私の誕生日⑴
窓もない、外にも出られない『アザレア』の建物の中だけの生活。
いつしか時計を見ることも忘れて、日々を過ごしていた。単調な生活で自分のことを忘れてしまわないようにと誕生日だけはキリノさんが祝ってくれた。
今日は12月26日。『アザレア』に来てから二度目の誕生祝いを心待ちにしていると、キリノさんが険しい顔をしながら私の元にやってきた。
「今日は、お祝いをしている暇がないんだ。ごめんね、私もすぐに行かなくちゃいけない。マリアもいつ怪我人が出てもいいように準備しておいて」
「……お仕事?」
「そう」
キリノさんはそれ以上何も言わずに部屋を出ていった。
私は着替えてから部屋から出、食堂に足を運ぶ。
いつもと変わらない様子だったが、皆どことなく不安そうな感じが伝わってきた。
一人でトーストを食べていると、特に耳を澄ますことなく"塔の封印"という言葉が聞こえてきた。
キリノさんは、私に"塔の封印"のことをあまり話さないけれど、他の人──特に戦闘部の先鋭たちの口からは、何度か聞いたことがある。ただ、彼らも特別お喋りではないため、具体的にいつ行われるのかとか、なぜそれが必要なのかは教えてくれなかった。
それに、私自身もこの時はまだ興味がある話題ではなかった。
私の仕事は、怪我をした人を治すこと、壊れかけの人形を治すこと。それ以外に何もない。
ただ、誕生日を祝ってもらえないのは少しだけ寂しいから、今日じゃなくたって良いのにと恨めしく思っていただけ。
怪我人が出ることは間違いないとわかっていたから、私はキリノさんに言われたとおり、いつ何が起こっても良いように、準備をしていた。
いつもならキリノさんが一緒に手伝ってくれて、お喋りもしてくれるのに、医療部に配置された人形と二人きりでつまらない。そのせいか、いつもより準備が捗って早く終わった。皆が不安そうにしている割には、とても静かで──今思えば、これは嵐の前の静けさというのだろう。
手が空いたため、恒例の建物探検をしようと外に出た。その刹那、何か冷たいものが私の頬にぶつかった。
不思議に思って触れてみると、手には水色の不思議な魚がくっついていた。
この魚はたまに『アザレア』内部、特に狭い廊下の天井を虫のように飛び回っているところ見かけることがあった。触ろうとすると逃げるし、素早すぎて追いかけることを諦めるほどだった。
しかし、今日は皆が塔の封印で不安がっているように、この魚もいつもと違う行動を取っていた。
低いところを飛んでいて私にぶつかった。思い切り私の身体にぶつかってしまったからなのか、身体が変なふうに折れ曲がっていた。
「……お魚?だ、だいじょうぶ?」
ぴちぴちと苦しそうにしたから治癒能力を使おうとすると、身体が折れたままピョンと飛び上がった。
それから魚は私を一瞥すると、折れた身体をさらに折り曲げて一つの雫になり床に落ちた。雫は波紋を壁や障害物を無視して広がっていく。それから私の足元まで到達すると、突然頭の中に文字が広がった。
『直接契約に基づき、魔導書館内より館長権限のもと『波紋』の魔導書を使用します』
『節制の花の再起動を確認、塔の封印執行の完了を確認しました。死者3名、戦闘部総長 レオ・グルワール、副総長 椎名 朱里、戦闘部職員ポール・スタイン。負傷者1名、戦闘部職員 リシュア・デント、以上』
『最高責任者は必要に応じて、『移動』の魔導書の使用が許可され──』
突然のことに、驚いた。
思いがけず魚に怪我をさせてしまったと思ったら、いきなり頭の中に文字が浮かんで……。
けれど、それよりも何よりも一番驚いたのは、戦闘部総長のレオさんが命を落としたということだった。塔の封印という『アザレア』の一番の任務にて、『アザレア』で一番の実力者だとジルさんのお墨付きをもらっているレオさんが、いつも殆ど無傷で帰ってくるあの人が、今の報告の中の死亡者のうちに含まれているだなんて信じられなかった。
レオさんと仲が良かったとかそういうわけではないけれど、だからこそ──別に仲が良くなくても"強い"と信じられる人が亡くなった、だなんて。『アザレア』に来て、これまで様々酷い怪我を見てきて衝撃だったけれど、この報告が一番の驚きだった。
この後、頭に広がった魚の文字がかき消される程の大きな声の館内放送が流れた。ジルさんの声だった。
『『アザレア』内にて待機中の医療部職員に告ぐ!!マリアを残して、全員塔へ迎え!転移の能力者を屋上に配置する!……とにかくッ、まだ生きてるリシュアだけは何が何でも助けろッ!』
私の背後にある扉が開かれた。
先ほど一緒に準備をしていた医療部配属の人形が、私を乱暴に押し退けて部屋を出ていった。
押し退けられて、べたりと転んで。
私はしばらくの間、立ち上がることができなかった。
そんなところにやってきたのは、少し意外な人物で、ジルさんだった。てっきりジルさんも塔に向かったのだと思っていたから、意外に思った。
ジルさんは、思考に割り込んで入ってきたあの魚の文字を振り払うほどの迫力で非常事態を知らせたというのに、未だ準備を始めていない私をとても冷たい目で見下していた。
きっと、私が治癒能力者じゃなかったら、この時に人形にされていただろう。
「……仕事に戻れ、マリア。もうすぐ、全員戻ってくる。リシュアのこと、お前に助けてもらわなきゃならん」
「……わかった」
別に逆らったりはしない。
助けることが私の役目で仕事だから。人形ならともかく、リシュアさんはきちんとした人だから助けたい。
ジルさんは私にそういうと、白く複雑な廊下を歩いていった。印象的だったのが、目の色と同じ色のピアスを外していたこと──ピアスは二つとも彼の手の中にあるようで、ジルさんはその手を自分の口元へ当てていた。
ジルさんの行動を良く見ているわけじゃないけれど、あの時はすこし様子が違うように見えた。
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