私の誕生日⑵



 医務室に戻って間も無くすると、3つの死体と1人の患者が運ばれてきた。

 そして報告通り、3つの死体はレオさん含む戦闘部職員のものだった。死体の状態は、シイナさんが一番綺麗で、次にポールさん。レオさんのもの一番酷かった。死体が綺麗かどうかなんて考えるのも良くないけれど、綺麗であればあるほど苦しまずに死ぬことができたのだと考えるようにしている。


 シイナさんは多分高いところから落ちて死んでしまって、ポールさんは塔にたどり着く前に怪我をしていて、それが行くところまで行ったのだろう。

 レオさんは、頭と肩が無くなっていて、腹部に刺し傷もあって一番酷い。


 塔で何があったかは、死体を見ただけではわからない。

 そもそも、魔物と戦って死んだ時の"死因"を探るのは難しい。魔物がどんなやつだったのか、どんな力を駆使したのか、何が致命傷となったのかは、実際にその魔物と戦った人にしかわからない。


 そう──

 わからないのが、普通。


 シイナさんのように打撲や骨折だけの時だって、本当は塔からの落下死じゃなくて、魔物に押し潰されたことが原因かもしれない。

 ポールさんのように切り傷ばかりで失血死したのだって、何か不思議な力で強引に血を抜かれたのかもしれない。


 だから、レオさんの死因だって──



「……自殺だと?」


「はい、現段階ではそういう結論になります。塔の主との戦闘データは肝心の執行者が死亡するか発狂するかで正確には残っていません。しかし、多くの死体の形状から見るとこれは塔の主のやり方ではなく、別の──」


「だから自殺だって言うのか。今までこんな死に方の例が無いから、だと?」


「いえ……それだけではなく、腹部の刺し傷があります。あれはレオさんの剣による傷跡で、その証にレオさんの血が大量に付着していました。尤も、レオさんの死と同時に、剣は鞘から抜けなくなりましたが」


「──自らの腹部に一刺しし、そのまま外側へ。内臓を剣ごと引き摺り出す勢いで、恐らくは相当の覚悟だったのではないでしょうか」



 ジルさんは説明をする医療部職員に掴みかかった。

 この職員は死因の調査を行うのが専門で、どちらかといえば私のように治療するのではなく、治療できなかった時の"処理"担当。

 これまでいくつもの死を見て、遺族に死因の説明をしてきた。その様子は至極冷静で、その冷静さが仇となって時折トラブルを起こすから対応に困る、とキリノさんが言っていた。


 今回も、例によってトラブルが起ころうとしている。その相手は遺族ではなく、『アザレア』の最高責任者。……けれど、彼は顔色ひとつ変えない。ジルさんの人形であるわけでもないのに。



「腹部の傷と自爆に一体何の関係がある?それはお前の想像だ。妙な結び付けをするからそんな解答になる。腹部の傷は、きっと何者かにやられたんだ、レオの覚悟なんかじゃ──」


「では、ジルさんの仰る"何者か"とは、何者でしょうか。わざわざ塔まで行って、レオさんを刺殺したのは、一体誰ですか?」


「──偶然塔に居た盗賊でしょうか。いいえ、このあたりにはギルディア以外の場所に人間がいるなんてそもそもありえません。大体が、魔物に殺されるでしょう」


「──なら、ギルディアの民でしょうか。いいえ、ギルディアの民の多くはレオさん率いる『アザレア』の戦闘部に救われた経験があるでしょう。そんな中に、レオさんを恨みに恨み倒すまではあるかもしれないとして、あの危険な塔まで行って、塔の主の眼前で刺し殺すなんてするでしょうか」


「──では、塔の封印執行時に塔の中にいた人物、戦闘部の職員でしょうか。ああ、それならあり得るかもしれませんね。私の耳に届くくらい彼らの仲が悪いと評判ですから。塔の主との戦闘に乗じて、或いは」


「あの、一言だけ失礼。彼らの仲が悪かったのは、職員全体の調整を行っている私も認めますが、殺し合いをするような関係ではありません。互いに、高い志を持っています。それに、仲間を裏切るような人物であったなら、私が見逃すはずありません。そのあとでジルさんが……」



 この『アザレア』の人事が実際にどのように行われているかは知らない。

 しかし、キリノさんの能力『心読み』があれば『アザレア』に対して悪意ある人間を採用をすることはない。仮に採用するとしても、それは実験材料や人形としての扱いになることだろう。

 そして、数少ないまともな職員に対しても、日々の心情を読むことができるから、例えば、私が『アザレア』の職員を殺したいほど憎んでいるとすれば、キリノさんはそれを読み取って、何かしら対応するだろう。


 キリノさんがそんな悪意を見つけた時は、ジルさんの『精神操作』による人形化か。或いは、材料となるか……。

 どちらにせよ、"裏切り"という感情には厳しく対応しているはずだ。


 "彼"のように、本当に特別な例を除いて。

 その特別な例のおかげで、私達は、外へと飛び出すことができたのだけれど──



「おっと。桐野さんはジルさんの味方をするかと思いきや、その発言はレオさんが自殺したという私の見解に賛成すると仰るのですか。少し意外ですね」


「桐野は自身の経験で発言しただけだ。俺の味方なんかじゃねえよ」


「……まあ。それは失礼。しかし、桐野さんの仰る通り。仲間の裏切りとは考えにくい。まあ、桐野さんが発言されなくとも、他殺の線は非常に薄いと思いますね。だってあの百戦錬磨の男が、たかが人間相手に殺されると思いますか?」


「……ッ」



 ジルさんは、その言葉を聞くと一瞬眉を顰めた。

 それは、冷静な死体鑑定に対する不快感のためではない。

 私もキリノさんも、ジルさんも、誰もがレオさんの強さを信じ、塔の封印を成功させて帰還すると思っていたから。



「さて、先ほど言いかけましたが、塔の主のやり口でないと言う意見は、"大川さん"からも意見をいただいています。彼の方が魔物には詳しいですから、その辺の話は彼に聞いていただいた方がよろしいかと思います。……では、私はポールさんのご遺族への説明がありますので、この辺で失礼します」


「……待て」


「まだ何か?」


「レオが自殺した理由は何だ。自殺したって言うなら理由があるはずだ。まさかお前はその理由を知ってるのか」


「ははっ、それはジルさんなりの冗談ですか?……私は何も知りませんよ。ただでさえ普通の人付き合いもできないのに、どうしてレオさんから自殺するほどの悩みを聞かせてもらえるのです?」


「……そうか」



 その言葉の後、突然視界が暗くなった。

 そばにいたキリノさんが私の視界を遮ったのだ。


 直後、ドサッと言う音がした。

 声などはせず、私のドクドクとした心臓の音が部屋全体に響いているような気がした。


 ……しばらく、音だけの世界が続く。

 間も無く、バタバタと足音がしたと思うと、バンと扉が開かれた。



「報告です。危篤だったリシュアさんがたった今、亡くな──と、その死体も埋葬処理が必要でしょうか?」


「これは、やらなくていい。"大川"が処理する分だから運ぶだけだ」


「かしこまりました」



 ドタバタと、また暗闇の中で音がしてようやく視界が広がる。



「リシュア、死んだの?……私、治してない。私だったら治せたのに。どうして?」



 何もわかっていなかったから、私は無邪気に問うた。それに対して、キリノさんは少し困った顔をして答えた。



「……いや、リシュアさんについてはマリアでも無理だよ。魔物の毒を取り除く方法があったらよかったのだけど……。あのジルさん、リシュアさんについて王家への協力依頼はされなかったのですか?」


「あのお人好し王に直接頼めれば助かったかもしれないが……"魔物の毒を受け摂ってくれ"なんて話は、簡単に通るはずがない。門番から執事へ、執事から執事長へ、執事長から王へ──その間にリシュアは死ぬか魔物と化すか。どちらにせよ、アイツの死は魔物の毒を受けた時点で決まっていた」


「……そう、ですね」


「遺族への詳細報告には準備ができ次第俺が向かう。桐野、お前は先に封印執行完了の掲示の準備と、葬儀の段取りを調整してくれ」


「分かりました。……マリアも今日は疲れたでしょう。シュークリーム買っておいたから、部屋に戻ってなさい」


「ほんと?わかった!すぐもどる!」



 座っていた椅子から飛び跳ねるようにして立ち上がり、私は医務室を後にした。

 シュークリームがあると言われたら、私に抗うことはできない。リシュアさんの治療をさせてくれなかったことには、少し不満だったけれど──この時私が能力を使っていたら、"彼"とは出会えなかったかもしれない。

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