第3話 この沼地くっさいですわ〜!
アンデラント地方。
そこは古来より平和を象徴する土地として、一国により統治されていた。
とても日当たりが良く、資源も多い。
土地の栄養もすこぶるよくて大きな河川も近い。
国が立つ城下町からそこそこ外れれば山がこの地方を囲む様に立ち並んでいて、そこからもまた川が流れている。
加えて地形が微妙に上り坂で、川が氾濫してもそのてっぺんに根を張る城下町には届かない。
届くとしたら川の近くにある農地くらいだ。
だがそれすらも被害がでない様に、どんな魔法や物理が襲いにきても壊れないと名高い無敵防御魔法を発動する装置が設置されている。
急な悪天候で川が氾濫し、農場に腰を据える国民が逃げられない状態であっても守ってくれる。
それも週一点検、魔力もこまめに補充されている防御魔法。彼、彼女らにとってそうしたメンテナンス報告は心強いものだった。
恵まれた土地。
肥沃な土地。
山を越えて資源を探しにいかないといけないということもなく、なんなら使ったそばから木々の苗だとかを植えて安定的な供給の循環を生み出している。
資源の枯渇はとても緩やかで、時間が経てば回復している。
また、大いなる山々とそこにかけられた侵入不可の魔法により敵国の簒奪を許さなかった。
ただ、人間が侵入が不可なだけで動物や物は通ってくる。
それを利用されて水に悪さをされる事もある。
が、その悪い部分だけ抜き取るフィルターの様な魔法が水源地や水の流れる途中途中に設置されている。
この土地では飢餓も戦争もなく、みんな幸せに暮らしていける。そういう最高の土地で、だからこそ余力が生まれる度に更なる最高を目指して施策を講じている。
とてもいい所。
そんな一面しかない土地。
そんな土地はあり得ない。
少なくとも今良くないところを挙げるとすれば、悪さをされた水や成分を溜める場所がここにはある。
そこはいつしか土地を蝕む様になっていた。
現在もまだ対処方法が見つかっておらず、取り敢えず城壁に施してある様な劣化を遅らせる魔法を山全体にかけ、土壌汚染の進行を止めている。
が、問題を先送りにしているだけ。
そしてその問題は最近悪い噂と共に目立ち始めていた。
それが。
「匂いが凄いな…」
昼なのに暗闇が立ち込める場所。
とても暗がりで、悪臭が凄い。糞尿というより、とても腐った油の様な臭い。そこに新鮮な血生臭さとベリー系の果物の腐った臭いをソテーした感じ。
鼻がひん曲がり吐きそうだと、茶色い長靴で地面を踏み締める男性は言った。
「だね…。鼻栓買っておけばよかった…」
相槌を打つ女性は軽く空を見上げる。
木が、とても高い。
枝葉が遠いのはこの地方では珍しい。
本来はこの地方に生えている木は背が低い。
そして柔らかい。
実際昔もここはそうだったらしい。
けれど、汚れ物を集積する地帯として認定してからと言うもの木は硬くなり、高くなり、そして葉はギザギザなものへと成り代わっていったと言う。
一体全体なんて事をしてくれたんだと隣の国に向けて国民は怒りを向けている。しかし国は抗議文章を特別出すわけでもなく、そして
「何度も言うが間違っても土とか植物に触った手で口に触れるなよ」
大きな縦型の盾を背負う男は注意深げに辺りを見渡しつつ、2人にそう注意を促した。
「わかってるって」
「そもそも触れたくないから大丈夫」
「…そうじゃなくてだなぁ、戦闘中とか不意な瞬間の話でなぁ? 怪我したらすぐ撤退って話といっしょ……」
「「………」」
ジャカジャカとした防具やバッグの中身の揺れる音がシィンと鎮まる。同時にヌチャヌチャとした腐葉土の上を歩く足音も止まり、重たい悪臭の中3人はじっとしていた。
そう。
今、何か見えたのだ。
黄金色の、薄い煌めきが。
彼らは話に聞いていた。
ここで出現する魔物の特徴を。
悪い噂を。
それは、普通の魔物と違い外郭が金そのものだそうだ。
例えば、全身金色の鱗を纏った巨大なトカゲ。
例えば金色の体皮をもつ猛毒のカエル。
例えば金色の膜を持った硬いミミズ。
現れる魔物は数こそ多くないが、みな一様に金色なのだと言う。
そして、その特徴らしきものを身に纏ったものを彼らは今見かけた。
今の所ここにいる魔物達がどう言う悪事を街にもたらすかわからない。
もしかしたら、この山から魔物が出てくるだけで土壌汚染を広げてしまうのかもしれない。
全てが未知だからこそ、先にできうる事をする必要があった。
そこで駆り出されたのが熟練の狩人である3人。
彼らによる斥候、あわよくば威力偵察。
個体数がわかれば割ける人員や整えるべき道具もきっちり計画的に決められる。
そのために買われた彼らの実力。
ここに生息する魔物達に敵うのだろうか。
それは彼らもわからない。
でも、それも含めての斥候部隊だ。
彼らは分厚い生地の服やかなり強い防御魔法をかけている。並の攻撃は効かないに等しい。
だが慎重に、草木に触れない様に、時には木を使って三角跳びをし、トゲトゲの草むらを避けるなどする。
そうして木々の奥々に勇みいると、そこには。
「くっせぇですわ〜! うわっ……鱗もくっせーですわ〜!」
開けた沼地。
木々がそれを囲む様に立っているのは、ここが元々の投棄場所だったからだ。深く広く掘られた穴だったのに、今や満帆だと水分を多分に含んだそれが揺蕩って訴えている。
とても臭い。
しかしそんな事、今気にする事じゃない。
「な、なんでここに人が…」
一般人は愚か一般の狩人も立ち入りを禁止されている区域。人が入るには検問を突破しなくちゃいけない。なら検問を終えた人物かといえば、検問のおっちゃんからそんな話を一切聞いていなかった。
なにより、身につけているものがここにくる人間のものじゃない。
彼らはそれぞれの武器を身構え、女性に目を向ける。
沼地に沈みかけている金色の大トカゲの鱗を両手で抱え持つ、ドレスを着ている女性。
圧倒的に異質。
「何者だ!!」
そう大きな声で呼びかける。
彼らと女性との距離は、そう。
一般的な一軒家4つ分の距離。
そこそこ声を張らないと聞こえなさそうだった。
そして帰ってきた声も。
「ワタクシが気になりますのー!!!」
とても大きかった。
「あぁ!! お前はなんなんだ! どこから来た!!」
「ワタクシはーー」
途端。
何か答えようとしていた女性は忽然と消えてしまった。
彼らはその光景を目の前で見ていた。
沈み切った金色の大トカゲの影。
剥がされていた鱗もボチャンっと沼の水面を揺蕩わせて、底へ目掛けて泳いでいく。
「お、おい夢…か……?」
思いがけず茶色い長靴を履いている男性は目を掻こうとする。それを盾を持っていた男は弾き飛ばし、怒声を上げた。
「だっからお前なぁ!! 触んなっつってんだろ! 死にてぇのか! てかかれこれ似た押し問答8年やってんだ! 頼むからそろそろ学んでくれ!」
もう疲れ果てた顔をする盾を構えていた男性に怒られる茶色い長靴を履いた男性は言った。
「…俺はそういうアレクの反応を見たくてやってんだ、実は」
「なぁシルビア、こいつ沼に落としていいと思う? てか黙っててくれる?」
「いいわよ」
「えっ」
「じゃあシルビア、黙ってるついでにロープ貸してくれ。俺の盾を重しにする。戦いの中でソーンは死んだ。俺は盾を失い魔法使いのシルビアと逃げるしかなかった。そう言う筋書きで」
「りょ」
「いやあのちょ、え、ちょ? ぇ、がち? あの、お二人とも!!! いや、あの! ちょ! ちょおぉおあぁああああ!!!!!」
この時ばかりはあの女性の声よりも腹から声が出ているのかもしれない。
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