第7話 超々超々豪華絢爛ですわ〜!
豪放磊落。
豪華絢爛。
ただただ豪華さを浴びせたいがために無駄に凝った装飾がされた壁。
ドーム状の天井に描かれた絵画。
その青みの強い神聖な画は、まるで部屋の中なのに空の下にいるかのよう。
ちょうど絵画の真ん中あたりには太陽が描かれており、そこから飛び出してきたかのように大きな銀のシャンデリアがとても広い屋敷の一室を照らしあげる。
たくさんの、真っ白なテーブルクロスの敷かれた机。その上には良い素材をふんだんに使った料理が満載と、銀のトレイの上で優雅に腰を据えている。
バイキング、というものだ。
「いやはや、やはり親睦会は楽しい物でございますなぁ。それもここまでの規模、初めての経験ですよ」
そしてそこにいるのはこの部屋に負けない程に高そうで、意匠や装飾の凝った服。ネックレスや指輪腕時計をまとう人々。
ここでは貴族の親睦会が開かれている。
この服装や装飾というのはみなそれぞれの権威を誇示する為のもの。
王侯貴族が一堂に会する場なら必然であり、当然のマナーであり、下に見られてはいけない。そう言う暗黙の慣習からきている。
そんな階級が高い者同士の集まりはここにおいては無礼講であった。
主催者はアンベット公爵。
かなり老いた様相で、とてもやつれた顔をしている。肉の薄い身体。シミが顔にも体にも色濃く出ている。白銀の薄いのだけれども長い腕毛。
髪の毛や眉毛、髭が整えられているのに対し腕毛は放置されている。不均一な清潔感だった。
だが、腕の毛は袖の長い服のお陰で隠れている。
だからみんなに見えているのは顔と、服だけだった。
「お気に召していただけているようでなによりです、イディシア子爵殿。今回お呼びしたのが初めてですし、イディシア殿もかなり緊張なさっているのでは」
服装は周囲に負けず劣らずと言った装飾を身に纏っている。そのどれもが新品で、宝石や少しだけ散りばめられた金の輝きに指紋などの汚れはない。
イディシア子爵はそんなアンベット公爵の見透かした言葉に大きく肩を揺らしながら笑った。
「いやいやこれくらいなんその…! と言いたいのですが、正直足が震えております。まさに生まれたての子鹿」
「ははは、ですがこの場を立ち振る舞えている姿は勇ましいですよ。勇者の出立でございます」
「いやはやありがとうございます…。そう見えているのであれば安心するばかりで」
そう相槌を打つ顔はとても固い。
アンベット公爵とは打って変わったものだ。
イディシア子爵は最近爵位を上げてきた貴族。
貴族に与えられている仕事は、このアンデルセン主王国の城壁内。その中はいくつかに区分されており、そのうち一つの区域を統治する事。
大きな施策や方針はもちろん現国王が下しているが、細かな方向性や税率などは場所によって変わってくる。
爵位を上げるには国民の支持と実績が必要。
賄賂は禁止。
そこは強く見張られていて不正はできない。
支持が落ちれば貴族位は落とされるか剥奪される。
貴族から転落した人間が貴族に返り咲くのは難しい為、現状の爵位維持、または向上を皆願っている。
ただ、そんな性質だから殺伐とし始める事も昔に当然とあった。そこでアンベット公爵主導で親睦会を開く事になった。
あえて縁を作り、あまり貶め合えないようにする目的のほかに知識を深めあったり、同盟に近い画策を促す場でもあった。
みんなで仲良く、明るく元気に。
今みたいな絢爛を飾らなくて済む綺麗な光を照らしたい。そんなことを強く願っていたのだが、実際はそうもいかなかった。
結局はぶりはぶられ、切り切られ。
まとまり、固まっていたはずの円はいつの間にかぐちゃぐちゃになってしまう。
昔…それこそアンベット公爵家の現頭首が20歳の時に家督を継いだ52年前はそんな感じで魔境だった。
平和の象徴とは程遠い、血みどろとした内内の暗く重たい戦地。もはや魔物の巣窟。
それをアンベット公爵は忌み嫌っていた。
そこに加えて大きな事件が彼の身に降り注いだ。
それはアンベット公爵が15歳の時に産まれた娘。
明るく元気でまっすぐな、そんな性格の愛娘であったエリーナ公爵令嬢の失踪。
公爵令嬢の失踪は瞬く間にニュースとなった。
アンベット公爵は統治区域内をくまなく探したが見つけられなかった。
だから昔から仲の良い貴族と連携して捜索の範囲を拡大してみた。それでも見つからない。
もっと情報が必要だ。
しかし、結局これは個人的な話であり、家督をついで日も浅い。捜索というのはかなり人手と経費がかかる。
大問題にはなったがその程度で、たちまち騒動は未解決のまま周囲の協力も収まりを見せた。
エリーナが生まれた時のアンベット公爵の年齢は15歳。
エリーナの失踪時の年齢は7歳。
その時のアンベットは22歳。
公爵の頭首となってまだ2年。
仲がいくら良かったと言えど、捜索費用をいくらこちらが捻出しようと手間は手間だ。
加えて仲が深くない貴族に力を貸してもらうには、彼は若すぎた。
そこでアンベット公爵は閃く。
昨今の異様な血みどろさを隠れ蓑にして今までなかった繋がりを開拓する場を設けてしまおうと。
みんながみんなこの殺伐とした空気を好んでいるわけではない。少なくとも仲の良い貴族達は皆総じて嫌気を示していた。
だから本当にちょうどよかった。
構想から支持を集め約3年。
準備を整え満を辞して開催されたアンベット公爵主催の親睦会。
「あくまで捜索のため」とならない、自然な形の人脈形成。
それは少しずつ少しずつ、彼の人脈を広げていった。
しかし、愛娘であるエリーナ公爵令嬢の影すら見つけられず。捜索の糸口を作ってもう45年。
失踪自体は50年目に差し掛かる。
一度屋敷を手放してまで行った捜索に、人脈越しの捜索。そして今の今まで見つからないとなると……。
それは言われなくても分かっていた。
もう娘と過ごした、150年前から建っている歴史ある屋敷は、今や大衆浴場の土地となっている。
広大で平坦な土地。
治水地からすぐに水が届く位置関係。
国民の働く場と とても近い事から気楽に立ち寄られるなどして長年愛されている。
その大衆浴場は繁盛している。
けれどアンベット公爵は毎月援助をしている。
それは思い出からと言うものではない。
アンベット公爵夫人だったはずの女性が営んでいるからだ。
彼女もまた、彼と一緒に娘の事を溺愛し、だからこそ血眼で探し回っていた。それこそ高級な洋服を泥に塗れさせてでも。身につけた装飾品を落としてでも。
けれど…見つからなかった。
そこで発想を変え、公爵夫人はアンベット公爵家の名誉のため名を捨て、一般人として多額の借金を背負った。
そして、彼女は大衆浴場の管理人兼番台としてそこに居座った。
情報提供というのは聞き込めばいいものじゃない。
それに情報というのは自然と伝わり広がるもので、もっと不特定多数から紡がれる。
区域を絞り、失踪位置に近い場所にいた人間に聞き込みまわるのも大事だが、仕事場を通してやってくる遠い場所の人間の情報もまた捜索の一助となった。
それに、ただ聞き込んだ情報は悪意や脚色も含まれることがある。
信憑性にかける話でも追いかけないといけないほどに情報が圧倒的になかった2人に、疲弊の2文字を押し付ける事となっていた。
だがこの大衆浴場が出来てからはそんな2人の勇足を少しばかりゆっくりとさせてくれた。
(そう言えば最近、手掛かりになりそうな話を聞いたな)
とアンベット公爵は思い出す。
【男湯七不思議】
民衆の中で熱を狂しているこの話は、事実だそうで、元アンベット公爵の妻だった女性も見たとはっきり断言した。
番台近くにある出口に差し掛かった瞬間消え去ってしまう光景を。
そして、もう一つ、大切な事を女性は彼に告げていた。
「いやぁ、はやぁ……えぇっと…アンベット公爵殿が主催されているこの会もはや45年と聞き及びました。とても長い歴史でございますね」
イディシア子爵の声に彼は意識を取り戻す。
「あぁ、もうそれはありがたいことに好評でして。お陰様でこんなに大きな一室を用意しないといけなくなりました。開催当初は応接間ほどの部屋の広さで十分だったのが懐かしいですよ」
昔は規模が小さかった。
やっぱり公爵と言えど若造の進言。
始めはどうも集まらなかった。
だからその頃はまだ今ほど絢爛を着飾られる環境じゃなかった。
だがそれは皮肉かな。
規模が大きくなった今は願ったものとはかけ離れている。
今面と向かいあう新進気鋭のイディシア子爵も、やはり必要以上の身なりを整えここにいる。
全部つい先日買いました、というのが見え見えなのである。
なによりマナーや立ち振る舞い、言葉の気色。
貴族社会に慣れていない様子。
無理矢理感が強い。
まぁそれは新米貴族なら仕方ない。
でも、それくらい見て取れてしまう情報なのだ。
誇示できる権威なんて元よりない。
それは見窄らしいまでの痩せ我慢にしか見えない。
イディシア子爵が作りたいのであろう高い地位にいる貴族との人脈。だが、高い地位の者なら尚の事、その虚飾は見抜かれてしまうだろう。
だから、イディシア子爵が纏う少量の金装飾をみてやっぱり彼は思う。
(そんな事をするくらいなら普通に話している方が好感を持てるというのに。……魔物の巣窟は、初めから魔物が生まれる様になっているんだろうな……)
昔はどちらかといえば金は安かった。
昔も今も金が美しいとされていて、けれどそこそここの地方で採掘できていた。
だが市場の出回りがちょうど50年ほど前から締め付けられ始め、今じゃ金はとても高価だ。
下手に塊に手を出せば街一つ無くなるくらい。
今は昔とは違う。
時代はもう、変わっている。
文化は時間と共に老いていく
「いやぁー……45年。祝い事にはもってこいの年数ですねぇ。いや50年の方がキリがいいと言われればそうなのですが…ね、やはり区切りのある時間には意味がある。特に催事はめでたさが際立つものです」
イディシア子爵はそう言った。
「はっはっは」
多分何か渡そうとしている。
多分無理して買った高いものなのだろう。
正直いらない。
だが、メンツもある。
いらないなんて言えない。
そして受け取れば何かと話をしたりしなくてはならない。
縁を強制させるのは自分がやりたかった事じゃない。
けど、そういう縁の作り方を求めていたのは自分の方じゃないのかと、今気づく。
いくらバレない様にしていても、本質は相手を利用する為の縁作り。その部分において、ここにいる権威の維持を求める人間達と変わらない。
だからそう。
アンベット公爵は思った。
(私も同じ穴のムジナだったか…)
元から明るい光なんてない。
薄暗く見えていた世界が、更に黒さを強くした。
もう彼の窪んだ目にはなにも届かなくなってしまった。
「あらー!!!! 超々超々豪華絢爛ですわ〜!!!」
そんな闇へと投じていた身体が底につき、爆ぜた時、そんな甲高い
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