第4話 穀物栽培の予定

 穀物畑は合計4反(4000平方メートル)ほど。兼業農家としては普通より少し大きいぐらい。内訳は1反(1000平方メートル)の畑が四つ。元焼畑の中で、なるべく平らな傾斜地を選んで使っている。


「もうすぐ山丘の地小麦の収穫かぁ。杉丘のソバと岩丘のアワの種蒔きも急がなきゃ。谷丘の緑肥(収穫せずに刈り倒し肥料にする)大豆もだよ!コッチも忙しいな!」


 ウチの穀物畑には、杉丘・岩丘・谷丘・山丘の4つの名前がついている。集落から人がいなくなり、維持管理が難しくなった焼畑の中から傾斜の緩い丘畑4つを常畑にしたものだ。ソバとアワと大豆と小麦の輪作をその4つの傾斜畑で行っている。ほとんど耕さないし化学肥料も使わないから、環境に良い『不耕起栽培をしているのでは?』と思って父さんに聞いてみた。


「そうみえるか?でも別に環境のことを考えてやってる訳じゃ無い。単に経費がかからないからやってるんだ」


 『大層な事は考えてない』と父さんは否定した。化学肥料の代わりに、大豆の油カスや米ヌカを使っていたので環境に無関心では無かったと思う。

 米ヌカは二郎おじさんの知り合いからタダで貰えるから使い勝手が良い。山のふもとには、そこら中にコイン精米機があって、『米ヌカは自由に持って行って下さい』と貼り紙がしてあるぐらい米ヌカの価値が低い。だからおじさんの知り合いの米作農家に米ヌカのお礼として、ウチで採れた野菜なんかをダンボール箱に詰めて持っていくと『そんなイイ物もらえないわ〜』と恐縮されてしまうのだ。

 まあ田舎の付き合いだから、『いえいえ、受け取って下さい』と、すぐ置いて逃げるように帰らないと、『コレ持ってって!』と捕まり、帰りに倍の作物を持って帰る事になるから要注意である。話しがちょっと逸れたが、父さんは考えないフリしながらも、ちゃんと考えて農業してたんだなと思う。

 ここでまた、昔じいちゃんと話した事が頭に浮かんで来た。


『以前は、焼畑のやり方を踏襲して、アワから小麦そして大豆と輪作をしてたんじゃがな、お前の父、一郎が『このままだとコガネムシにやられる!』と騒いでな。『ウチじゃ収量が減ったことはない』と嗜めたんだが聞かなくて、今の輪作になったのさ』


 この失敗談は農業の授業で聞いた事がある、輪作の組合せが悪くて、害虫が増え作物に大きな被害が出た地域が過去にあった事があると。それとよく似た輪作順なのに、ウチで被害が出てなかったのは、コガネムシが寄りつかない何かがあったのだろう。ヒマワリとかにコガネムシは寄せられるから、近くにヒマワリ畑があったのかもしれない。


「まさか本当に神様のおかげ?まさかね。そんなのありえないから」


 そう考える僕の頭に、昨日の不思議な出来事が浮かぶ。


「いやぁ、妖精が本当にいるか?夢だよ無い無い!……でも、リアルだったな」


 なんだか少し心に引っかかる。


「そういや、じいちゃん、『妖精を見たら大事に』なんて言ってたなぁ」


 じいちゃんの独り言からは、気づく事が多い。でも眉ツバな事もある。僕はじいちゃんに一応感謝しながら、氷温・冷蔵貯蔵庫に保存してある作物があるか確認しに行った。


 農業倉庫の奥に並ぶ二台の貯蔵庫。ホームセンターに置いてある中で1番大型のものだ。米袋40袋入る氷温貯蔵庫と冷蔵貯蔵庫があり、氷温貯蔵庫は、0度から12度。冷蔵貯蔵庫は5度から13度に設定できる。確か1台三十万円位だと言っていた気がするなあ。父さんがうれしそうに軽トラでホームセンターまで2回往復して、運んできたのを覚えている。僕は冷蔵貯蔵庫の扉を開けて中身を確認した。


「とりあえず去年収穫された小麦、粟(アワ)とそばの実はあるな。最低限、粟餅と蕎麦やうどんは出せる」


 茶屋の主力である粟餅と蕎麦とうどんは何とかなりそうだ。後は僕が上手く作れるかどうか。地元の農業高校を卒業後、製菓衛生師免許を取って菓子の道に進んだから、うどんやソバの手打ちなんかは経験ない。


「やっぱり得意なスイーツで勝負するかな?イヤイヤ、父さんと同じように、ちゃんと地野菜使った漬物や天ぷらも出さなきゃ」


 僕は冷蔵貯蔵庫を閉めて氷温貯蔵庫を開く。


「うわ、やっぱりゴウイモだけかぁ。キャベツ収穫には遅いから、すき込むしか無いかなぁ」


 タネイモにした残りのゴウイモがそこにはあった。基本的に日持ちしない野菜は収穫したらすぐ出荷。ウチは店で使うから、温度管理して貯蔵するものもあるが、基本的に短い期間だ。ゴウイモは光が入らないようにして休眠状態にしてる。


「自家用野菜も入ってないか……」


 本来なら父が収穫していただろう野菜がいくつか入ってるハズだ。父さんが死んで栽培予定が狂ったものは、僕がリカバリーしてなんとかしないといけない。


「でも優先はソバとアワと緑肥大豆の種まきだな」


 傾斜畑では種まきも収穫も大変だが、生活費や光熱費を補填するために必要な現金収入だから、じいちゃんと父さんは気合い入れて作業していた。ただこの母屋から穀物の傾斜畑までは結構離れており、じいちゃんと父さんが『山道を拡張し、軽トラで畑まで行く道を作る道普請(みちぶしん)が大変だよ!』と、ぼやいてたのを覚えてる。


「まぁ、じいちゃんと父さんが苦労して常畑に変えてくれた言わば遺産だから、ちゃんと継承しないとね」


バタン


 僕は貯蔵庫の扉を閉めて、農業倉庫を後にした。

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