同じ痛みを知る者⑵



 長官様はその場で私に向かって一礼するとスタスタとこちらへ向かってきた。その途中、ナツメさんの横で立ち止まり、もう一度、申し訳なさそうに私に一礼してから、隣に居たナツメさんの額をパチンっと指で弾いた。



「い、痛っ!?ちょ、長官様!?僕、何か──」


「さっきから聞いていれば、相手の名前を間違えるとは何たる失礼か。彼女は、"リディア様"だろうが!」


「はっ……も、申し訳ございません!」


「……お二人がどのような状況にあるかをよく考えろ。主人の痛みは自分の痛みと心に刻め!……罰として今日はメシ抜きだ」


「は、はいぃ……申し訳ありませんでした……」


「分かったらそのまま待機」



 聞いている私も身が引き締まってしまうほど、迫力のある叱責。ナツメさんはしゅんとして俯いて、3歩ほど後ろに下がってしまった。

 そして、長官様はというとサッと私の方に向き直り、また深々と礼をして言った。



「教育が必要であったとはいえ、お見苦しいところを晒してしまいました。誠に申し訳ありません。今後このようなことが無いように細心の注意を……」


「いえ、気にしないでください。アルベ君が信じると決めた人は信じますので。……しかし、長官様。差し出がましいことを申し上げますが、食事を抜くのは健康に良くありませんから、どうかご飯は食べさせてあげてください」


「……ああ、なんと。お許しをいただけるとは勿体無い。しかし、その御慈悲はありがたく頂戴いたします。……河田君」



 長官様が合図をすると、しゅんとしていたナツメさんはぱっと表情を明るくさせ、「ありがとうございます!」と嬉しそうに言った。

 ナツメさんがお礼を言うのを見届けると、長官様はフッと息を吐いた。そして右手を左胸に当てながら再び一礼をして言った。



「……さて、自己紹介が遅れました。私は現在ギルディアの取締をしております。元ギルディア国王付きの執事、エドワード・エミール・エリオットと申します。どうぞ気軽に"エド"とお呼びください」


「……あ、私はマリアで良いです。えっと、エドワードさんはアルベ君のことも私のこともご存知でいらっしゃるのですよね?だったら、私のことはマリアと普通に呼んでください。ナツメさんも、気にしなくて大丈夫です」


「……かしこまりました。マリア様、本題へ入る前に、いま一つだけ謝罪をさせてください。河田君からマリア様がお倒れになったと連絡を受けた後、御身は私と河田君でこの家に運びました。本来であれば、王宮にお連れするのが当然なのですが、本日は王都方面の人通りが多くなっておりますゆえ、人目を避けるため、勝手ながらご自宅へと運ばせていただきました」


「──また、先ほど驚かれたことと思いますが、マリア様にとっては部外者である私も、勝手ながらこちらに留まらせていただいております。というのも、私もギルディアの代表の一人である立場ゆえ、もし仮にマリア様の御身をギルディアの行政長官が王宮まで運んでいるとなると、流石に人目につきすぎると判断を致しました。どうか、この勝手につきましては謝罪するとともに、ご理解をいただければ幸いに思います」


「──さて、まずはここまでで、マリア様から何かご意見はありますか。互いに初対面です。理解を深めるため、少しの誤解があっても不都合でしょう」


「……はい。理解はしました。エドワードさんにもナツメさんにも、心配どころかご迷惑までかけてしまったようで、ごめんなさい……」


「ええ、確かに心配はしましたが、迷惑などとんでもない。我々二人──エドワードと河田という王家職員は、亡きシャンドレット王の意思とグルワールさんとの約束のもとに、今日一日、貴女様に不自由が無いようにサポートするのが役目ですので、お気になさらず。ご要望があれば何なりとお申し付けください」



 要望、か。

 きっと、彼を返してほしいなんて言ったら、困ってしまうだろうなんて考えてしまって。こんな嫌な性格であることに対し、「あはは」と声に出して自嘲した。


 私が自嘲するのを見て、エドワードさんはその整った顔を少し顰めた。それからスーッと音を立てながら息を吐く。


 ああ、ひょっとして。

 エドワードさんが顔を顰めたのは私の自嘲がエドワードさんに向けられた嘲笑と捉えられてしまったのかもしれない。こんなにも助けてもらっておいて、嫌な気持ちにさせてしまうのは良くないと思ったから、私は謝ろうとした。



「河田君」


「は、はい!長官様!」


「この家の風呂場をピカピカになるまで掃除してきてほしい」


「は、はい!……はい?」


「……間違えた。しばらく外してほしい。マリア様と二人で話がしたい。外は目立つからできればこの家の中が良いのだが……」


「じゃあ、お風呂からお部屋まで隅々とお掃除してきます!マリア様、良いですかっ?」


「え、ええ。お掃除してくれるのはとてもありがたいですけど……」


「では、おまかせください!ピッカピカにしますよ!先の失態を取り戻して見せますから!」



 ポンポンと自分の胸を叩いて誇らしげに、ナツメさんは一礼をしてからサッサと書斎の方へと消えてしまった。

 そして、ナツメさんがこのリビングから出ていくのを見届けると、エドワードさんは、はあっと大きくため息をついた。



「あ、あのエドワードさん?ごめんなさい。さっき笑ってしまったのはエドワードさんに対してじゃなくて……」


「自分に、だろう?……わかるよ。オレも今のあんたと同じ感情を抱いた事があるからな」


「え……?」


「……っと、女性相手にあまり俗っぽい話し言葉は良くないか?オレの素はこちらなのだが、マリアさんの要望で執事モードに戻すことも可能だがどうしましょうか」



 どうしましょう、と言われても困ってしまう。

 正直どちらでも良かったのだが、エドワードさんが素の自分を見せてくれたことに何か意味があるのかもしれないとも思った。……それに、今の私の気持ちに対して「わかる」と話してくれたこともある。



「そのままでお願いします。あまり難しい言葉を使っていただいても、わからないから……」


「了解。……さて、マリアさん。今日オレがここまで足を運んだのは他でもない。貴女の婚約者について愚痴りにきた」


「えっ、へ?こ、婚約者じゃ……あ、えっと……どうなのでしょうか?わた、私、アルベ君の……」



 唐突に婚約者という表現をされて動揺する。

 昨日の今日の出来事で、自分では喜びに浸っていても他人からそうだと言われると、どきどきと動揺してしまう。


 そんな私をエドワードさんは冷たい目で見ている。

 視線から逃げるため、私はテーブルに置かれたカップを手に取り、ホットチョコレートを一口飲んだ。

 相変わらず美味しくて、おもわず「おいしい……」と呟いてしまうと、エドワードさんの表情は少し柔らかくなった。



「美味いのは当然。亡き王陛下の口にも入ったことがある、オレの自信作の一つだからな。しかし、そうじゃなくて……婚約者云々よりも愚痴りにきたという言葉に反応して欲しかったんだが。お二人とも、そういう関係ではないのですか?オレはてっきり……」


「あ……そそそ、そういうことですか。すみません、昨日指輪をいただいたばかりで、まだ成り立てなのです。だからあまり言われ慣れていなくて」


「──思えば、アルベ君が昨日指輪を残してくれたのは、こういうことだったんですね。これだけ残して、自分だけ行ってしまうなんて……いやです。本当に、困った人」


「ええ、本当に。心配をかけたくないから隠すっていうのは美徳めいているのがタチ悪い……そうだ。此度の封印執行について概要はご存知ですか。マリアさんにはきちんと知る権利がある。今朝方、彼との間で行われた封印執行の契約手続きについて、あの分からず屋に代わって話をしてもよろしいですか」


「……はい、教えてください」

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