駿河が事務所に戻ってきた。希の部屋をノックして入ると、自席に座る希とスマートフォンを操作している幸子がいた。

「どうだった?」

振り返った希が訊いた。

「わかったこととわからないことがあった。個人的にだけど。どっちから聞きたい?」

駿河が勿体もったいぶって言うと、希が返した。

「じゃあ、わかったことから」

「幸子さんが言ってた「フィアー」っての。徳丸の話では、あれは犯罪グループの名前みたい」

「徳丸んとこ行ってたの?」

希も新渡戸を知っている。駿河ほど頻繁に会っているわけではないが、外見からして、変な占い師の情報屋という印象を持っていた。

「そう。あいつは物知りだからね。で、これは憶測だけど、幸子さんが見たふたりってのはフィアーのメンバーかもしれない。向こうも話の内容を聞かれたと思って、幸子さんを狙っている。というか、動向を探ってる。けど、その確証はまだない」

「わからないことは?」

「幸子さんを狙ってるヤクザは存在しない。親戚でもないとなると、林さんの言ってたことが嘘になる。だったら、なんでそんな嘘をついたのか。あのふたりは誰なのか。そこでこんがらがっちゃってねえ」

駿河は幸子に問いかけた。

「幸子さん、昨日のふたりは本当にヤクザなの?親戚なんじゃないの?」

「親戚なんかじゃない。あいつらはヤクザみたいなもん」

「「みたい」ってことは、ヤクザじゃないの?」

そう訊くと、幸子は口をつぐんでしまった。

「ふたりのこと知ってるんだよね?誰?」

駿河に問い詰められた幸子は、やがてその口を開いた。

「警察・・。それしか言えない」

希が怪訝な顔つきで訊き返す。

「警察?サッちゃん、なんかやったの?」

「なにもしてない!」

幸子は声を大にして否定した。

「それなら、なんで?理由もなく警察が来ないでしょ」

「昨日も言ったじゃない。話したら、あんたらは絶対に通報する。私は帰りたくないの。でも悪いことはしてない。絶対にしてないから」

希と幸子のやり取りに、駿河が割って入る。

「ねえ、サッちゃんって誰?幸子さんのこと?」

幸子を見据えたまま、希がぞんざいに答えた。

「そう。ちょっと結介、話逸らさないでよ」

「ごめん」

駿河が謝ると、希は頭を掻いて呟く。

「あーっ、もういいや」

匙を投げたかのように、希は幸子に声をかける。

「わかった。信じる。正直、サッちゃんが何者かわかんないとなんだけど、こっちは警察じゃないからね。これ以上、詮索するようなことはしない。だけど、このままずっと居座らないで。一時的だから。いい?」

幸子はうなずく。

「ありがとう」

希が駿河に向かって訊く。

「結介もそれでいいでしょ?」

「あー・・、まあ・・、希さんがいいなら」

駿河の承諾を得た希は、幸子に問うた。

「サッちゃんは、なんでこの街に来たの?」

「んー、七節町巡りってとこかなあ。ここって遊ぶとこたくさんあるでしょ。だから。親が自由にさせてくれなくて。友達も選べないし、話す時間も決められてるし、常に誰かが張り付いてるし、堅苦しいんだよね」

「サッちゃんって、やっぱ令嬢なんでしょ。そんなの普通あり得ないよ」

「今、詮索しないって言ったじゃん」

「あ・・。そうでした・・。もう言わない」

ここからは仕事の話だとばかりに、希は今後のことを駿河に訊く。

「で、結介はこれからどうすんの?サッちゃんの依頼、引き受ける?」

「フィアーが幸子さんを狙ってる可能性があるし、断ってこのまま放っておいたら、幸子さんの身に危険が及ぶかもしれない。警察にも相談できないとなると、俺らがなんとかするしかないんじゃないかな。だから、とりあえずは引き受ける。まずは本当に狙ってるかどうか確かめないと。それで安全だとわかったら、幸子さんには不本意だけども、林さんか警察に連絡して引き取ってもらう。探偵は家出人の避難所じゃないからね」

駿河は幸子に意思を示した。

「幸子さん、そういうことだから。理解してくれるね?」

気乗りの薄い表情をした幸子であったが、自分の無理を聞いてくれるふたりに対して意固地になるのは、なんだかやましさを感じる。幸子はゆっくりとうなずいた。

「駿河さんの言うとおりにする。するから、ひとつ条件出してもいい?」

「なに?」

「私も駿河さんについて行く。探偵の仕事見てみたくなったの。こういうときじゃなきゃ見られないでしょ」

「え?」

突然の幸子の要求に、駿河はつい口を開けてしまった。希が意を唱える。

「サッちゃん。あんた狙われてるかもしんないんだよ。結介について行ったら、危ない目に遭うんじゃないかって考えないの?わかりきってるじゃん」

「だって、ここでじっとしてても家にいるのと変わらないし、外に出て動き回ってみたくなったの」

「それじゃ結介の邪魔になる。匿ってほしいんでしょ?」

幸子のわがままを希は反対した。危惧している様子が全くない。まるで職場見学に来た子どものようだ。

「お願い!邪魔はしない。口出しもしない。ただついて行くだけ。だからお願い!お願いします!」

両手を合わせて懇願する幸子を見て、希はため息を吐いた。駿河はというと、腕を組んで考えながら窓の外を眺めていた。ふと、道路に車が一台停まっているのが目に入る。そのとき、希が呼びかけてきた。

「ねえ結介、どうすんの?」

駿河は振り向いてうつむき、なおも熟考する。

「んー・・・」

しばらくして、駿河は言葉を発した。

「べつに邪魔ってわけではないんだけどさあ。なんかあっても、俺は責任持てないよ。昨日は警護の依頼もしてたけど、外出するとなったらなあ・・、俺ひとりじゃその保証はできないし・・。きみの自己責任で構わないってんなら・・、許可してもいい」

「いいの?それで?」

探偵が依頼人と共に行動するなど前代未聞だ。希には受け入れ難かった。

「ダメって言っても、幸子さんは強引にでもついて来るよ」

「うん。強引についてく」

幸子が重ねると、駿河が注意事項を伝える。

「ただし、絶対俺から離れないこと。勝手な行動はしないように。いいね?」

「約束する。そんなことはしない」

「そうは見えないんだけどなあ・・・」

希が怪しげな視線を幸子に送ると、駿河は上着からディスクの入ったケースを取り出した。

「これ、徳丸から預かったんだけど、希さんに分析してもらいたいんだよね」

駿河はケースを希に渡した。

「なんのディスク?」

「フィアーのサイトにアクセスするためのソフトが入ってるって、徳丸は言ってた」

「そいつら、サイト持ってんの?」

ディスクをまじまじと見ながら希が訊くと、駿河はうなずいた。

「うん。なにか手がかりになる情報があるかもしれない。俺はこういうの得意じゃないし、徳丸も怖くてできないみたいで、希さんならできるかもって徳丸が」

「まあ・・。できなくはないよ。DOSに比べりゃマシじゃない」

「DOS・・・?」

幸子が聞き返すと、駿河が希に訊ねた。

「言っちゃっていいかな?」

「もう時効だからいいけど、簡潔にね」

希がディスクをドライブに入れて、キーボードを操作し始めた。駿河はそのとおりに説明する。

「DOSはアメリカの国務省のことで、希さんは高校生の頃、そこにハッキングしたことがあるんだよ。何重にもかけられたセキュリティを突破して、それからは・・、その・・、そこにあった情報をちょっとね・・。見ちゃったというか・・、なんというか・・・」

幸子が驚きの声を上げた。

「それ犯罪じゃん!」

駿河が代わりに弁明する。

「そう。そうなんだけど、もう昔の話だし、特に悪いことに使ったわけでもないし、とっくにそういうのには足を洗ってるから」

「ほかにもやってたの?」

幸子の詰問を受けて、駿河は困惑顔になった。

「えーっと・・。んー・・・」

そんな駿河に、希がキーボードを打ちながら軽い口調で声を発する。

「べつに言ってもいいよ。今さら警察は私をパクれない。全部時効になってるから」

本人が容認しているならと、駿河は幸子に話した。

「俺の知ってる限りだと、中国とかイギリスとか、いろんな国の政府機関や有名企業とかに・・、ハッキングしてた・・のかなあ・・・」

駿河は妙にぼやかして答えると、希がひとつ付け加えた。

「ハッキングだけじゃないよ。クラッキングもしてた」

「それって、いわゆるサイバー攻撃でしょ?」

問いただす幸子に対し、希は細かい点を言い改める。

「クラッキングしてたのは、独裁者みたいに弱い者いじめしてたとこだけ。ダメージ食らわして懲らしめてやったのよ」

そこで駿河が再度述べた。

「確かにやったことは犯罪だよ。だけど、希さんは決して悪いことに利用してない。中には人のためにしたものもある。だから俺は、希さんをウチにスカウトしたってわけ。おかげでこっちは助かってるよ。少なくとも、ひとりでやってた頃よりかは能率が良くなったかな」

希の過去を知ったところで、自分ではなんともしようがない。幸子は事情を汲み取り、受け入れた。

「どっちにしても、希さんが凄腕だってことはわかった。私の依頼を受けてくれたんだし、ハッキングの件は聞かなかったことにしとく」

そのとき、希が駿河と幸子に報せる。

「サイトってこれ?」

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