CHAPTER 2/TURN OF EVENTS

 駿河が幸子に告げる。

「事情がわからないんじゃしょうがない。俺らとしては警察に来てもらって、きみを保護してもらうしかないね。家出はしてたわけだし、親御さんも心配してる。ヤクザに追われてるならなおさらだ」

「呼んだら、あんたらに誘拐されたって言う」

幸子が脅迫めいたことを口にした。

「は?」

希が思わず声を出した。幸子は続けて脅しをかける。

「そうなったら、あんたら一発で刑務所行きよ」

駿河は諭そうとする。

「警察だってバカじゃないんだから、話せばわかってくれる。俺らが刑務所なんて行くわけないだろ」

「甘く見ないで。私が言えば、警察はそのとおりにする。するしかないの」

「調べればはっきりするんだぞ。なんでそこまで言い切れる?」

「私の周りには警察の偉い人がたくさんいるの。調べなくたって、しがない探偵を逮捕するなんて簡単なこと」

幸子の言葉を受けて、駿河はこの女の素性が益々わからなくなってきた。

「きみ、誰なんだ?」

自分が優位に立っているかのように、幸子が微笑む。

「私だってできればしたくない。だから、探偵のあんたたちにちょっとお願いがあるの」

そして、突拍子もないことを言い出した。

「しばらく私をかくまって。ついでに警護も。依頼よ」

希が目を丸くする。

「なに言ってんの!?」

駿河が幸子に理由を問う。

「どうして?」

「だって私、ヤクザに狙われてるのよ。家には帰りたくないし」

「ならそれこそ警察行けばいいじゃないか。帰りたくないなんてわがまま言わないでさ」

至極当然な意見を駿河は出したが、幸子は拒絶の意を示す。

「嫌だ。絶対嫌だ。林さんからいくらもらったか知らないけど、私はその倍払う」

「きみ、お金持ってないでしょ。それに金の問題じゃないの。俺ら探偵よ。ボディーガードじゃないんだから」

そのとき、駿河のスマートフォンが振動した。画面を見ると、由樹からの着信だった。

「林さんからだ」

「出ないで!」

幸子が声を荒げた。そして、その声を落とすと語を継いだ。

「お願いします・・・」

駿河はどうしようか迷ったが、不安げな様子の幸子を見て、あとでかけ直そうと思い立ち放っておいた。やがて、振動が止まる。表情が変わった幸子は真情を吐露した。

「私、怖いの。実は昨日、変な人たちが話してるとこ偶然聞いちゃって。しかもその人たちに顔見られた。それからときどき視線を感じるようになって・・・」

「それって、例のヤクザじゃないの?それとも結介じゃない?あんたのこと尾行してたから」

希が訊くと、幸子は首を振った。

「違う。もっと怖い視線。こう、今にも襲って来そうな」

「じゃあ、その変な人たちってのが、あんたをどっかから見てるかもしれないってこと?」

「多分」

「確信はないんでしょ?帰らないためのこじつけにしか聞こえないんだけど」

勘ぐる希に対し、駿河は詳しく訊こうとする。その話の信憑性を確かめるためだ。

「変な人たちって、具体的にどんな人たちなの?」

「男女のふたり」

「カップルや夫婦とか?」

「そういうのじゃなかった。男の人が女の人に敬語使ってたから、上司と部下って感じ」

幸子は当時の記憶を手繰たぐり寄せていく。

「どんな話してた?」

「よく意味がわからなかった。でも、なんか「殺害を実行する」みたいなことは言ってた。あと、「テミス」とか、「フィアー」とか言ってるのも聞こえた」

「テミス、フィアー・・・」

駿河は鸚鵡おうむ返しに呟き、続けて問うた。

「顔は?どこで見たの?」

「四丁目の路地裏。タクシー呼ぼうと思ってたら、後ろで話し声が聞こえてきたの。内容が物騒だったし、気になって覗いてみたら、そこにふたりがいた。けど気づかれて、男のほうが追ってきたから、急いで近くに停まってたタクシーに乗って逃げた。顔なら見てる。女のほうはクールっぽい大人系の顔してて、三十くらいの髪の長い人。男のほうは五十くらいで白い髪のおじさん。どことなく真面目そうに見えた。私、記憶力いいから、もう一度見ればすぐにわかる」

「その話が本当だとして、そいつらはどうやってきみのことを見つけ出したんだろう?いくらきみの顔を見たからって、逃げられたわけだし。ねえ、車で追いかけられなかった?」

「何度も後ろ見たからそれはない。けど、タクシー乗ろうとして振り返ったときにスマホで撮られた」

「じゃあ、それを基にして・・。でもどうやって・・・」

考え込む駿河に希が言った。

「結介、この話信じんの?」

「んー、今んとこはなんとも。けど、嘘って感じには聞こえないんだよねえ」

「そうかなあ」

懐疑的な希は首を傾げた。

「明日、ちょっと調べてみる。それでなんの情報もなかったら、幸子さん、きみを警察に引き渡すから。俺らがどうなろうが、そっちのほうが安全だしね」

駿河が幸子に告げる。

「わかった。でも信じて。ほんとの話だから」

幸子は切実に訴えた。すると、希が割って入る。

「彼女の依頼引き受けるつもり?」

「調べた結果次第かな」

「探偵はなんでも屋じゃないんだよ」

「実はさ、今の話聞いて興味が湧いてきちゃったんだよ」

かつて見た探偵ドラマのような展開に、駿河の胸は躍っていた。

「ったく・・・」

笑みを浮かべる駿河を見た希は呆気に取られていた。そんなとき、幸子が言った。

「私、今日どうしよう・・・」

駿河もそこに気づく。

「そっか。もう遅いしなあ。どっか泊まる場所・・・」

頭の中で、駿河は再び考える。外の宿泊施設では、あの男たちがまた嗅ぎ付けてくるかもしれない。かといって、独身である自分の家に幸子を入れると、なにかと誤解を生みそうだ。

「希さん、幸子さんを泊めることってできる?」

そうなると、同じ女である希が適任かもしれない。駿河は訊いた。

「無理」

だが、希はひと言で拒否した。自宅には大切な特撮グッズがある。すでに生産が終了している希少な物もある。グッズを見た幸子にイタい女だと思われたくないわけではない。そこは気にしていない。ただ、長年かけて集めたコレクションを誤って壊されては困るからだ。それに、幸子が寝られるほどのスペースがないのも一因だった。

「だったら、ここしかないか・・・」

駿河が仕方なく呟くと、希が言った。

「ガジェット部屋に寝袋いくつかあったでしょ。それ使えば?」

三人がいる事務所の部屋と希の仕事部屋の間の通路の壁側に、もうひとつ部屋がある。そこには探偵業務に使用する機材や小道具などが保管されている。探偵によって様々な呼び名はあるが、駿河と希はそれら全般を「ガジェット」と呼称している。理由は「かっこいいから」という単純なものであった。

「じゃあ、俺はここで寝るから、幸子さんは希さんの部屋で寝て」

さすがに事務所にひとりだけで泊まらせるわけにはいかない。駿河が立ち上がって言うと、希が声を上げた。

「えっ!?ダメだよ!」

仕事部屋に赤の他人を入れたくないというより、飾ってあるフィギュアに触れてほしくないという思いからの発言だった。

「だって、ここでふたりきりじゃマズいでしょうよ」

紳士的に振る舞う駿河に、希が返す。

「べつになにもしないんでしょ。ならいいじゃん」

「でもやっぱふたりはマズいって」

駿河は語を継ぎ、希に選択肢を与える。

「じゃあどうする?希さんも泊まる?幸子さんと一緒に?」

眉間を寄せた希は、さながらマッサージでもするかのように両方のこめかみに指を当て、ぐるぐると回した。やがて、幸子に向かって言葉を放つ。

「部屋ん中の物、絶対に触らないで。私見てるからね」

希は腰を上げ、スタスタと自分の部屋に戻っていった。同意を得たと解釈した駿河が言う。

「決まりだね。幸子さんは希さんの部屋に泊まって。今、寝袋持ってくる」

そのとき、駿河のスマートフォンがまたも振動した。それを手に持ち画面を見ると、由樹からだった。

「林さんだ」

「出なくていいから」

幸子は釘を刺すが、二度も無視するわけにはいかない。

「いや、出るよ。大丈夫。きみがここにいるとは言わない」

固唾を呑んで見守る幸子の前で、駿河は電話に出た。

「駿河です・・。はい・・。申し訳ありません。確かに店から一緒に出たんですが、途中で彼女に逃げられてしまいまして。現在、鋭意捜索しているところです。ええ・・。居場所がわかりましたらご連絡しますので・・。はい・・。はい。失礼します」

駿河は電話を切った。依頼人を欺いたのは初めてだ。多少なりとも負い目を感じるが、相手も同じようなものだ。ここは両成敗と割り切った。

「幸子さんも疲れたでしょ。もう休んで」

腕時計を見た駿河は早速、寝袋を取りに行った。


 翌日、朝から駿河はひとり、七節警察署を訪ねた。由樹が本当に行方不明者届を出していたのかどうか確かめたかったのだ。生活安全課の窓口で待っていると、制服を着た職員の男がやってきた。

「届けは出されてないようですね」

「林でも、佐藤ででもですか?」

駿河が訊くと、職員はうなずいた。

「ええ。どちらの名前でも提出されてはいません。その幸子さんという方、十九歳でしたよね。そもそも十九歳の女性の届け自体がないんですよ」

「そうですか」

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