第5話 会心の一撃ですわ〜!

歩みを止められた全員は瞬間、判断する。


歯を噛み合わせようとしていふ。

頬の肉に力が入っている。

体に入っている力も、力はしっかりとこもっていふ。


だが、それらの行き先はどこへも向かない進まない。

石膏にされたかと勘違いする程に動けない。


完全に拘束された。



彼らには一切の油断もなかった。



魔法の攻撃を打ち消す手段も持ち合わせていたし、広範囲魔法の避け方も知っていた。


そして彼らは皆、共通認識で"広範囲の魔法"を行使する際にはそこそこ長い詠唱が必要だと言う事を理解していた。


その詠唱をサクッと叩く術も用意していた。



それが、彼が今まで生き延びる為にしてきた事。

そして通用してきた事。



しかし、目の前の女性は少なくとも最大家5つ分程離れた人間含めて拘束してしまった。

この範囲は広範囲魔法の中でもかなり上位の範囲。


それをたった一瞬で発動してしまった。


誰かはそして、気づく。


(もしや、エンカウントってのが魔法なのか…!!)


聞いたことの無い魔法だった。

そして文字の羅列が魔法らしくなかった。

詠唱のある魔法はもうちょっと文節ごとに区切って詠唱される。


だがこれはひと単語。


警戒云々より、知り得ない情報だから対処のしようがなかった。それが拘束魔法となれば尚のこと。

彼らはただ動けず、目の前の光景を見つめるしかなかった。


でも、そう。


彼らは一人を除いて止められている。

逆を言えばそれは一人だけ動けていると言うことだ。


走り駆ける細身の男が1人。

ナイフの刃を尻に入れてある鉄板の上に沿わせ、光を反射させない様に隠して走る。


間合いに入る3歩前。


彼は気弱そうな見た目にそぐわない【勝鬨1番槍】の称号を持っていて、その名にふさわしいだけの実力を有している。


2歩前。


それはこの盗賊団の中で最速かつ1番強い膂力である。


一歩半。


女性との距離はひと呼吸の内に縮まり切り、そして【勝鬨1番槍】の男はその真横を一足、本気で踏み抜き。


アジュール盗賊団A の こうげき


【不可視斬り】


瞬く間に女性の隣を飛び越えた。


小さな光の煌めきが消え入りながら弧を描いき、また影に落ちていく。


ズサっと金の小麦を踏み躙る。

彼はすぐさまつけた足を軸に回転させ、女性に顔を見せながら後ろへ飛び退いていく。


攻撃は命中した。


しかし、その顔はとても不満げな顔だった。


「0のダメージ…ですわ!!!」


彼が得意とする攻撃はとてもミニマムな予備動作から繰り出す、予測と防御の難しい攻撃。

そして上位程度の防御魔法なら貫通してしまうほどの攻撃力を持っている。


単騎の戦いにおいて、今まではその異様なスペックに追いつけるものがおらず無敗とされていた。


故に【勝鬨1番槍】と呼ばれている。


その所以。

そんな名があるからと言って、彼もまた油断していなかった。本気の、確殺の、全力の一撃。

なのに、それが、初めて、通用…しなかった。


「先制防御魔法様々ですわ〜!」


吹き飛ばすはずだった首はみっちり女性の胴とくっついている。防御魔法と口にしているところから避けられてはいないらしいが、じゃあ尚更最悪だった。


(俺の攻撃が効かない防御魔法となると、最高位防御魔法とかか。…慢心していないとはいえ、実力不足だな…)


彼は一つ思考し、反省する。

それと同時に体が一気に硬直した。

それは仲間たちが今陥っている状態と同じ固まり方。


(卓越した魔法使い。実際そんな魔法使いと当たるのは初めてだが、こんなに恐ろしいものとは…)


強者とはなんなのか、彼は突きつけられる。


それは圧倒的な暴力を放つ膂力か。

誰も追いつけない速度で動き、攻撃することか。



全然違った。



彼が磨き続けた、周囲を振り切る強さ。

追いつけず、敵わず、を体現すればそれは自ずと強者の格へと成り上がると考え続けた。


それは実績としても積み上げられ続けた。

だが、今、痛感させられている。



相手の攻撃をものともしない。

そして何もさせてくれない。



この状況がいかに恐ろしいか。


罠に嵌められた、なんて話じゃきっとない。

なぜなら今まで盗賊団は国であってもみつけられていない。


この農場に来たのも、隠しアジトから半日しか使えない身隠しの玉を使用しながらだ。

だから事前に周知され、その上用意周到に段取りを組まれるなんてありえなかった。


敢えて考えるならば、それこそアジュール盗賊団の驕りだったと言えるかもしれない。

だが、その可能性を認識すると同時に、アジュール盗賊団の積み上げてきた誇りを否定する気にもなれなかった。


そして、だから彼は苦しんだ。


自身の実力不足に。


圧倒的強者と張り合えてこその強者の格。


(…鍛えておけばよかった…もっと、死ぬ気で…)


彼は掲げ挙げていた、みんなからもらった【勝鬨1番槍】の看板を下ろすことにした。


「ワタクシのゲンコツはかなり効きますわよ〜! 金色の大トカゲも一発で撃沈でしたものー。とはいえ手加減はしますわ! その代わりワタクシの経験値にはならないでくださいまし! 人を殺したくはありませんわ!」


なんて長い口上だ。


普通なら余裕綽々と語り始めた頭で命を刈り取れていると言うのに、やっぱりここにいる全員始めから終わりまでみんな聞かされている。



そして、それと同時に【勝鬨1番槍】の彼以外も心底恐怖していた。



最近噂の黄金色の魔物化した大トカゲを倒したと言う話。


それも一撃で。


対峙した事がない彼らであったが噂は知っている。

魔物が更に凶暴に、頑丈に、力も非常に強くなっているという話を聞いていた。


それに、彼らは素の魔物の強さは知っている。


長い盗賊生活の中で度々身を隠すために向かう森や洞窟。


そこには人間から身を隠すように…いや、人間の生活域に近づけないかのように生きる魔物たちが存在していた。そういうところで生きるとなると、自然と魔物との戦闘は避けられない。


だから戦って。

だから、知っている。

魔物は異常なのだと。


人間10人かき集めても1体仕留められるかわからない強さなのだと。


知っている。

彼らは知らされている。

彼らはとても思い知らされている。


そして、その遥か上を凌ぐ黄金色の魔物。


それを一撃で屠れるという言葉の異常さも。


「歯を食いしばってくださいましー!」


そして。


【勝鬨1番槍】だった彼は、1番槍で跳ね飛ばされた。


それは本当に軽そうに、ヒュンッと3階建ての家の屋根くらいを【勝鬨1番槍】の彼は舞う。

まるで風に飛ばされる布位フワーっと漂っている。


けれどそれは魔法でもなんでも無く、物理的な威力が高すぎてそうなっているのだと、小さな拳の大きさだけ貫通した鎧が言っていた。


殴られた【勝鬨1番槍】の彼の左腕は、鎧が守り切ってくれず、砕かれていた。


意識を失い、けれど一瞬で戻ってきて、無痛の体に首を傾げていると届いた一気に降り注ぐ激痛の五月雨。


高所恐怖症の彼がみる遠い地面の景色を見るよりも、今襲う痛みの嵐に彼は叫んだ。

拳の衝撃、その余波はそんな中飛来した。


手加減されたとはいえ威力のあまり肋は恐らく割れている。けど、肋のお陰で肺はまだ生きている。


心臓も動いていて息もしている。


だが、その怪我も痛みも【勝鬨1番槍】の彼の意識を99.8%刈り取るには十分だった。


それは、言うなれば【会心の一撃】であった。


空中から急落下する中で、こういう時の対処として風魔法を使おうと【勝鬨1番槍】の彼はしたのが、動けなかった。


そして。


防御もさせてくれなかった強烈無慈悲な攻撃を受けてもなんとか意識を紡いでいた【勝鬨1番槍】の意識は、ついぞ地面に打ち付けられると同時に、切れてしまった。


【追撃】だった。


彼は浅い呼吸をしている。

死んではいない。

が、戦闘不能だ。


彼は謎の拘束から解放された。

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