第2話 雄牛のフルコースですわ〜!

城壁。

とても高い城壁。


ほんとに、結構首をくの字に傾けないと目に収まらないほどの高い壁。


石をたぁくさん積み重ねて作られた城壁の色は幾十年とその内にあるものを守り続けたこともあり、かなり汚れている。


所には苔が。

所には蜘蛛の巣が。

所には土汚れが。


この城壁には緻密な大魔法が組み込まれている。

だから汚れは残れど経年劣化の進みはかなり遅い。そしてとてつもなく硬い。


どれだけ硬いかと言えば、そう…。


「なぁペッグ、あれ見えるか?」


ふくよかな男性は中に着込んでいる鎖帷子ジャラッと揺らしながらある一点を右手で指差した。


左手には双眼鏡。


とてもコンパクトだが性能がいい高級品。

城壁監察官全員に支給される代物だ。


この双眼鏡もかなり汚れている。と、言っても取れない汚れが残っていると言う程度。寧ろ彼が使い込んでいる年月に比べると綺麗すぎるまであった。


そんな彼はある男の子にそれを手渡した。


城壁の柵。

それを跨いだ先。

空に浮いている子にだ。


「んー…」


男の子は手に持っていたブラシと雑巾を空に浮かせ、渡された双眼鏡を両手で持つ。


彼は壁の清掃人。

ベルトにワックスや殺虫剤など、壁を綺麗にする用具をたくさん取り付けていて、掃除の際の目つきなどを見れば職人そのもの。よく頭に白いタオルを巻いているからベテランだと勘違いされることが多い。


しかし彼はまだまだ見習い。

この仕事を始めて1年程度だった。


でもその1年間の仕事ぶりは職人的で、生真面目で、そうしたところをふくよかな男性に気に入られていた。


ペッグは向き合っていた壁から顔を移し、青色の髪の毛を風に靡かせながら振り向いた。


ふくよかな男性が指すところには"ファッグモア"という大きな雄牛が群れになってここら一体を走り回る現象が発生していた。


でもそれはよくあることで、そしてあの群れがこっちを向いたところで脅威でもない。


なんでもない、ただの光景。


「あれが、どうしたんですか」


一度双眼鏡から目を外し、そう隣の男に声をかける。


男はそんな返答に唸っていた。

求めていた言葉と違ったからだ。


「いや、なにか見えないか?」

「えー…なにかって言われても雄牛くらいですって」

「いやいや、明らかおかしいのが見えるだろ」

「えー…?」


そう言われてペッグは双眼鏡を覗きながらもう一度振り向いた。その瞬間、何かキラリと反射した様な気がした。


いや。気がしたじゃない。


双眼鏡の拡大機能を使い、ファッグモアの先頭。一番大きな雄牛に焦点を当てるとペッグはつぶやいた。


「え、新手の闘牛士ですか」

「おぉ、やっぱり見えるか」

「はい…あれは……。…えー、女性…ですね…」

「服はすっっげぇ高そうなドレス着てるだろ」

「ですです。豪華絢爛というか、金の装飾がふんだんで…今じゃお目にかかれないようなレベルですね…。髪もストレートの黄金色で、すっごい眩しいです」

「でもドレスの裾汚れてるだろ」

「汚れてますね…。普通あんないいドレス着てたら汚したくないでしょうに…」

「だよなぁ…」


そう2人、訝しみ、交互に双眼鏡を渡し合いながら感想を呟く。


「「まぁでも、ファッグモアに乗り込んでるしなぁ」」


元からよくわからない人間。

考えるだけ謎が深まるばかりだ。


結局森へと消えていくファッグモアの足跡を最後に、2人は何事もなく仕事を始めた。


「雄牛のフルコースですわ〜!! 東へ参ろうぞ…ですわ〜!!」


2人の耳にそんな声が届いた様な、届かなかった様な。

どちらにしても2人は真面目に仕事をしている。


今日も今日とても街は平和だ。

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