた男と照らし合わせたら、骨格認証や歩容認証がお前のものと一致した。科捜研のお墨付きや。これからお前ん
その言葉を鼻で笑った杉村は、やがて自供を始めた。
「わかったよ。認めるよ。僕がやりました。だから家調べんのやめてくんない?」
「あの爆弾もどっかのコンビニに置いて爆発させるつもりやったんか?」
「おっしゃるとおりです」
「なんでやったんや?なんでコンビニばかり狙った?」
辰巳は歩み寄って動機を訊き出そうとした。
「べつに。楽しいから。ドカンと一発ってやつ。いや、あんときは三発か」
薄ら笑いを浮かべながら答えた杉村に対し、辰巳が憤る。
「あの爆弾でどんだけ犠牲者が出たかわかっとんのか!ひとりやふたりやないぞ!」
「わかってるに決まってんじゃん。それが目的なんだから。まあ、怪我人や死人が多ければ、世間もその分騒ぎ立てるだろうって言われたしね」
「誰にや?」
「それは言えない。言ったら僕が殺される」
杉村はかたくなに話そうとしなかった。しかも、反省の色が全く見えない。
「そういやお前、別の場所でも爆弾使うとんな?あそこにコンビニはないはずや。なんで、あんなとこで爆破させたんや?」
「それも言えません。そういう約束なもんで」
「だから、誰のこと言うとんのや!」
辰巳は机の天板を平手で叩いた。すると、杉村は肩を縦に揺らして笑い出した。それを不快に感じたのか、眉を顰めた辰巳が言った。
「なに笑うとんねん?」
笑いを一度押し殺し、杉村が辰巳を見て問う。
「刑事さんってさあ、大阪の人?」
「だったらなんや?」
途端に杉村の笑い声が高くなった。いわゆる『バカ笑い』というやつである。気でも狂ったのかと辰巳が訊く。
「お前、おかしくなったんか?」
ひとしきり笑い終えると、杉村が侮辱したような言葉を発する。
「大阪の人初めて見た。ねえ、なんかギャグ言ってよ。ズッコケてやるからさ」
杉村が笑っていたのはそれが理由だった。その言葉に、辰巳の怒りは頂点に達した。鬼のようなものすごい形相で、杉村の胸ぐらを摑んで無理やり立たせると、激しい怒声を浴びせる。
「コラおんどれ!大阪ナメとんのかっ!おい!道頓堀に沈めんぞゴラァ!」
辰巳は生粋の大阪人である。そのため、故郷を馬鹿にする者は許せない。ではなぜ、東京の警視庁に在籍しているかというと、理由がある。辰巳は学生時代から警察官志望だった。特に大阪府警の刑事に憧れていた。しかし、府警の採用試験に落ち、代わりに併願で受験していた警視庁の試験に合格し、内定を得た。辰巳は迷った。内定を蹴って、もう一度府警の試験を受験すべきかどうか。だが、両親の「場所は違えども、警察官としての仕事は一緒」という意見に押し切られる形で、言われるがまま警視庁に入庁した。そこで辰巳は決めた。どうせなるなら、大阪の人間としてノンキャリアの最高職である刑事部長にまで上り詰めてやると。けれども、生来の気性の荒さが祟ったのだろうか、本庁捜査一課の刑事にはなれたものの、現在でも巡査部長で止まったままである。
杉村の身体を揺さぶり、まさに暴力を振るう寸前の辰巳を高井が身を挺して押さえた。
「辰巳さん!ダメですよ!これ以上始末書増えたら降格じゃ済みませんよ!」
そこでようやく落ち着きを取り戻した辰巳は、杉村を突き放した。だが、目は血走っている。
「今の話からして、お前には雇い主がいるっちゅうこっちゃな。そやろ?」
怒りで呼吸が浅くなりながらも、辰巳は訊いた。椅子に腰を下ろした杉村は、へらへらとした笑顔で返す。
「黙秘権を行使しまーす。もうなにもしゃべりませーん」
杉村のふざけた態度に、辰巳のはらわたは煮えくり返り、やはり一発ぶん殴ってやろうかという思いがふつふつと湧いてきた。
「いちびってんやないぞコラ!しばくぞワレ!」
辰巳が杉村の髪の毛を摑み、拳を繰り出そうとするのを柏木は再び必死に押さえた。これでは取り調べどころではない。誰かもうひとりでも止めてくれる人が来てくれないだろうかと、柏木は切に願った。
駿河から事の次第を聞いた希は腕を組んだ。
「フィアーが動き出したってわけね。杉村って爆弾男は捕まえられたとして、もうひとり銃で撃ってきた奴がいたと」
希が言うと、駿河がうなずく。
「そう。でも姿は見えなかった。今さっき車の弾痕見たんだけど、あれはライフルだ。しかも口径がバカにでかいやつ」
「なんでわかんの?」
「弾痕の大きさが拳銃のそれとはまるで違ってたし、見事なまでに貫通してた。そして決め手は、シートの下に弾がめり込んでた。危うく動かなくなるとこだったよ」
駿河はその理由を明かし、テーブルの上に先のとがった細長く大きい弾丸を転がした。
「どっからか狙撃してきたってこと?」
「そうなるね・・。あー、でも、あれ修理すんのどれくらいかかっかなあ」
車の修理費用が気がかりで、駿河は頭を抱えた。本来ならあり得ないことだったからだ。その点は後述するとして、それを懸念するのは二の次だと思い返した。
「それでさ、どうして三人のことがわかったの?」
駿河は改めて希に訊いた。
「三人には共通する点があった。みんな
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