第5話 軽トラ

 昼過ぎ。

 優先は種まきだけど、気になって母屋に一番近い野菜畑に向かう僕。


 『まだ大丈夫な物はあるはず』と、父が収穫出来なかった時期を過ぎたキャベツの収穫した。意外にも菜園の中央に植えられたキャベツは、傷む事なく無事に全部収穫出来た。


「まさか、20株全部問題ないとはね」


 本来、6月上旬梅雨入り前までに収穫する予定だったキャベツ。収穫が遅れて梅雨の湿気と『その後の暑さに大半がやられてしまっただろう』と思っていたが大丈夫だった。


「これは、ラッキーだね。もしかして本当に神様のおかげかな」


 僕は収穫したキャベツを数回に分けて、背負い籠に入れて農業倉庫に運んだ。キャベツは、0度で貯蔵すれば3〜6週ほどもつ。その間に他人にあげたり消費したり加工して在庫を無くすつもりだ。


「切ったキャベツと塩昆布とあえて、無限キャベツにして食べようかな?」


 僕は自己消費分を『どうするか?』と考えながら、キャベツを農業倉庫の氷温貯蔵庫にしまった。

 その時、複数の車のエンジン音が外から聞こえて来た。誰か来たようだ。


ブウウン! ブウウウウン! 

ズザザザザッ! ザザザッ!


 エンジン音に続き、ブレーキをかけたタイヤがバラスで滑る音が響く。


バンッ!

バタンッ!


 勢い良く扉を閉める音。


「耕作! 軽トラを持って来たぞ!」

「こうちゃん! いる!?」


 聞き覚えのある声。若い頃この山奥からふもとの街に移住した二郎おじさんが、息子と2人でやってきたみたい。


「いるよ! 今そっちに行く!」


 僕は慌てて農業倉庫から庭に出た。


「おう。そこにいたのか?」

「良かった!こうちゃん久しぶり。連絡したのに全然既読付かないから、心配したよ?元気だった?」


 母屋の方を見ていた2人が、僕のほうに振り向く。そこには、背が低くがっしりした体格の二郎おじさんと、背は高いけどひょろ長い、いとこの健ちゃんがいた。


「うん、元気だよ。健ちゃんも元気そうで何より」


 僕は健ちゃんと挨拶を交わすと、おじさんの後ろにある。軽トラが二台なのに気づく。


「あれっ? おじさん、わざわざ軽トラ持ってきてくれたの? 電話くれたら、明日にでも取りに行ったのに」


 そういう僕に、おじさんはしかめっつらだ。


「あのな?こっちゃ仕事で忙しいんだ。お前が持ちに来る時間に合わせるより、空いてる時に持ってった方が都合がいいんだよ。ホレ、これ鍵だ」


 二郎おじさんが僕に軽トラの鍵を差し出す。


「あ、ありがとう」


 僕は車の鍵を受け取り、ポケットにしまった。


「車検は終わらせてあるからな? 代金は兄さんからもらってるから心配するな。一応、ガソリン満タンにしといた。しばらくもつだろ?」


 なにげに優しいおじさん。その横で下唇を突き出し不満気な健ちゃんが口を開く。


「朝、いきなり起こされて『種まきにしろ収穫にしろ実家は軽トラが必需品だから無いと困るだろ』って言ってさあ、ホント参ったよオレ」


 健ちゃんはグチる。昨日深夜までゲームやってて、寝てないのに叩き起こされたらしい。


「ばか、朝じゃねえ!昼まで寝かせてやったんだから感謝しろ。どうせ帰りは俺が運転するんだし、その時に寝りゃいいだろ。さあ俺の車の鍵よこせ!」


 二郎おじさんは健ちゃんから鍵を奪うと、さっさと自分の軽トラの運転席に乗り込んだ。


「おじさん、もう行くの? もうちょっと健ちゃんと話したかったのに」

「すまんな耕作。今から仕事なんだ。ほら、健行くぞ!」


 健ちゃんを急かす二郎おじさん。


「ごめん、こうちゃんまた!」

「うん、健ちゃんわざわざごめんね? ありがとう」


バタンッ


 健ちゃんが慌てて助手席に乗ると、『あ!』二郎おじさんは何か思い出したようで助手席から顔を出した。


「そうだ耕作!ウチの木材倉庫に兄さんが置いていった植物の根っこがある。一度見に来い」


「父さんの残した根っこ?何それ?いらないけど」


 僕の頭に『???』クエスチョンマークが浮かぶ。


「菓子作りに関係する物だからお前が喜ぶと言ってたぞ?まあ、兄さんの物だし勝手に処分するのもなんだから聞いただけだ。仕事が暇な時処分するから見に来るなら早めにな?」


 おじさんは言いたい事だけ言って、すぐさま軽トラを発進させた。


ブウウウン!

ズザッザザザッ


「じゃあね!」


 名残惜しそうに助手席の窓から顔を出し、遠ざかる健ちゃんに手を掘り返す僕。母屋の庭に白い軽トラを1台置いて、2人は嵐のように去っていった。


「父さんの軽トラだ。久しぶりだな」


 二郎おじさんが『兄さんから死ぬ1ヶ月程前に連絡があったんだ』と話してくれた。『忙しくて車屋に持っていけないから』と車検の時期の軽トラを二郎おじさんに取りに来てもらい預けたらしい。おじさんはディーラーに車を持っていき車検をしてもらったが、その直後に父さんは死んでしまい、軽トラだけが残った。それを『使うだろう』と言って、わざわざ届けてくれたのである。

 『思えば、あの時相当無理してたんだよ、気づけなくてすまん』と葬儀の時に言っていた。よく憎まれ口を叩く人だが、二郎おじさんは根が優しいのだ。


「おじさんありがとう。よし、これで機動力を手に入れた。いろいろと街に買い出しに行けるな」


 僕は二郎おじさんに感謝した。ただ、ここで感傷的になっても仕方ないので、割り切って、いま何を買い物するべきかを色々考えるのだった。

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