同じ痛みを知る者⑶



 私が答えると、エドワードさんは私が知らない塔の封印のことを、書類を見せながら詳らかに話してくれた。

 見せてくれた書類のうち、"指令書"にはアルベ君が塔の封印執行者であること、封印に関する注意事項、報酬が書かれている。そして、ジルさんの名前とこの国の王様の名前がそれぞれ直筆で書かれていた。ジルさんの字は『アザレア』にいた頃に何度か見た事があるから、この指令書が本物であることが見てとれた。

 尤も、この場にアルベ君が居ないという現状を見れば指令書が本物かどうかなんて些細なこと。指令書以外に"承諾書"という書類もあって、そこにはアルベ君の字でアルベ君の名前が書いてあるものだから、もはや疑う余地すらない。


 ああ今頃、彼が私の祈りが届かないところで傷ついていると考えるだけで苦しくなる。


 書類を見たあとは、封印の流れの説明。

 エドワードさん曰く、封印執行については昔から『アザレア』の管轄であるため王家が持っている情報は少ないとのことだが、私にとっては十分な情報だった。

 特に、どうして塔の封印が必要なのかについては驚きつつも少し拍子抜けしてしまった。


 塔の封印を行わなければ、この国に災いが降りかかる──

 そんな御伽噺のようなことが、このギルディアの民にとっての常識で、長らくその伝説に怯え続けているのだとか。



「あの、エドワードさん。その"災い"というのは具体的にどのようなことなのですか?すみません、『アザレア』にいたことは確かですが、この辺の風習などには詳しくなくて……」


「オレも詳しくは聞かされていません。先も話したとおり、塔の封印含む魔物関連事項については全て『アザレア』に任せているのでね」


「──ただまあ。亡き国王陛下は詳細をご存知だったとは思うし、オレの先輩も何か知っていたとは思う」


「……エドワードさんはご存知でない、のですか?」


「行政長官様が聞いて呆れる、と思われるだろうが、全くそのとおり。オレは生みの親に売られ、売られた先の親も『アザレア』の学校にオレを売ったとかいうどうしようもない身の上だが、そんなオレでさえ塔の主の伝説を聞いて育った」


「──グルワールさんとは5年離れていると今朝聞いたが、オレが育った頃からもギルディアの人々はずっと伝説に怯えていたよ。その伝説がどういうものか真偽の定かは、その時のオレに考える余裕はなかった。それで何やら色々あって王家に仕えることになり、落ち着いてモノを考えられるようになってようやく考えたことがさっきの話」


「王様や、エドワードさんの先輩さんは塔の封印の成り立ちを知っている、というお話ですか?」



 そのとおり、とエドワードさんは一呼吸置いてから言った。それから、ずっと閉じている左目を手で覆い隠し、深くため息をついた。



「そう、陛下や先輩は塔の伝説を、このギルディアでかつて何があったか知っている。加えて、陛下はきっと『アザレア』の初代社長のことも知っている。なんだかんだで塔や魔物に関しても知識はあるとは思うんだ。しかし、どういうわけか……曖昧な伝説はそのままに、塔の封印や魔物関係、国防は全て『アザレア』任せ」


「──それどころか、『アザレア』よりも下に出る。この国の王様が、だぞ?普通は国で一番偉い人で、実際『アザレア』の学校でやらかしたオレの命が助かったのも、陛下が陛下だったから」


「──だから、最初のうちは陛下が『アザレア』の連中に頭を下げるのが許せなかった。いや、ただ大人になっただけで今も許してはいないが……。ともかく、話がだいぶオレの愚痴へと逸れたが、塔の伝説については詳細不明というのが今の王家の答えです。陛下が何も言わずに亡くなられた以上、それを確認する手といえば『アザレア』にしかないでしょう」



 エドワードさんは不機嫌そうに腕を組んでいた。


 一方、私は提示された指令書へと視線を落とす。

 結局、御伽噺の真相はわからないまま。そんなわからないもののために、アルベ君は命を賭けさせられているのか。……それとも彼はすでに御伽噺の真相を聞かされて、命をかけているのか。どちらにしても良い気持ちにはなれない。

 きっとこのままでは、何も知らないままでは……いつか自分の無知を棚に上げて、この国の人々を恨んでしまいそう。或いは、私が彼の隣に立つことを許さなかったジルさんやキリノさんを恨んでしまいそう。


 最も醜いのは、私に心配をさせまいとした彼の優しさを恨んでしまいそうなこと。

 ああでも、それだけは本当に嫌だなあ……。



「と、ただいまお話ししたことをマリアさんにはご承知の上で具体的な流れを説明するのですが、塔の封印にはまず王家で保管している"節制の花"と……マリアさん、大丈夫ですか?」



 エドワードさんは、突然説明を止めた。

 そこでようやく、自分がぼたぼたと涙を流していることに気がついた。

 一度「ごめんなさい」とエドワードさんに伝えてから、両手で何度も涙を拭った。けれど、拭えば拭うほど溢れてきて際限ない。

 結局、エドワードさんが差し出したハンカチで涙を拭い続けることになった。



「ごめんなさい、綺麗なハンカチなのに、私……」


「いえ、お気になさらず。オレこそ申し訳ありません。マリアさんのお気持ちも考えずに、無配慮でした」


「そんな、そんなこと……。無配慮なんかじゃない。私が、私がいけないんです。アルベ君とずっと一緒にいて、今日も一緒にいられると思っていたからただ寂しいんです。寂しくて、私、こんなふうにみっともなくて。こんなふうに悲しくなるなんて、アルベ君が帰ってこないって思っているみたいで……」




 また、自分の呼吸が荒くなる。

 そんな私の扱いに困っているのか、エドワードさんはしばらく何も言わなかった。

 しかしそれから、とても小さな声で「優しい人だな、貴女は」と言って、話し始めた。



「でも、それじゃあ貴女が苦しいだけだ。これまで色々と話をしたが、オレがマリアさんに言いたいことはただ一つ。……自分を大切に思ってくれる人間の優しさを踏み躙るなって、グルワールさんに怒ってほしい、マジで」


「……ま、"まじ"ってなんですか?」


「めっちゃ怒るってこと。怒ったすえ最悪殴り合いになってもオレは止めない。なんならオレも1発殴るよ。マリアさんだって、本当は怒りたいんじゃないか?」


「怒る……」


「想い合っているのはお互い様。お互いにお互いを同じくらい大切に想っているはずなのに、いつのまにかその想いに差をつけられている。……その差は、個人の能力の違いやこれまで共に過ごしてきた関係性によって自然に出来てしまった差であって、埋めること難しい。……だから、差をつけられてしまった側はきちんと公平であることを主張しなくちゃならない」


「──オレには、それができなかった。出来ないで優しさに差をつけられ、その差にすっかり甘えてしまった。どれだけ身体を大事にしてほしいと言っても、大丈夫だってオレを宥めて。結局、最期の最期までオレに優しくて、オレや他の職員、この国の民の身を案じて……、この国の王は逝ってしまわれたんだ」


「──ただただ、本当に優しくされて、それを返せないままこの世に残されたオレのことなんか、陛下は考えちゃいなかったんだ。後悔してる。もっと沢山、それこそ嫌われてしまうくらいに叱ってやればよかったって」



 彼も、同じ痛みを知る者──

 私たちは、ただ自分の先を行く背中しか眺めることができない。

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