第二章 邸宅編
第9話 いざ監視社会。
まだ時間は正午ごろ。
もう殆ど残っていない街路樹の下に、翼の折れたカラスの死骸が転がっています。
「うわぁ......えらい立派な門やなぁ......。」
わたし達を追ってきた艮会から逃げ、車で北の地域に向かったわたし達を待ち構えていたのは、道路を隔てるような分厚い壁と、改札にも似た幾何学的な門でした。
外壁は何色とも形容しにくいような金属でできており、何とも冷たい感じがします。
この先にある地区も、きっとそうなのでしょう。
あれ以降は追っ手は来ていません。
おそらく艮会の方々は、あの刺青女が確実にわたし達を仕留めてくれたと思い込んでいるのでしょう。
刺青女の死体が見つかった場合、再び追っ手がやって来るでしょうが、北の地区に来たのはそれから逃げるための選択です。
これから向かう地区は、アルメリナル・コーポレーションという会社が統治しています。
アルメリナル社はミセリナシア産業で最も多くの利益を得た会社の一つです。
地区の土地は全てアルメリナル社の所有物であり、地区内には大量の無人ロボットが闊歩しています。
地区内はかなり厳格なルールがあり、それを破ると無人ロボットにより即刻「処分」されるそうです。
で、そんな地区の最大の特色が、地区を囲む壁。
外から壁の中は見えず、無理やり越えようとすれば電撃が走り、普通に死にます。
壁を通過するには通行許可証か、アルメリナル社の人物や、特権階級からの許可が必要です。
「で、この壁どないして突破するんや?」
車に積んであった予備の着替えを着たお姉ちゃんがそう聞きます。
「この地区の中に知り合いが居るから、その人に開けて貰えないかなと思ってたんだけど......。電波繋がるかな......。」
車から降りて、壁に近付きます。
携帯電話は......よし、繋がりそうですね。
北の地区は、午前十時から午後六時の間までなら、自由に電波が使えます。
しかし、使用した電子機器の情報や、何をしていたかなど、個人情報まで全てがアルメリナルに抜き取られます。
「もしもし、先輩?ちょっと色々あって......」
受話器越しにここまでの経緯を説明します。
「大変だったね〜。分かった、今すぐ行く。」
そう言って電話を切られました。
こんな急なお願いにも対応して貰えるあたり、先輩は本当にいい人です。
地域の部外者を簡単に中に入れてやれるという事は、前から思っていた通り、やはり先輩はかなりのお金持ちなのでしょうか。
十数分後、突然大きな音を立てて門が開き始め、小綺麗な自動車が出てきました。
「遅くなってごめん!これ通行証!」
車の窓から顔を出したのは先輩。
窓から手を出し、通行証を三枚渡してきました。
「えっ。これってそんな簡単に手に入る物なんですか......。」
「まあ、ちょっと頑張れば。」
多分先輩が凄いだけなのでしょう。
「で、君達、住む場所とかは......どうするの?勤め先とかも必要だろうし......。」
「えっと......住むところが見つかるまでは、先輩のお家に泊めて頂けたりはしませんか......?」
うーん、と呻きながら、少し考える先輩。
「やっぱり、3人も居ると厳しいですかね......?」
「いや、3人なら全然許容できるんだけど......まあいいや、おいで。可愛い後輩ちゃんに隠し事も良くないもんね。よし。」
その言葉の最後の方は、少し自分に言い聞かせているようにも感じました。
先輩の車に続き、怖いくらい綺麗に整備された道路を進みます。
沢山の街灯の上には、監視カメラがびっしり付いています。
「あ、見て!あれ!人が殴られてる!」
信号待ちで車を止めた時、ゼロイチちゃんが窓の外を指さします。
喧嘩でしょうか。高そうなスーツを着た男性が、高そうなコートを羽織った男性の胸ぐらを掴み、何度も顔を殴っています。
コートの男は手術で腕に金属でも貼り付けているのか、腕でパンチを防いでいます。
スーツの男はこの世の終わりみたいな顔をしてその腕を振り払おうとしています。
「まあ良くある事やな......。」
諦めたようにお願いが言います。
「待って、あれ!」
ゼロイチちゃんが今度は街灯の上を指さします。
監視カメラの付いた街灯の先端が変形し......砲台のような形状になりました。
次の瞬間にはその先端から輝く光が放たれ、その先に居た高そうなスーツの男性は消し炭になってしまいました。
コートを羽織った男性は大慌てで逃げ出します。
「なんや......今の。」
「この地区では、規則を破るとああなるらしいよ。気を付けようね。」
ゼロイチちゃんが怯えるように姿勢を正しました。
別にそこまで怯える必要は無いと思いますが......。ですが、もし規則を破って攻撃されたら、ゼロイチちゃんでも無事では済まないでしょう。
そこから少し進んだところで、先輩の車が止まり、先輩が降りてきました。
「そこの駐車場止めて。うちの駐車場もう空きないからさ、ごめん。」
言われる通りに近くの駐車場にキャンピングカーを止めます。
「じゃ、ここからはあたしの車で行こ。」
先輩の車に武器や最低限の必要な物を積ませて貰い、再び出発します。
「ところで......この人は?聞くタイミング逃してたけど......。」
運転しながら後部座席を指さし、先輩が聞きます。
振り返ると、お姉ちゃんがゼロイチちゃんにお菓子を与えていました。
「これはわたしのお姉ちゃんです。生き別れてたんですけど、最近たまたま会いまして......。」
事情を説明すると長くなるので、たまたまということにしておきましょう。
「あと、ゼロイチちゃん、お菓子食べ過ぎないでよ!お姉ちゃんもあんまり食べさせないで。」
お咎めも忘れません。少ししょんぼりする2人。
その光景を見て、先輩が少し笑ったように見えました。
「うわぁ......すごい豪邸......。こんな家も実在するんやなぁ。」
お姉ちゃんが前方を指さして言います。
確かに大きな家です。最近はほとんど見かけないような......。
ですがわたしがそれを見た時感じたのは、羨望でも、期待でもなく、異様な窮屈さと恐怖でした。
その家はこの地区に似合わない、古ぼけたような外観をしており、わたしの憧れるような、旧時代の平穏な生活を送るならば最適なような場所でした。
しかし、なにかあの場所には、途方もない異様さを感じるのです。
「あー......それね、あたしの家。」
「えぇぇっ?!?!」
お姉ちゃんが驚きます。ゼロイチちゃんは土地の値段という概念をよく分かっていないようで、キョトンとしています。
お金持ちだとは思っていましたが、やはり家も大きいのですね......。
「別に羨ましがるような事でもないよ。」
その一言に、何故か底知れない寂しさを感じてしまったのは、わたしだけでしょうか。
そのまま車は進み、豪邸の門の前にたどり着きました。
からくり少女と腐り果てた世界を行く。 水稲 @suito_
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