第4話 攻撃はターン制ですわ〜!

今、彼はありえないものを見ている。


彼、と言うのは筋骨隆々と言った体を持つ男。

彼は普段から地道な鍛錬を施し、栄養を摂り、肉を吐きそうになりながらもたくさん食べてその肉体を作り上げた。


そして髪も剃ってある。


持ち前の怖面と相性は良く、相手の前に武器を持って立てば大抵チビってくれる。彼はそのたびに自身の鍛錬の賜物だと満足し、下卑た笑みを浮かべる。


服装は何枚かの鎖帷子を繋ぎ合わせたものを中に着込み、外は薄手の鎧を纏っている。

ただ筋肉が大きすぎて鎧でも結構守りきれていないところが大きい。


それと言うのもその鎧が盗み物だから、だったりする。彼はそう。



盗賊だった。



アンデラント地方は平和を象徴する土地。

しかし象徴し、体現すれど人間がいる限り悪というのは存在してしまう。


そして、特に槍玉としてあげられる悪の塊がこの、地方を縦断する商人らを襲う盗賊集団だった。


よく彼らは商人を襲うから商人もルートを変えたりするのだが、上物の盗品で索敵されたり土地勘があったりして見つけ出されてはすぐに追いつかれてしまう。


国が殲滅隊を送るも盗賊は見つからない。


きっと身隠し系の道具や魔法を行使しているのだろう。そして、それ専用の索敵を無効化するものも持っている。


殲滅隊だって無限に維持できるわけじゃない。


結局、苦肉の策として商人には殲滅隊より幾許か劣る戦力と数の護衛がつく事になった。


そして、けれど、それはどちらかといえば軍隊と変わらない数。


流石に彼らも軍隊レベルの護衛相手は厳しくって、次は農地へやってきた。


正直商人を襲うよりも危ない行為だが、彼らはもう足を洗えないくらいに黒ずんでいる。

手を汚す事でしか生きながらえない彼らはその選択をとった。


金色の小麦畑が風に吹かれ、綺麗な並びで会釈の波を作っていく。太陽も燦々と降り注ぎ、とても綺麗な光景だ。香りもいい。実った小麦の芳醇な香りがする。


そんなところにやってきたドス黒い怒声というものは、安心していた農地に従事するもの達に悲鳴をあげさせた。


と、同時に従事者達はどこかへ転移した。


盗賊の親玉は地面に落ちている、光を失った、割られた転移石を見て鼻息を吐いた。


(…別に殺しをしなくて良いならそれに越したことはねぇ)


それは矜持でもなんでもない。

単なる疲れ仕事をしなくて済んだことへの安堵。


「さっさと小屋に詰め込んでる小麦俵担いで帰んぞ!!!!」


アジュール盗賊団。

男性のみで構成された総勢48人の略奪集団。


親玉の命令に息を合わせて彼らは「うっす!」と声を張り上げた。それらが重なり合うと とても重圧的で、物々しかった。けれどそれを耳にする人間はもういない。


ある意味こっちも安心して簒奪出来るというもの。


の、はずだった。


「あなた達この美しい景観に似つかわしくないですわ〜!」


それは、女性だった。


(なんだあの女……ドレスは高そうだが…裾が汚れてんぞ、逸品物なら丁寧に扱え。ああ言う女でぇっきれぇなんだ)


彼は昔この農地の近くの国で生まれ、普通に過ごしていた。そんな中にある記憶の一つに、女性と付き合っていた頃のものがある。


今とは身なりが打って変わっていて、彼は細身で、貧乏な服装。そんな彼と付き合っていたのは同じ身なりの女性だった。


いわゆる貧民街で暮らしていた物同士の交際だ。


幾らいい国や土地だとしてもアブレモノや金の使い方が悪くて貧困に陥る人間もいる。


そうして出来上がったスラムは小さな村社会であった。


スラムというのはまぁ治安がよろしくなく、なにより汚い。生活水準が劣っている環境の隣には優れた生活水準が存在している。


環境が違えば見えている世界が違う。

価値観もだんだんと変わっていく。

そうしてスラムと一般社会は相容れなくなっていった。


要は水と脂


孤立したスラムは、その中でも規律が作り始められた。そうして出来上がった村社会の中に、自然と階級というものが生まれ、皆そこに執着していく。


その階級が高いほど、いい生活を送れるようになるからだ。脱スラムなんて言葉も一時期流行った。


そうした階級維持の為には縁や協力が必要で、そのお互いの利害関係を形あるものとして残す方法として、子供達同士で結婚させるなんて事がよくあった。


だから彼の女性とのお付き合いに愛や意味など持ち合わせていなかった。


ただ、それでも父親に「女はいいものを貰えば大層喜ぶ」と吹き込まれ、彼は一度必死に働いて稼いだお金で指輪を送った。


喜ぶ顔は可愛いぞ、と、仏頂面の父親が珍しくいうものだから彼は多分ちょっと、期待していた。


翌日に指輪は無くされた。

その代わり、二、三日贅沢三昧していたようにも伺えた。



なんとも言えない感覚だった。



彼は多分、これからの妻となる人物に何か期待していたんだと思う。


それが一気に瓦解して、父親の言う事も全て嘘に見える様になった。

元々この圧倒的な締め付けの強いスラム社会が嫌だった彼。


彼を繋ぎ止める希望のようなものは、そこにはもうないと断言できた。


そうして気づけば彼はナイフ一本と麻の袋を担ぎ街を抜け出した。


彼の中での女性像は酷く醜いものだった。

そしてやっぱりと確信させられる。


女は醜い。


物ですら大切に扱えない。

生きているだけで目に触る。


「あの女を殺せ。遊ぶな。殺せ」

「うっす。……お前らぁ! カシラの命令だ!! ただ普通に殺せぇえ!!」


瞬間、その小麦が稲光る空間に、見えないのだけれども重たい殺気が渦巻いた。


男達は広大な小麦畑のど真ん中に立ち尽くす女性の元へ歩みを進めていく。

ドンドン近づいていく。


その足取りに油断はない。

本気で殺すための足取り、重心どり。


それは商人を襲い続け、抵抗され続けた彼らだからこそできる人を狩る心構え。


各々が持つ武器は短剣ばかり。

大物は今、この陣形の中では邪魔になるからカシラと呼ばれた男の近くに固めて置かれている。


カシラはそれをどうにかされない様に守っている。


そうして女性を囲い込み、誰か1人が一歩奥へと踏み入った時女性は叫んだ。


「盗賊とエンカウントですわ〜!」

「え、えんかうんと…?」


思わず言葉を返す1人の盗賊に更に返される言葉は。


「ワタクシもよくは知らないですわ〜!」


そんな曖昧な返答だけだった。


もういいや、そんな感じで腰を据え走り出す。

その一挙手に続いてまた1人、また1人とズレる様に動き始めた。



ーー須臾の間しゅゆのま



それは。


「あら、攻撃はターン制ですわよ」


ここら一帯にいる1人を除いた人間の脚を止めた。

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