03.オルターの気遣い

「ん、んん……」


 朝の光が差し込んでいて、私は目を開けた。

 隣のオルター様は私の手を握ったまま、私を見て微笑んでいて。


「おはよう、ミレイ」


 ち、ち、ち、近いですっ!


「お、おはようございますっ」


 うう、声が裏返っちゃった……

 でもオルター様はそんなこと、気にもしない様子で最高の笑みを浮かべてくれる。


「ありがとう、ミレイ。君のおかげでいい夢が見られた」

「それはよかったです」

「最初、魔女の森で迷った俺は蛇に噛まれたんだが、斬ろうとすると大蛇へと変貌して、それから……」


 オルター様は、夢の内容を詳細に話し始めた。全部知ってるんだけど、私はうんうんと頷いて聞いてあげる。

 夢の中は自分の欲望が出ちゃうから、知られてると思わない方がいいものね。


「それでなんと、バクが猫になったんだ。こんな小さなふわふわの猫で……ミレイにも見せてやりたかった」

「ふふ。喜んでくれるだけで十分です」

「本当にありがとう、ミレイ。これからもよろしく頼む」

「はい」


 そうして私は、毎日オルター様の夢に入り続けた。

 美味しいものを食べたり、空を飛んだり、一緒に猫になってじゃれあったり。

 バクの私を優しく撫でて、ぎゅうっと抱きしめたりもしてくれる。


 だけど、それはもちろん夢の中でだけだ。

 現実の私たちは、寝る時に手を繋ぐ以上の行為はなにもない。

 それも当然、私たちは利害が一致しているだけの白い結婚なのだから。


 夢の中でオルター様がバクを大切にしてくれるたび、泣きそうになる。

 もちろん、現実でも私を大切に扱ってくれているけれど。必要だから優しくしてくれているだけに過ぎないもの。

 私はどんどんオルター様を好きになっていく。だけど返ってくるのは、愛情ではなく感謝の気持ちだけ。

 それが悲しくて、つらい。



「ミレイ……最近君は、悲しそうな顔をすることが増えたな」


 いつものようにベッドに入ろうとした時、オルター様が凛々しい眉を下げながらそう言った。


「そんなこと……ありませんよ?」

「まだ若いミレイにこんなことを押し付けてしまって、本当に申し訳ないと思っている」


 一緒に暮らし始めて一年。私は十七歳になった。

 先日祝ってくれた誕生日は本当に嬉しくて。

 でも私の機嫌を損ねないよう、義務でしてくれたんだと思うと悲しくて。


 オルター様は紳士で、決して私に手を出そうとはしない。

 子どもとしか思われていないんだろうと思う。私に、魅力がないから。


「ミレイ……すまない」


 オルター様に謝らせてしまった。私のバカ。気を使わせてしまうだなんて。

 ちゃんと笑わなくちゃって思うのに、歪んだ変な笑みしか見せられない。


「利害の一致している結婚なんですから、謝る必要なんてありません。さぁ、寝ましょう?」


 私が手を差し出すと、いつものように握ってくれる。

 ベッドの中で、ただ手を繋ぐだけ。最初はそれだけですごく胸が鳴ったというのに、今は寂しさで悲鳴を上げているよう。


「……おやすみ、ミレイ。君も良い夢を」

「はい、ありがとうございます」


 同じ夢を、見ているんですけどね。とても幸せな夢を、毎日。

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