CHAPTER 3/RAID BIGINNING
①
危機を察知した駿河は、ぬいぐるみを幸子の手から強引に取り上げ、空高く投げ飛ばした。その瞬間、宙に浮いたぬいぐるみが轟音を立てて爆発した。破片が雨のごとく降りかかり、周りにいた通行人は悲鳴を上げながら逃げ惑う。駿河の「まさか」は当たった。ぬいぐるみの中には爆弾が仕掛けられていたのだ。
―結介、なんかあったの?今すごい音がしたけど
希が何事かと呼びかけた。
「あとで話す。一旦切るね」
電話を切った駿河は幸子に声をかけた。
「大丈夫?」
腰を抜かしたかのような様子で幸子は返事をする。
「私は大丈夫」
無理もない。突然大きな爆発が起きれば、誰だって驚く。ぬいぐるみを渡した男は不愉快そうな表情になった。そして、逃走を図ろうと駆け出していく。その姿を見た駿河は自らの足で追おうとしたが、幸子を置いておくわけにはいかない。ここは車で追いかけるしかなさそうだ。駿河は幸子の手を引き、急いで車に乗ろうとした直後、ルーフになにかが強くぶつかる衝撃音がしたのと同時に、車体が大きく揺れた。すぐそばにいた幸子が「きゃっ」と小さく叫ぶ。駿河が見ると、野球ボール大の穴がひとつ開いていた。その衝撃音が再び響き、煙と共にもうひとつの穴がルーフに開いた。駿河はそれが銃によるものだとすぐさま気づく。煙の流れ方からして、逃げた男とは反対の方向から撃っているようだ。どうやら幸子を狙っている。しかし、銃を持った人物はどこにもいない。
「早く乗って!」
駿河は声を上げた。相手を探す余裕はない。とどまれば確実に幸子は撃たれてしまう。幸子が助手席に乗ったのを確認した駿河はエンジンをかけた。
男は町の歩道を一直線に走っていた。駿河と幸子が乗った車は男の姿を捉えて猛追する。駿河の頭の中では、逃げる男を捕まえたい気持ちと愛車を傷つけられて意気消沈する気持ちとが入り交じっていた。前を走る車を次々と追い越し、信号が赤になっても進み続け、駿河は逃げる男にぴったりと張り付いている。そのせいか、後ろから白バイがサイレンを鳴らして追いかけてきた。隊員の拡声器による「止まれ」の指示を聞かず、駿河は男を見失うまいとしている。やがて、走り疲れたのか、男は息を切らせて立ち止まった。急ブレーキを踏んだ駿河は、路肩に車を停めた。
「幸子さんはそこにいて」
駿河はそう言うと、運転席から降りた。その後ろから白バイ隊員が歩み寄り、声をかけてくる。
「きみ今、信号無視したでしょ。それにこの道路、追い越し禁止だよ。免許証出して」
その声も聞き流し、駿河は男に近づいて行く。駿河を見た男は、異様な笑顔で背負っていたリュックを下ろし、中から四つの長方形をテープで束にした物を取り出した。中央には、タイマーと思しき器機が取り付けられているのが見て取れる。そこからコードが数本伸び、その長方形に繋がっていた。
「来るな。来たら爆発させるよ」
男が機器のスイッチに指を触れる。爆弾らしい。駿河の足が止まる。それを聞いた白バイ隊員が腰の拳銃に手をかけた。男が白バイ隊員に向けて言った。
「撃つなら撃てよ。そしたらドカンだぞ」
駿河に切符を切る状況ではなくなった。白バイ隊員は無線で急遽応援を呼び、行き交う人々に大声で呼びかけた。
「皆さん!ここは危険です!離れてください!」
なにが起きたのかと戸惑う大衆に対し、男は持っていた物を上に掲げ、からかうかのように声を張り上げた。
「そうだよ。危ないよー。爆弾だよ爆弾。みんな死んじゃうよー」
男が放った「爆弾」という言葉に、多くの人々がその場から即時に離れていったが、何人かはスマートフォンのカメラレンズを向けて、その様子を撮影している。白バイ隊員が危険だからと喚起を促すが、聞く耳を持たない。今後の展開を妙に期待しているのかもしれない。
「お前、フィアーのメンバーか?」
駿河は冷静に男に問いかけた。すると、男の表情が一瞬変わった。
「お前こそ誰だよ。警察か?なんで知ってる?」
「訊いてんのはこっちなんだよ。答えろ」
男は口角を上げると、質問に応じた。
「そうだよ。だったらなに?」
あっさりと認めた男に対し、駿河はさらに訊いた。
「お前ら、女性をひとり殺そうとしてるな?懸賞金がかかってるんだって?金欲しさのためか?それともランクとやらを上げたいのか?」
「だからお前誰なんだよ。もしかして、新規のプレイヤーさん?」
「プレイヤー?俺をグループのメンバーだと思ってんのか?」
「じゃなきゃ、ランクのことなんて知るはずないだろ。お前もアンノウンのプランに参加したんじゃないのか?」
男は「アンノウン」と口を滑らせた。駿河はそこで確信した。
「やっぱりフィアーのメンバーか。これではっきりした」
「は?」
「俺はお前の言うプレイヤーじゃない。ただの探偵だ」
「探偵?」
駿河は爆弾を指差した。
「それ、スイッチ入れたらすぐ爆発すんの?」
「いきなりなんだよ」
「どうなの?」
「ああ。これを押したら、ここにいる全員吹っ飛ぶよ」
男はスイッチを指で撫でる。
「やめなさい!爆発したらきみも死ぬんだぞ!」
白バイ隊員が止めようと説得に入るが、男には効かない。
「しょうがないよね。こうなったら」
だが、駿河にはわかっていた。
「その爆弾、スイッチ入れてもすぐには爆発しないよね?」
「聞こえなかったか?爆発するって今言ったろ」
「いや、爆発しない」
断言する駿河に、男の挙動がおかしくなる。駿河は男に歩み寄りながら、その理由を明かす。
「金や順位に固執する人間が、こんなとこで自爆するとは思えない。それに、お前がそんなことする度胸があるようにも見えない。やるならとっくにやってるだろ?」
あくまで駿河の憶測だ。なんの根拠もない。しかし、これまでの男の行動と自身の経験則から導き出した考えだった。
「おい、相手を刺激させるな」
もしもの事態を踏まえ、白バイ隊員は駿河を注意した。
「来んなよ!ほんとに爆発させるぞ!」
「もうスイッチ入ってるよ」
「えっ!?」
驚きの声を上げた男が機器に目を向けた。しかし、全く作動していなかった。駿河の言葉が嘘だと男が気づいたときには、すでに後の祭りだった。駿河が男から爆弾を瞬時に奪い、直後に白バイ隊員が男を取り押さえた。そこへようやく応援が駆けつけた。数人の制服警官に紛れて現れたのは、辰巳と柏木だった。
「駿河?えっ?なんでお前がおんねん?」
状況がつかめず戸惑っている辰巳に、駿河が爆弾を差し出して口を開いた。
「これ、爆弾です。おそらく本物でしょう。そちらで急いで処理してください」
「おいバカ!近づけんなや!爆弾のことなら無線で聞いたわ。せやから、処理班が来るまでお前が持っとけ」
「ちょっと。刑事が一般市民に言うセリフですか?」
「お前は別じゃ」
そのやり取りを聞いた柏木が、駿河に対して悪態をつく辰巳に耳打ちした。
「なに言ってんですか。上に知れたら大ごとになりますよ」
「黙ってりゃバレやせんやろ」
意固地になる辰巳に呆れた柏木は、駿河の前に出た。
「辰巳さんがビビってるようなんで、私が預かります」
「アホ!ビビっとらんわ!柏木、お前なんやねん!」
辰巳は柏木を押しのけ、駿河に向かってやけに丁寧な口調で、だが憎々しい声色で言った。
「あなたのような一般市民に持たせるわけにいきません。私が預かり、適切に処理いたします」
駿河から爆弾を受け取った辰巳は、柏木の顔を見て怒鳴った。
「これでええんやろ!」
「最初からそうすればよかったんですよ」
「おいなんや?無駄な時間や思うたか?おい?」
辰巳が柏木にネチネチ突っかかっていると、制服警官がひとりやってきた。
「爆発物処理班が到着しました」
「これや。持ってって」
そっと爆弾を渡そうとする辰巳に、警官がうろたえながら言った。
「えっ?私がですか?」
ほんの数メートル先に、防護服を着用した処理班が準備をしている。辰巳はそこを顎で指す。
「あんな近いんやから持ってけるやろ」
やはり辰巳は怖がっている。そう思った駿河が割って入った。
「だったら、辰巳さんが直接持ってけばいいじゃないですか。モノがモノですからビビるのはわかりますけど」
「せやからビビっとらん言うとるやろがっ!お前は黙っとれ!」
文句を垂れてなかなか向かおうとしない辰巳を見て、業を煮やした柏木が辰巳の肩を叩いた。
「私が持っていきます。貸してください」
辰巳から爆弾を受け取った柏木は、物怖じする様子もなく処理班のもとへと歩いて行った。胆力は柏木のほうがあるようだ。息を深く吐いた辰巳は腰に手を当て、駿河に訊いた。
「で、お前はなんでここにおんねや?」
「仕事中に偶然出くわしたもんで。まあ、成り行き上」
「こっからは警察の仕事や。お前はせいぜい、迷った動物捜しでも続けとれ」
口の減らない辰巳に対し、駿河はいつものことと受け流した。そのとき、男が警官ふたりに連行されていく。それを目にした辰巳は、男に駆け寄った。
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