勇者エリーナ・アンベット公爵令嬢【エリーナ は 男湯 から 現れた…!】

鍵ネコ

第1話 男性のフルコースですわ〜!

「まさに男性のフルコースですわ〜!!」


とっても高らかに。

そうして空へと打ち上がった女性の一声。

それは雲に穴が空いてしまう程の大音量であり、周囲の人間をたちまち釘付けにした。


とても、悪い意味で。


「あらごめん遊ばせ」


浴びる視線に流石に目立ちすぎたかと、薄い白の手袋をはめた手で口元を覆い隠す。


細い指、細い腕、白い肌。

服は汚れひとつなく煌びやかで、太陽の光が豪華な金の装飾をテラテラと瞬かせる。


けれど、それはこの場に似つかわしくないもので。

とても場違いなもので。

そもそも女性がいることが間違っている、そんな場面なわけで。


ざわめく周囲。口々に揃えて話すのは「急に現れた」だ。


とても小声。

このざわめきの中に埋もれてしまいそうな小声。


けれど同じ言葉が混ざり合えば一つの声位には聞こえてきてしまう。


その中にひとつ。


「男湯に服着て入ってきたぞっ痴女かっ」


彼女はその声を聞いて堂々と言った。


「ならばマッパになるのですわ〜!」

「いやそれだけはやめてくれ!!」


みんなが重ね奏でる心の声を代弁して、髪の毛の薄いおじさんが浴槽の中からジャブンッと飛び上がると声を荒げた。


何人かは眉を顰めたが大体の人間は頷く様に黙っていた。


「と言うかはよ出ていけ!! なんで男湯に女がおる!」

「………」


その一声に、女性はポツンと立ったまま口を開かなかった。


静寂に含まれている水の音。

ジャバジャバジャバ。

その音を聞きたいがためではないのだが、しばらく黙り、誰もその場を動かなかった。


そうして少しして、ピチャっと、濡れた床を小さな足で叩き、両肩幅程に脚を広げると。


「確かにその通りですわ〜!!!」


言った。


「いや出てけよ」

「ごめん遊ばせ〜」


流石に2度目の催促は効いたのか、身を翻して出口へと大股で向かっていく。ドレスの先っちょは水で濡れてしまっているが気にしていない様子。


姿はどちらかと言えば勇ましかった。


「なんなんだあの女は…」


46年愛され続ける露天式の大衆浴場。


そんな歴史あるお風呂屋でも、男湯から女湯を覗くと言う話ならまだしも、ドンっと男湯の中に急に現れてフルコースと女が叫び出すなんて事は初めてだった。


そしてそれを見た人間は多かった。


ちょうど夕方刻、大衆浴場の利用客はピークに差し掛かる。大きく広い更衣室にも風呂から上がった人がいる。


目撃者の数は100人程度。


しかし100人もいれば、それを知っている人が次の日には10倍に増えていると言うものだ。

特にこんな稀有どころか訳のわからない話。

酒の席で大ウケこそしないだろうが何故か頭に残ってしまう。


風呂を利用していた一部の客は不審者の通達などをしており、そうした話がまとめてきたものだから憲兵や大衆浴場の番台を務める女性の管理人も流石に嘘とは言い切れない。


従業員も目撃している事から「なんて事ないしょうもない作り話」と一蹴できなかった。


だから、誰かにその話の真偽を聞かれたら「本当だ」というしかなく、じゃあ本当だと言う答えが返ってきたならば、その噂はたちまち歴とした事実へと移り変わっていく。


そうして広まった噂は【男湯七不思議】として広まり、いつか拝めるのではないかと下心や興味本位を引っ提げてやってくる人が多くなった。


「いやぁ繁盛してんなぁ、開店当時みたいだよ」


衰えた筋肉を体に彫った老人は目の前に広がる光景を見て、近くにいたこの風呂場の清掃員に声をかけた。


ここは愛され使い続けられてきたお風呂屋。

だから普通の店的な感覚で言えば元より繁盛していたのだが、この一世一代の祭りのような騒がしさに老人は驚かずにいられなかったようだ。


「ほんとありがたいことにね…もうそのお陰でずっと使ってた浄化石ぶっ壊れそうです」

「いやそれ毎回言ってねぇかぁ? 買い替えろよさっさと」

「儲かってもケチなので、うちの管理人」

「ダハハ! あのばぁさんかわんねぇな……」


老人は快活に笑う。

その目はどこか懐かしいものを思い浮かべるような目。けれど別に意識が飛んでいるわけじゃない。


「てかその石光ってねぇか?」


目の前で起こった異変に気づき老人が問いかける。


「わっ。ほんとだ…これは……もしかして七不思議の予兆……!」

「もしかしたら…!」

「管理人に言って来ます!!」


それからさらなる利益のために祭り上げられる光る石。男湯七不思議が発生してから光り始めたと謳われるそれは、入り口にある番台の神棚に大事そうに置かれている。


だが、あれからその女性は目撃されていない。


全くもって、謎が深まるばかりだ。

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