第8話 邂逅ですわ〜!
それはとても場違いで。
それはとても悪い意味で目線を集めて。
それはとても静かな時間を生み出した。
でも服装はとても煌びやか。
それも今の時代に見ないような金がふんだんに振るわれた、えげつない程高価なドレス。
元より貴族が呼ばれた中での事だからそこまで服装は悪目立ちしていない。寧ろ年季のある重たい金の輝きに目を奪われる人もいた。
ただ、ドレスの裾がとても汚れている。
その汚れは、一着でこの国の統治ができるドレスの価値をズタズタに切り裂いているようなものだった。
もはや突然すぎて元からいたのかいなかったのか。
周囲の静寂は、しかし、段々と全く見覚えがないという記憶が浮き上がってきて、あっという間に怪訝な目が渦巻く喧騒へと移り変わっていった。
たった1人を、除いて。
たった1人。
その人はやつした頬を携えている。
目も窪んでいて、白髪で、今にも死にそうな顔をしていた。身体の肉も薄く、破けてしまいそうで。
けれど今、久方ぶりに正気が戻った顔をしている。
光を見つめる様に、彼はその女性に焦点を合わせている。
目に涙を浮かべ、追い縋るように足を進めている。
彼は【男湯七不思議】の報告を受けてまさかと、考えてた。しかしいつもの如く他人の空似か嘘八百か、そういう考えに至った。
もしかしたら妻が満身創痍な自分のことを気遣って伝えた優しい嘘なのかとも考えた。
そう。
彼は同じく血眼で愛娘を探している妻の言葉すらも疑う様になっていた。
それもこれも、この50年間が悪い。
泥水を探り続けてもなお、その中で踊らされてもなお、転ばされてもなお見つからない手掛かりがそうさせてしまっていた。
疑心暗鬼なんて生やさしいものじゃない。
拒絶だ。心の底からの拒絶。防衛本能。
拒絶という暗闇は、希望の光の一切を受け付けなかった。
しかし、今。
その暗闇が晴れようとしている。
「エリーナ……なのか」
彼が知っているエリーナは7歳の小さな女の子。
黄金色の、癖のない絹のような髪の毛を生やしていて、宝石を織り交ぜた程に澄んだ美しい金色の瞳を持っている。長いまつ毛はエリーナのトレードマークだ。
自分よりも妻に似た端正な顔立ち。
外で元気に駆け回る割には肌もずっと白く綺麗だ。
耳の形は少しまるっこい。
首筋には二つのホクロがある。
性格は子供を象徴しているくらい御転婆だ。
声が大きくて、うるさくて。でも慣れてしまえばそれがとてつもなく可愛くて。
「なぁ…おぃ……」
縋る。
彼は縋る様に女性に声をかける。
けれど、わかっている。
この人はエリーナじゃない。
確かに知り得た特徴のほとんどが一致している。
ここまで似た特長を持つ人を見つけたのは初めてだ。
けれど、目の前の女性の身長は120センチじゃなくて、170センチはあるだろう身長。
自分の曲がった猫背の身長を追い抜かしてしまっている。
でもだ。
50年。
50年もあればそう。
身長も大きくもなるはずで、それ自体はおかしい話じゃなかった。
それよりも、年齢が明らかに外れている。
失踪してから50年。
エリーナは時点で7歳。
つまりは57歳でなければいけなく、見た目も相応でなければならない。
しかし、目の前で立つ女性は見たところ20歳とかそれくらい。声もとても透き通っていて、年増のしわがれ始めた声なんかではない。
とても瑞々しく、若々しい。
だから違う。
そのはずなんだ。
でも、アンベット公爵は泣きながら縋った。
こんなにも人がいる中で、権威が求められる世界の中で、恥ずかしい位に真剣に苦しみに喘いで泣きながら。
「お願いだ、もっと俺にその顔を見てくれ。見せてくれ、その顔を」
今、女性が着ているドレス。
そのドレスはアンベット公爵がエリーナのために仕立てたドレスの意匠と全く一致していた。
そして、このドレスの存在と在処を知っていたのは彼と、その妻と、エリーナの3人だけだった。
このドレスはエリーナが5歳の時に作られたものだ。
エリーナが20歳の誕生日を迎え、爵位を継いでもらう時に袖を通してもらうドレス。
エリーナの性格をドレスに投影しようと考え、元気で明るくまっすぐな光を差してくれるような特長をドレスに持たせていた。
その光の一端を担うのが多量の金装飾。
金の装飾の位置や厚さ、装飾、重さ。
全部が全部美しく見えるようにデザイナーと、妻の美的センスと、エリーナのわがままと、を織り交ぜ試行錯誤しながら作ったオーダーメイドドレス。
当時のエリーナはそんなドレスの中で小さく駆け回り「内側が逆シャンデリアですわ〜! 眩しくて綺麗ですわ〜!」と嬉しそうにはしゃいでいた。
例え将来これを満足に着れなかったとしても何かの役に立つはずだ。直近の金の価格の変動がそう言っている。
そして今、それは慧眼だったとこの会場全体が示している。
「エリーナ!!!」
そんなドレスは、除湿や劣化遅延の魔法、壁や床には最高位の防御魔法を展開したクローゼットに。
それも、【特殊なパスワード】を要する中で保管されていた。
その【特殊なパスワード】を知るのもまたその3人だけ。
だが、ある日忽然とドレスは消えていた。
いや、エリーナの失踪と同じくしてそれは無くなってしまった。
ただこれには一つの謎があった。
解錠記録がない。
壁や床への工作は通用しない。
されるとすれば解錠する必要のあるドアだけなのだが、それが壊された様子もなかった。
ただ忽然と、無くなってしまった。
そんな、昔にあった出来事。
それと、この前聞いた【男湯七不思議】の現象はある意味でとても似ていた。
そして、今目の前で見た光景。
それは間違いなく【男湯七不思議】の中心となっている女性の登場。その女性が着ている服はとてもよく知っている特注のドレスな訳で。
それに…それに、突然現れた女性はとても、とても、とてもエリーナに酷似している。
ならば、ならばだ。
それはほぼ間違いなくエリーナなわけだ。
そうじゃないと納得できない。
だから、でも、見ているだけじゃ確信には至らない。
それ故に彼女の声を待つばかりで。
そして。
訝しげにアンベット公爵の泣き顔を見るエリーナと呼ばれた女性は。
少しずつ。
少しずつ目を見開いて。
そして慌てて両手で口を覆い隠すと言った。
「お父さーーー」
それと同時に。
「は……?」
エリーナと呼ばれた女性はまた忽然と消えてしまった。
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