新渡戸はゆっくりと首を振る。

「いえ、一応リーダーはいます。グループの創設者で、メンバー内からは「アンノウン」と呼ばれています」

「アンノウン・・。未知の存在ってわけか」

「まさにそうです。年齢も性別も、人間かどうかわからないくらい謎に包まれています」

そんな犯罪グループがいたとは知らなかった。駿河はこの街の探偵として、もう少し裏の世界も勉強すべきだと感じた。

「システムって具体的には?」

「まず、アンノウンが犯罪計画を立案します。そして、その計画に参加したいメンバーを募ります。一定の人数が確保されてから、サブリーダー格の者がとりまとめ、指揮と監督をし、犯罪を実行するといった流れです。悪事で稼いだものでしょうが、資金もかなりあるようで、犯罪の規模が大きいほど成功報酬が高いと聞いています。数日前に起きたATMの爆破事件。あれもフィアーの仕業ではないかと、裏の住人の間でまことしやかに囁かれていますよ」

「メンバーの顔や名前はわからないのか?」

「いくら私でもそこまでは。知っているのはグループ内のメンバーだけで、もちろん口外禁止です。わかっているのは、メンバー全員が溺れるほどの犯罪マニアだということ。つまり、犯罪が好きで好きでたまらない異常な性質を持っているということです」

駿河は質問を続ける。

「グループの規模は?何人ぐらいいるの?」

「発足されたばかりのようですので、さほど多くはないでしょう。この区と近隣の区で主に事件を起こしているので、おそらくですが、数十人程度かもしれません」

「警察はフィアーの存在を知ってるのか?」

「知らないのが現状です。なにしろ決まったメンバーで活動していませんし、グループを名乗ったり、犯行声明なりを出したりしていませんから。警察も個々の事件として扱っているようですよ」

新渡戸は続けて駿河に問うた。

「駿河さん。ちなみに、なにをお調べになってるんですか?」

「詳しくは言えないんだけどさ、ある女性が変な連中に目を付けられたみたいなんだよ。まだ確証はないけどね。誰かを殺すようなことを聞いちゃったらしくて。そいつらが「テミス」と「フィアー」ってのを口にしてたってんで、気になって調べてんの」

「なるほど。ならば、これが役に立つかもしれません」

そばにあった木製の小さな棚の引き出しから、ケースに入ったディスクを取り出した新渡戸は、テーブルの上に置いて駿河の前に差し出した。

「これなに?」

駿河が言うと、新渡戸が説明する。

「フィアーはネットでサイトを持っています。メンバーの勧誘が主な目的ですが、連絡を取り合うためのチャットもそのサイトで行っているそうです。閲覧するには特別なソフトウェアが必要で、通常のネット環境ではサイトは開けません。で、これがそのソフトが入ったディスクです。偶然手に入れた物で、私はまだ見ていません。と言うより、怖くてできません。万が一、ウイルスでもばら撒かれたら大変ですから。ですが、神坂さんの腕ならば、そんなことにならずに分析が可能なのではないでしょうか?」

「確かに。希さんならできるかも」

「神坂さんは学生の頃、国際的なハッカー集団にいたと、以前本人から聞いた覚えがありますが」

「一時的にだけどいた。今はもう、そこはなくなっちゃってるけどね」

「ハッカー集団のやり方が悪質になってきたから脱退されたとか」

新渡戸が言うと、駿河はうなずいた。

「希さんにとっては一種の腕試しだったんだよ。だから、人を傷つけるようなことはしたくなかった。それで離脱した」

「そのすぐあとでしたか、ハッカー集団が警察に摘発されたのは」

「おかげで、希さんは難を逃れられた」

駿河は上着から財布を取り出した。

「とりあえず訊きたいのはこれくらいかな。それで、いくら?」

「通常料金に加えて、ディスク代にもう一万円いただきます」

財布から数枚の紙幣を出した駿河は、それをテーブルの上に置いた。

「駿河さん。ついでですから手相を見て差し上げましょう。これはサービスです」

新渡戸がルーペを持つ。駿河はどうせだからと右手を差し出した。サングラスを外し、手のひらをじっくりと見た新渡戸が駿河に告げる。

「んー・・・。やや悪い相が出てますねえ。近々苦難が待ち受けているやもしれません」

「徳丸の占いって、まるっきり当たらないじゃん。前だって、宝くじで高額当選するとか言っといて、結局一口も当たらなかったんだよ」

笑って返す駿河だったが、新渡戸の顔は真面目だった。

「おっしゃるとおり。私の場合、良いことは当たりませんねえ。しかし、悪いことに関しては十中八九当たるんです」

そして、駿河を見る。

「お気をつけください。かなりヤバい苦難です」


 同じ頃、食事を終えた希と幸子はビル内の階段を上り、探偵事務所のある二階に向かっていた。

「あんたの呼び方変えていい?あんたにあんたって言うのも飽きちゃった」

希が幸子に訊いた。

「べつに。勝手にすれば」

「そうだなあ・・、幸子だから・・、「サッちゃん」って呼ぶことにする」

「なんか馴れ馴れしくない?」

「だったら呼び捨てでもいいよ」

それはそれで嫌だ。幸子は不本意ながらも了承した。

「わかったわよ。はいはい。サッちゃんって呼べばいいじゃん」

「じゃあ、サッちゃん。勝手に出て行かないでよ。事務所でおとなしくしてて」

「はーい」

軽く返事をした幸子は、希に問いかける。

「あそこってスマホ充電できる?」

「できるよ」

「ルーターは?」

「あるけど」

「よかったー。あとでパスワード教えて」

危機感のない幸子の言動に、希は昨日の話はやはり嘘なのではないかと懐疑心を深めた。希がドアを開けて事務所に入ると、幸子がなにげに訊いた。

「希さんってタトゥーとか入れてるの?」

「え?なんでそんなこと訊くの?」

「いや、なんとなく・・・」

「私の見た目がこんなだから、そう思ったわけ?」

確かに希の外見からすれば、幸子にそんな疑問が芽生えるのも無理はない。

「まあ、そんな感じ・・・」

「入れてないわよ。ついでに言うとピアスもしてない。どっちも痛そうだし、一ミリも興味ないから」

「そうなんだ。意外」

「意外って、見た目で決めつけないでよ」

希が自分の部屋に入ると、幸子もついて行く。自席に腰掛けた希に幸子が言った。

「なんだか希さんって個性的ですよね」

「それってなに?嫌み?クセがすごいって言いたいの?」

変に勘違いさせてしまったようだ。幸子は慌てて軌道修正する。

「違う違う!そういう意味じゃなくて。なんて言えばいいのかな。悪そうに見えてヒーローモノが好きっていうのが、ギャップがあって萌えるっていうか、それを隠さずに堂々と話せてるっていうのが、なんか、ブレてないなあって」

「まだ会ったばかりじゃない。私のことよく知らないでしょ」

「そうよ。知らない。だけど一緒にいてなんとなくわかった。希さんは信じられるタイプかもって。自分で言うのもなんだけど、人を見る目はあるから」

疑惑の念はぬぐい切れない。だが、ビジネスライクに仕事をしてきた希にとって、幸子の言葉は駿河と出会って以来だ。それがこびだとしても、わずかばかりは心地が良い。

「ふーん・・。私は私の仕事をしてるだけ」

しかし、その気持ちを表情には出さなかった。素直になるのが恥ずかしかったのである。


 希と幸子がいるビルの外では、黒い車が停まっている。その中にはふたりの男が乗っていた。昨日、弓永に打ちのめされた男たちだ。ふたりは朝から、車で出かける駿河や、希と幸子が事務所に戻っていく姿をずっと見張っていたのだ。

「今はふたりだけだ。踏み込んで連れ戻すか?」

助手席の篠塚しのづかが事務所の窓を眺めながら言うと、運転席の加藤かとうが意見した。

「ダメだ。これ以上手荒な真似はするなとお達しが出てる。もし警察沙汰にでもなったら、こちらの分が悪い。ここは監視を続けてチャンスを待つしかないだろう」


 その頃、七節町のどこかにある薄暗い一室に、白髪の初老の男がいた。その男の名は佐野賢さのけん。幸子が目撃した男女のうちのひとりだった。グレーのワイシャツの上に黒い前開きのニットベスト、下は茶色のズボンといった姿の佐野は、固定電話で何者かと会話をしていた。

「申し訳ありませんが、依頼をもう一件追加させてください・・。はい・・。今しがた写真画像を送りました。その方の始末をお願いいただけますか・・。ええ・・。もちろん倍額の報酬をお支払いします・・。はい。当初の依頼を最優先にお願いします・・。確かに、こちらでも対応はできるのですが、どうせならば、あなたにも協力をお願いしたいと思いまして・・。そうです。我々としては大事なことです・・。ええ・・。所在などの情報はすべてこちらから随時お送りしますので、あなたはその方を仕留めて下されば結構です。仮にこちらで対応できたとしても、報酬額は変わりませんのでご心配なく・・。はい・・。では、よろしくお願いします」

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