第8話 今までの生活が覆るのは一瞬の事でした。

朝。始発列車の轟音が鳴り響きます。


「「いいぃぃぃぃぃっっっっ!!!」」


驚いて飛び起きるわたしとお姉ちゃん。互いの頭がぶつかり、惨めな叫び声をあげます。


「おはよう......大丈夫?音叉みたいになってたけど......。」


そう声をかけるのは先に起きていたゼロイチちゃん。

なるほど、互いにぶつかって苦しむ様子を音叉と例えますか。絶妙に共感しづらい例えと言いますか......そもそも音叉はぶつけなくても鳴るというのが特徴の物では無かったでしょうか。

ゼロイチちゃんは知的に見えて覚えた言葉をただ使いたがっているだけなのです。




さて、わたし達3人での生活にも慣れてきました。

お姉ちゃんと合流してから1週間。

お姉ちゃんはこの前のガンショップでアルバイトを始めました。わたしが料理、ゼロイチちゃんが掃除、お姉ちゃんがその他家事とおおまかに分類して生活しています。

ちなみにお姉ちゃん演劇サークルに連れて行くのは失敗しました。


「今日の朝ごはん何にする?」


「天丼......。」


あの強さで頭をぶつけたのにすでに二度寝を始めているお姉ちゃん。働いてばかりで眠らない方々は、彼女の睡眠欲の強さを見習うべきかもしれません。


「そんなこってりした物朝からだめ。」


そんないつも通りの会話。

これがいつまでも続くことを願っていたのですが......。


ピンポーン。


突然のチャイム。


「......火薬の匂い!」


ゼロイチちゃんが叫びます。

次の瞬間には、、台所に居たはずのわたしはゼロイチちゃんに身体を捕まれ、すごい速度で玄関と反対側の窓へと突っ込んでいました。


「な、何事やぁ?!」


ゼロイチちゃんは右腕にわたし、左腕にお姉ちゃんを抱え、そのまま窓に突進。


パリーン


窓をゼロイチちゃんが頭で突き破り、そのまま外に飛び出します。


「いぃっっ!!」


ガラス片が飛び散ります。


外に転がり出るわたし達。軽く頭を打ってしまいました......。


「ほんまに、何ぃ......」


そう言うお姉ちゃんの頬にはそのままガラス片が突き刺さっていました。

わたしとゼロイチちゃんには怪我は無さそうですが.....。


「ゼロイチちゃん、何があっ」


爆発。一秒前にはわたし達のいたアパートの方です。

轟音が鳴り響きます。

耳が痛い。


「玄関の方からすごい火薬の匂いがしたの......多分、ドアを開けてたら死んでたよ。」


その瞬間にわたしの脳裏を過ぎったのは、艮会の事。ついにバレて報復に来たか。


「とりあえず逃げよう......!駐車場に向かおう!」


この前買ったキャンピングカーは、家から徒歩5分程にある月極駐車場にあります。


「まって、なんや、聞こえひん。」


爆発で鼓膜が破れたのでしょう。

艮会から逃げるためにも、お姉ちゃんを安全なところへ連れ出すためにも、駐車場へ向かわなければなりません。


「駐車場!!」


口の動きを強調してそう言うと、お姉ちゃんの手を引き走り出します。


「2人とも、武器は......ある?」


走りながら問うゼロイチちゃん。

わたしはレッグホルスターにハンドガンを常に入れていますので、大丈夫ですが......。

お姉ちゃんはどうでしょう。返事をしてくれません。これは両耳ともやられてしまったと考えるのが妥当です。

鼓膜が破れても全く聞こえなくなるという訳では無いと聞いたことがありますが、それでも普通に会話をするのは難しそうです。


幸い、大きな武器は全て車に詰んであるので、武器の損害は多くありません。

しかし、家が無くなったというのはだいぶマズイです。


「居たぞ!!殺せ!!」


後ろの方から怒号が。振り返ると、刺青を入れた方々が続々と集まって来ています。まだ視界に入るのは4、5人程ですが、他のところにも数人居るようです。

いったい他のところにいる人も含めて何人が追ってきているのでしょう。

1人の仲間を殺されたくらいで、この人数を引き連れて来るのも怖いものです。


「レーザー、撃つよ!」


ゼロイチちゃんの背中が割れ、服を突き破ってレーザー砲が出てきます。

シュン、というよな綺麗な発射音。

その次に爆発音と叫び声。


お姉ちゃんは何が何だか分からないというような顔でキョロキョロしています。


「ウチ、まだ寝巻きのままなんやけどぉ......!鼓膜破れるわ家無くなるわで最悪やわぁ......。」


弱音を吐くお姉ちゃん。


「というかウチのハンドガン!サブマシンガン!!」


「車の中にライフルもロケットランチャーもあるんだからいいでしょ!」


そう慰めるわたしの声も、周りの爆発音もあってか少ししか聞こえていないようです。



後ろを撃ちながら走ります。とは言っても、だいたいはゼロイチちゃんが先に仕留めてくれるのですが。


倒しても倒しても、次々と追っ手が現れます。

というか、1人殺しただけのわたし達に報復するためにここまでの被害を出しているのは馬鹿では?そろそろ追うのをやめたらいいのに。


「......追っ手、もう来てなさそう!」


そうしているうちに追っ手はもう全員居なくなったようです。


「新しい人が来る前に、車乗っちゃおう!ナンバー覚えられたらマズイよね。」


もう駐車場はすぐそこです。


その時、何かがゼロイチちゃんの頬を掠めます。咄嗟に回避したからいいものの、ゼロイチちゃんの頬には、見たことも無いような傷が付いています。

人工の皮膚が削り取られ、内側の金属にも傷が入っています。

銃弾でも傷が付かないようなゼロイチちゃんの身体に傷が付いたのです。


「だいぶウチの子らを殺ってくれたみたいだね......。お前ら全員死刑だ!」


前方からやってくる刺青まみれの女性。

露出が多い服を着ているのに、その身体から感じるのは色気でもなんでもない、純粋な威圧感。

間違えなくこの人は強い。


飛びかかってくる刺青女。それに応じるように刺青女の方へと突っ込むゼロイチちゃん。

わたし達の奴の距離は30m程度......だったにも関わらず、次の瞬間にはゼロイチちゃんと刺青女は至近距離で戦っていました。


「死ね!」


ゼロイチちゃんは腕から盾を出し、パンチを防ぎます。

今度は反対の腕から刃を出して反撃するゼロイチちゃん。

刺青女は鋭い刃をいとも簡単に腕で受け止めます。おそらく身体強化手術を受けているのでしょう。


ゼロイチちゃんの戦闘能力は高いですが、あくまでこれは対軍隊向けの性能。

その機動力と反射神経から、一対多の戦闘はとても得意です。しかし、いくら国が開発した兵器と言えども肉体の強さは身体強化手術によるものと大差ありません。


どうやら刺青女とゼロイチちゃんは互角のようです。お互いの攻撃を防いでは反撃し、それを防いでは反撃し、その繰り返しです。戦いに進展はありません。


目が追いつかないような激しい戦いですので、わたしなんかがハンドガンで撃っても、ゼロイチちゃんの邪魔になってしまうかもしれません。

しかし、戦いが長引いた場合不利なのはゼロイチちゃんです。身体強化手術を受けた人はおそらく疲れを感じないでしょうし、敵の増援が来る可能性も考えられます。


「目や......!」


お姉ちゃんが突然何か言い出します。


「目......?」


「身体強化手術を受けた奴も......目はそのまんまや!」


そうは言っても、ゼロイチちゃんにそれが聞こえては居なさそうですし、そもそも目を狙うスキも無さそうです。


「ハンドガン、貸してくれや......ウチがあの筋肉女の目ん玉ぶち抜いたる!」


なるほど、お姉ちゃんならば出来るかもしれません。

すぐにわたしはハンドガンをお姉ちゃんに託しました。


「よっしゃぁ!当たれっ!」


お姉ちゃんが声を張り上げます。

声に反応し刺青女がこちらの方を向いた瞬間、奴の眼球に照準を定め、トリガーを引くお姉ちゃん。

弾道は完璧に刺青女の目玉の方目掛けて飛んで行きます。


ですが、こちらが眼球を狙えるという事は、相手もこちらを目視できるという事。

お姉ちゃんが銃のトリガーを引き、弾丸が奴に届くまでの間に顔を横に向けられてしまいました。

結果は刺青女の頬を少し抉った程度。


「小賢しい真似すんなよ雑魚が!」


刺青女の腹......彼女の着ていた服の数少ない布地の部分を突き破り、銃が出てきます。

なるほど、シンセリナ手術も同時に受けていたようです。銃でさえも身体の一部にできてしまうというのは、本当に怖い物です。


銃口から飛び出した弾丸は、綺麗な弾道を描き、お姉ちゃんの左耳を抉ります。

膝から崩れ落ち、ハンドガンを手から落としてしまいました。


「んだよ......隠し技のつもりだったのに、あんな雑魚に使っちまった......。まあこの怪力女相手に銃は効かないだろうし、どうでも良いか......。」


刺青女にはそんな独り言を言う余裕もあるようですが......


「あっ...っあがぁ......!みみぃ......いたいぃ...!」


涙を流しながら悶えるお姉ちゃん。


「お姉ちゃん!!」


そうしている間にも、ゼロイチちゃんと刺青女の戦いは続きます。

互いに一切隙を見せない殴り合い。


わたしの速射の腕では、お姉ちゃん以上の成果は見込めません。このままゼロイチちゃんが勝つ事を祈りながら眺める事しかできないのでしょうか......。


「二発目!死ね!」


お姉ちゃんの心臓目掛け、次弾を放とうとする刺青女。


「駄目っ!」


ゼロイチちゃんが弾丸を防ごうと銃口の方へ回り込みます。

銃声。

ゼロイチちゃんの身体ならばその銃程度ならおそらく少し傷が付く程度でしょうが......


「はっ!隙を見せたな!」


無理に銃弾を防ぎ、体制を崩したゼロイチちゃんの腹に刺青女の拳がクリーンヒット。

二発、三発。

金属の鈍い音がこちらまで聞こえます。


どうにか体制を立て直し、やり返すゼロイチちゃん。再び殴り合いが始まりますが、またゼロイチちゃんが隙を晒すのも時間の問題でしょう。


どうにかしなければ、本当にここで全員死ぬ。


その瞬間、わたしの頭に1つのアイディアが浮かびました。自信はありませんが、一か八か、やるしかない。


刺青女は、わたしにこれ以上何かされるのを嫌ったようで、わたしに背を向けるような形でゼロイチちゃんと取っ組み合います。

このまま押し切って勝てると確信したのでしょう。銃はもう使う気は無さそうです。


ならばむしろ好都合。わたしは銃を構えます。


「これで.....終わりだ!!」


刺青女がゼロイチちゃんに一撃食らわせます。


今この瞬間に全てが決まります。わたしは......


ゼロイチちゃんの頬に銃口を向け、トリガーを引きました。


銃弾は綺麗にゼロイチちゃんの顔目掛けて飛び......


「なっ!!」


跳弾。ゼロイチちゃんの頬に当たった弾は跳ね、刺青女の右目に当たりました。

強化された人間でも、流石に目から入った弾丸から脳を防ぐ術はありません。


ですが、流石強化人間。脳みそを弾丸で抉り取られたところですぐに死ねはしません。

この場合はそれが仇となりました。


刺青女が痛みと驚きで体制を崩した瞬間、ゼロイチちゃんがその顔面をぶん殴ります。

一発、二発、三発、四発!五発!六発!七発!!!

何回も、何回も、刺青女に全力のパンチをお見舞いし......。


数十秒後、刺青女は完全に息絶えました。




「お姉ちゃん、大丈夫......?」


「大丈夫な訳あれへんやろぉ......!なんか耳も聞こえにくいし、なんなら耳抉れたし。全身ガラス刺さって痛いし......。足擦りむいたし......。」


お姉ちゃんをキャンピングカーに運び込み、一応の応急手当を済ませました。


刺青女以降、わたし達を追う艮会の人物は現れませんでした。


現在車を運転しているのはゼロイチちゃん。少し心もとないですが......まあわたしよりはマシでしょう。


「で、流石にもうあの辺には住めへんと思うけど......どこ行くんや?」


「とりあえず、北に行こう。レストランの辺りに行きたい気持ちも山々だけど、流石にちょっと遠いし......。先輩と部長が北の方に住んでるから、そこで庇ってもらおう。」



目的地を定め、進むわたし達。


住居さえ失い、これからわたしの平穏な生活は、どうなってしまうのでしょうか......。


















自分でも望んでいたのか、望んでいないのかさえ分からない、目覚めが訪れる時がやってきました。


わたしは許して貰えるでしょうか。


暗い世界の先に光が見えます。


苦しく、冷たく、残酷な、あの光が。

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