愛を美味しくいただくのはカメレオン

桔梗 浬

カメレオン

 「カメレオン」。

 今巷で噂の「アカサギ」の名前である。


 なぜ「カメレオン」と言われているのか? というと、カメレオンは爬虫類のカメレオン同様に、相手に合わせ、相手の好みにあわせた人物を完璧に演じているからなのだ。

 被害者たちも、婚約者が同一人物の相手なのか、全く分からないという。


 唯一の共通点は、カメレオンの左の胸にワニの様な痣があることだった。


「また…『カメレオン』ですか」

「あぁ、今回の被害者はハッキリと痣の形も覚えてるらしい。他の被害者に確認すれば同一人物かわかるだろう」


 私は痣のイラスト、犯人の似顔絵を見比べてため息をついた。


「今度の犯人のイラスト…、何だか夜の女性みたいな…きらびやかな印象ですね。色で例えるなら…ゴールド?」

「あぁ、そうだな」


 相棒の道枝が似顔絵を手に取りながら呟いた。


「こんな女がいたら、お目にかかりたいな」

「道枝さんもこんなタイプが良いんですか?」

「佐久間には分からんだろうな」


 わかりたくないですね、と私は言いながら資料を眺める。被害者のタイプに同一性がない。出会い方も人それぞれで、お見合い、介護施設、出会い系アプリ、キャバクラ、社内…、他にも被害届が出ていないだけで、色々な被害者がいることだろう。


 過去の被害者から集めた犯人像も、バラバラ。男ってどうしてこんな女に引っ掛かるのだろう…。


「はぁ…」

「どうした佐久間?」

「道枝さん、いえ…カメレオンってある意味彼らに夢を売っていたのかもしれないなぁ~って思えて」

「はぁ?」


「だって…荻窪さんには情熱の赤い下着で、言うのも恥ずかしい夜を。目黒さんには、純白で清楚な純真無垢で可憐な聖女。井の頭さんには、黒い編みタイツで女王さま。本当に…なんと言うか…」

「羨ましいのか?」


 道枝がニヤニヤしている。


「違いますよ! 男どもはカメレオンの人生、彼女の趣味、彼女の顔をほとんどと言って良いほど覚えていないんですよ。それなのに、下着の色や痣のこと、ベッドの中のことになると流暢に話し出す。ひどい話じゃないですか? 結婚をしようと考えた相手のことなのに…」

「ま、そうだよな」


 私はタブレットに資料が全て入っていることを確認する。


「佐久間準備は良いか? 『カメレオン』にこれ以上好き勝手はさせるな。俺たちで捕まえるぞ」

「はいっ!」


 私たちは、被害者へ話を聞くために席をたった。


※ ※ ※


「新しい話は聞けなかったな。写真はなし、指紋も残るものがないとは…」

「そうですね。指紋も細工が出きるって、科捜研の土井さんが教えてくれました」


 あれ? 道枝さんが不思議な顔をしてる。私、何かしくじったかしら?


「何か?」

「いや、お前…意外と顔が広いんだな。土井さんって言ったら、レジェンドじゃないか」


 甘いもの好き同好会でご一緒なんですよ、と言って私はごまかす。彼が甘いものに目がないのは本当だ。調べられても問題はないと思う。


 久しぶりに土井に連絡を取って、ケーキを差し入れしよう。そして彼が気に入っているピンクのフリルの下着を身につけて、例のホテルで彼を優しく癒してあげよう。


『は~い、土井ちゃん♪ お食事しましょぉ~。はーい、あぁぁぁぁ~ん』


 土井のトロンとした目を思い出し、私は笑みがこぼれる。


「気持ち悪いぞ、お前」

「あ、ごめんなさい」


 男どもは、私のバックボーンなんて気にしない。己の欲望、夢を叶えてくれるなら、それが聖女でも悪女でもいいのだ。どの男もそうだった。


 土井には金銭をおねだりしなくてよかった。優しくしてあげよう。



 私たちは青空の下、汗をかきながら次の被害者の元へと移動する。


 どいつもこいつも、私の顔は覚えていない。このスリルも快感かも。ふふ、次の獲物は何色の夜がお好みかしら?



END

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愛を美味しくいただくのはカメレオン 桔梗 浬 @hareruya0126

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