第6話 オモチ姉

 軽トラがウチに戻って来てすぐ、僕は何を買いに行こうかと考えた。そしてまず残量が少なかった発電機の燃料を買うことを決めてふもとまで降りた。茶屋が軌道に乗るまで余分なものは買えないが、せっかくふもとまで降りたので、ついでに最低限の生活必需品と多めの調味料、そして主食の米を30キロを追加して買う。そしてその帰り道、山を登る手前で山に目をやると、てっぺん付近にチラッと神社の屋根が見えた。


「そう言えば神社の境内、草生えまくってるだろうな。父さんの49日も過ぎたし、お参りがてら掃除もしないとね」


 以前はウチの集落で家族が死んだ場合に、半年間は神社にお参りする事が禁止されていた。だけど僕が中学生の頃に49日さえ過ぎれば神社にお参りして良いことになった。高齢化で住人が次々と連鎖的に亡くなり、神社に誰も行けない時期が続いたからだ。

 僕は買い物を終えた足で、久しぶりに神社へお参りに行った。


 竜神村のある山の頂上付近に、村の氏神様を祀る神社がある。その木々に囲まれた境内に鳥居をくぐって入ると、右手に古びた木造の社務所と中央に一段高く作られた石の台座が見える。そして台座の上にちょこんと小さな石の祠(ほこら)が祀られている。境内に敷き詰められた白石の間からは草も生え、手入れは行き届いてないが、少しくたびれたサカキと、まだ賞味期限内のカップ酒が奉納されている所から、最近まで父さんがお参りをしていたのがわかった。僕は境内に生えた目立つ草をひき、軽く掃除してからお参りする。


パンッパンッ


(帰って来ました。よろしくお願いします)


 僕は神様に挨拶して参道を戻り石段を下っていった。


********


 石段を下る人間の後ろ姿を境内からから見下ろすキツネがいる。その頭にちょこんと乗る妖精の女の子の姿。桃色の巫女装束で、頭には赤いツツジの髪飾りをつけている。


「んっ?あの参拝者誰?確か茶屋の店主はこの前亡くなったでしょう?」


「コンッココン」


キツネは頭上の妖精に何かを伝えた。


「へっ?息子が継いだの?じゃあ、しばらくこの祠も持つよね?良かった!どうやら息子も信心深そうだし、私達に気付くといいな。また、わらび餅とか甘味が食べられるかもしれないしね!」


「ココンコンコン」


「えっ!ウソッ?!もう、白ツツジが粟餅を食べたの!?クウッ!こうしちゃいられないわ。私も行かなきゃ!!」


 赤ツツジの妖精は、キツネの両耳をぐいっと前に押し出発の合図をした。その指示を受けたキツネはトコトコとゆっくりと石段を降りていく。


「コラ!走りなさいよ!」

「……」


 キツネの耳元で怒る妖精の声を無視するキツネ。手入れが行き届いておらず、所々壊れて草が生えた石段を、ゆっくりゆっくり安全第一で下りていく。


「もうっ!……仕方ないわね」


 妖精はあきらめてキツネの背に寝そべった。キツネはその妖精を落とさないように、さらにゆっくりと石段を下りていった。


********


「神社へ参拝したからか気分の一新ができたな。よし!仕事するか!」


 母屋に帰った僕は発電機に給油するためガソリン携行缶を茶屋まで運んだ。


コポコポッ


 茶屋の裏にある発電機の給油口からガソリンを入れて蓋を閉めた時、ふと背中に何かいる気配を感じた。僕は咄嗟に振り返った。


「んっ?なんかいる、犬か?」


 茶屋の裏口にある竹林を奥に動物がいる。


「キツネか。久しぶりに見たな」


 正体を確認して『ホッ』とするが、良く見るとその頭の上に、小さな妖精の姿が見える。


「何だ? あっ! 昨日のオモチか?」


 マジで妖精が見えてるし、僕は起きてるからコレは夢じゃない。しっかり見ようと目を凝らす。

 姿形は瓜二つ。ただ少し背が大きいか?巫女装束はうす桃色で微妙に違う。そして、その頭につけられた赤い髪飾りも違う事に気が付いた。


「オモチじゃない?!」


 とっさに口走る僕。そして次の瞬間、いつ目の前までやってきたのか?いつの間にか妖精を乗せたキツネが目の前にいた。そして赤い髪飾りをつけた妖精が僕の目の前でキツネから飛び降りた。


「オモチ?ああ、確か先代店主も『妹』のことをそう呼んでましたね。あっ、すいません、挨拶が遅れました。私、白ツツジ……いや、あなたがオモチと呼ぶ妖精の姉、赤ツツジです」


 ペコリと頭を下げた赤ツツジの妖精。


「しゃべれるのか?!」


「はい、私はしゃべれます。ただ妹はまだ人間の言葉が、うまくしゃべれないので何を言ってるか、わからなかったと思います。ご迷惑をおかけしました」


 丁寧に謝罪する赤ツツジ。


「いや、まぁ、オモチが粟餅が好きだって事はわかったかな……」


 僕はどう反応していいかわからず、頬をポリポリとかく。そんな僕の様子を見て、目をギラリと輝かせた赤ツツジがスッと飛び上がった。


「のわっ!?」


 僕は驚いて仰反るが、赤ツツジはそのまま僕の顔前に詰め寄るように、ホバリングを続けて質問した。


「あの、ぶしつけですいません。『妹』にお菓子を出してくれた』と小耳にはさんだのですが、本当ですか?」


 探るように僕の様子をうかがう赤ツツジ。別に隠すようなことは何もない。僕は体勢を立て直し、正直にありのままを話す。


「うん、成り行きで仕方なくね。あ、赤ツツジていったっけ?キミも粟餅アワモチ好きなのかい?食べたいならご馳走するよ」


 妖精の事をすでに受け入れた僕は、赤ツツジにも粟餅あわもちを勧めた。


「あ、いえ?!私はわらび餅の方が好きなんです」


 ちょっとハニカミながら、でも嬉しそうに答えた赤ツツジ。


(なるほど。赤ツツジはわらび餅が好きなのか。父さんより、じいちゃんが得意だったな。レシピあるかも?探さなきゃ)


 じいちゃんは、自分で試行錯誤してレシピを書いて残してたから、探せば独自のレシピが出てくるはず。父さんは新しく料理を増やすため市販のレシピ本を使ったけど、人気はじいちゃんの料理の方があったもんなあ……おっと、物思いにふけっている場合じゃない。妖精とは仲良くしないとね。


「じゃあ、わらび餅をできるだけ早くメニューに載せれるようにするよ」

「よろしくお願いします!」


 僕はまだ作ったこともないわらび餅のメニュー化を、前向きに検討すると伝えた。それを聞いてオモチ姉は嬉しそうに笑顔をみせ頭を下げる。


「あっ?そうだ!赤ツツジ君、キミ、オモチの言ってる事を理解出来るよね?」

「は?!あ、ハイ!」


 僕はついでに、昨日オモチから言われた事について聞いてみた。


「それは……粟餅を焼き餅にせず、柔らかい湯餅にしてほしい、それに蜂蜜を煮詰めた蜜をかけて食べたいのだと言っているのだと思います」


少し考えて答えた赤ツツジ。


(なるほど、湯餅は予想出来たが、『アマイベトベト』が蜂蜜から作った蜜とはわからなかったな。ありがたい情報だ)


 オモチが何を伝えたかったのか、これでやっとわかった。


(『餅を柔らかくするため湯で戻す』これは予想通りだ。あとは、『蜂蜜を煮詰めて作った蜜』か、ま、ハチミツは買ってある。水あめの代わりに使えるから、みたらし蜜をやってみようかな」)


僕は粟餅にかける蜜を、みたらし蜜にする事に決めた。


「よく、妹の独り言は聞いてますから、間違いないと思いますよ」


 得意げに僕の顔前で、ホバリングを続ける赤ツツジ。ちょっと話しが通じて和んだその時、裏口奥の竹林に今度はタヌキが姿を現した。かなりのスピードでこちらにやってくる。そのタヌキの頭の上で飛び跳ねヒステリーを起こしている妖精が1体いる。

 オモチだ。オモチが大きな声を出して怒ってる。


「アネ!ワタシノトルナ!」


「まだ何も取ってないでしょ!それよりあんた、粟餅あわもち食べたのに、私に黙ってるってどういうことよ!」


 赤ツツジの反論を聞いて、ギュッとタヌキの頭の毛を引っ張りタヌキを止めたオモチ。


「ナッ?バレタ?!ダレイツタ!?」


そして秘密が漏れた事に驚き、キョロキョロと犯人がいないか辺りをみるオモチ。


「ここにいる『コン太』が、『イタ吉』とアンタの『たぬ蔵』のヒソヒソ話を聞いたと教えてくれたわ」


 オモチが乗るたぬきを赤ツツジが指差す。自分のタヌキから漏洩したと知り、オモチは『ペシッ』っとタヌキの頭を軽く引っ叩いた。オモチのイライラ度数が上がる。


「アンタもしかして、甘味を独り占めしようとしたんじゃないの?」

「ムキー!ソレシナイ!」


 赤ツツジの追及にイライラが頂点に達したのか、オモチこと白ツツジはタヌキの頭から飛び立ち、赤ツツジに向かって体当たりしようとした。


「当たるもんか!」


ヒラリと避ける赤ツツジ。


「トマッ!」

「えっ?!!」


 勢いのついたオモチは止まれず、僕の頭に向かって突っ込んで来た。突然の事に頭を下げて避ける僕。しかし……


ギュギュッ!


「痛!イテテテッ!抜ける!髪が抜ける!!」


 僕にも避けられ、すごい勢いで茶屋にぶつかりそうになったオモチは、ギリギリ手の届く所にあった僕の髪をつかみ、ブレーキがわりにしやがった。


「フウ〜。トマタ」


 オモチは、汗をぬぐう仕草をして安堵の吐息を吐いた。ただ僕には、とばっちりだ。あまりの痛さに、ゴッソリ髪が抜けたんじゃ無いかと、とっさに頭を押さえその場にしゃがみこむ。


「ドシタ?ナニアタ!」


 オモチは僕が突然しゃがんだことにびっくりしたのか、ホバリングしながら僕の周りをぐるぐる回っている。そんなオモチに注意する赤ツツジ。


「全部アンタのせいでしょ!まず店主さんに謝りなさい!」


「へ?ハイ、ゴメ」


 涙目で下から見上げる僕を見つめながら、オモチはちょこんと頭を下げた。


(全く、ズルいよな。小さな妖精に素直に謝られたら怒れないよ)


 痛みはまだ残っていたが、僕は苦笑いしながら立ち上がった。

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