英雄に代わるひと⑵
「じ、ジルさん!?」
「桐野さん、マリア。急いでジルさんの治療を──」
「待て!!何のためにそのガキを連れ帰ってきたと思ってるッ!!俺は良いから、そのガキを優先し……」
突然入ってきた担走車と、二人に驚くキリノさん。
医務室に来て早々、ジルさんの治療をするよう叫ぶ職員──彼もまた人形ではない。戦闘部の職員だ。
明らかにひどい怪我をしているのに、自分のことは後回しで良いと言うジルさんは……担走車に乗せられている患者を優先しろと言いかけて、そのまま倒れてしまった。
ジルさんが倒れてしまった状況下で、指揮を取るのはキリノさんだ。
「な、何があったのですか?」
「そ、そこの患者、……子供のようで中身はバケモノだ!ジルさんの指揮下のもとでシエントの軍勢を蹴散らした、こともあろうかジルさんに牙を向けたんです!」
「この子供が?あれ、この子って……」
キリノさんは担走車に乗せられた彼を一目見やると、ハッとした。それから、キッとした表情に戻って私に言った。
「……マリア、この子を助けてあげて」
「き、桐野さん。あんた正気ですか!?」
「マリア、急いで。ジルさんはこっちで何とかする。その子を助けられるのはマリアしか居ない」
「わかっ……」
「ま、待てって!」
戦闘部の職員がぎゅっと私の手を掴んだ。
私が「いたい」と声をあげてしまうと、すかさずキリノさんが職員の首元にナイフを当てた。
私の手を掴む力がふっと弱まって、何とか抜け出した。
「……ッ!?ジルさんが死んだら、『アザレア』は終わりだ。『アザレア』が無くなればギルディアだってどうなるかわからない。王家の連中には何もできないんだから。……桐野さん、あんたその責任取れるんですか」
「マリア、早く行きなさい」
「僕だって戦闘部の端くれだ。お、女のあなたをここで簡単に殺すこともできるんだぞ!……マリア、お前の教育係が居なくなって欲しくなかったら、ジルさんを先に助けろ。そんなバケモノは放っておけ!」
ジルさんを助けなければ、キリノさんが殺されるかもしれない。それは、イヤだった。
特に知りもしないこの子供と、キリノさんとじゃ価値が違う。
私は一瞬でも、これから長い付き合いとなるはずの"彼"のことを見捨てようとした。
でも、"彼"は決して、決して私のことを見捨てなかった。例え、自分の命が危うくても、私と一緒であることを選んでくれた。
ああ、やっぱり。こうして思い返すと、私は彼の隣に立つことはふさわしくないんだと思う。
「……ぐあッ!」
私が担走車から手を離した時、桐野さんの持つナイフが職員の首に食い込んだ。
「き、キリノ!?」
「お願い、私に彼を殺させないで。ジルさんと彼の治療は私と他でやるから。マリアは、ね?」
「……わ、わかった!」
私はこの時ばかりはキリノさんのことが恐ろしくなって、医務室から担走車と一緒に飛び出した。
彼の傷はとにかく酷かった。
息をしているのが不思議なくらいで、この状態から何の後遺症もなく完治させられるか不安に思うくらい。でも、助けられなかったら、きっとキリノさんが困ってまた怖い顔をすると思って……とにかく夢中だった。
担走車を走らせつつ、時折治癒のために止まる。
医務室以外に治療道具が揃っている場所とすれば、私の部屋だから、とにかくそこまで移動したかった。
でも、走って、止まってを繰り返していたら全然間に合わないし、体力が余分に持っていかれる。
この期に及んで眠たさが襲ってくるから本当に困った。
「……どうしよう、どうしよう」
このままじゃ彼を助ける前に、私が力尽きる。
止まってその場で治療するか。……いや、治療できる箇所は私が触れられるところだけ。全身から血が溢れている状況では、いずれ失血死する。担走車を走らせながら、治療に専念できれば──
その時、突然担走車が走り出した。
私は担走車の上に乗って彼の傷を塞ごうとしていたから、もちろん私が走らせているわけではない。
キリノさんが来たのかと思って顔を上げると、そこには見知らぬ男の人が立っていた。
本当に顔も名前もわからない、ただ、この『アザレア』の研究員たちと同じように白衣を身に纏って、顔に幾つか大きな傷があった。
「……だれ?」
「今はそういう場合じゃない。私が運ぶから君は治療に専念するといい。どこまで運ぶ?」
「わ、私……マリアの部屋!私が治療する間、血が止まらないとこの子死んじゃうから!」
「了解。……と、道具は必要かな?」
そう言うと男の人はコンパクトな簡易医療キットを渡してきた。
正直これだけでは、包帯もガーゼも全然足らないけれど、無いよりはマシだった。それに、この医療キットにはトゲ抜き用のピンセットもあるから、彼の身体に抉り込んだままのたくさんの銃弾を取り除くこともできる。銃弾は後で取り除く前提で、とにかく死なないように治療しようかと悩んでいたが、この男の人のおかげで、どうにか希望が見えてきた。
「た、たすかる!」
「じゃあ、走るよ。振り落とされないようにね」
男の人は駆け出して、担走車が走る速度も上がっていく。包帯を使って簡易的に傷を塞ぎ、銃弾を取り除いた後、能力で傷を完治させる。それを何度も繰り返した。
しばらく治療に集中していると、男の人はとある部屋の扉を開いた。そこはベッドはあるが誰にも使われていない空き部屋で、私の部屋のすぐ近くだった。
「お嬢さん、手は離せるか?」
「むり!あと、お嬢さんじゃなくて、私はマリア!名前がある!」
「……これは失礼。じゃあ、マリアちゃん。部屋に入っても良いかな、医療セットは部屋にあるんだろう?」
「うん、早く」
「了解」
男の人は駆け足で部屋から出ていった。
私の部屋にそのまま運んでくれればよかったのにと当時は思っていたが、思い返せば、男の人はあえてそうしたのだろう。担走車と患者を目の前にしながら困っている私を見つけて、私が医務室ではなく自分の部屋に運んでほしいと願った時点で、医務室が何らかの理由で使えないことを悟った。
そして、医務室の代わりとなる部屋が私の部屋であることを理解してから、今度は私の部屋が医務室として使えなくなることを防ぐ目的で、あえて別の部屋に彼を運び込んだ。
まあ、これは今の私ならそうするだろうという考えであって、実際、その男の人が意図していたのかはわからないけれども。
ともあれ、私は何とか治療をして、彼の命を救うことに成功した。
担走車を部屋まで運んでくれた男の人は、しばらく私を手伝ってくれたが、いつの間にか、お礼を言う前に居なくなってしまった。
この後、治療に疲れて患者である彼を枕にして眠ってしまった私は、キリノさんに起こされる。
そしてその時の振る舞いは、思い出すせば思い出すほど自分を殺してしまいたくなるくらい醜いもので、彼に対して本当に無配慮、無遠慮だった。
だのに、彼はそんな私の手を取ってくれた。
それどころか、強く引っ張ってくれた。
運命なんて、神様なんて──
これまで、売り買いされ、あるいは持ち主が死んで変わり続けてきたせいで、そういうことは信じる気持ちはこの時まで薄れていった。
でも、彼が私の手を取ってくれた時から、いつの日か「お友達が欲しい」と願った出来事を思い出し、運命として結びつけたりして……。
ああ。
そうして瞬く間に、私は恋に落ちたんだ。
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