第3話 野菜栽培の予定表

ジャッ、ジャッ


次の日の朝。

母屋前の庭に敷いてあるバラスを長靴で踏み締めながら家の前の極狭車道へ散歩に出掛けた僕。


「さてと、昨日の事は置いといて野菜畑を見に行こうかな。ちょうど梅雨明けで草刈りにもってこいの時期だけど、しっかり伸びた雑草で畑までの道中は、大変なことになってるだろうなぁ」


 昨日のオモチ妖精の事をとりあえず頭の隅に追いやろうと決めた僕は、付近の状況確認をすることにした。


 この村の草刈りは年2回。梅雨明けの時期と秋の収穫後に行うのが決まりになっていた。この草刈りをしないとどうなるか、簡単に言えば通行に苦労する。畑に行くにも、水源である山の湧水に行くのも。山を歩くにも、草を刈らないとやぶこぎ〈薮をかき分け歩く〉をすることになり、その場所に行くだけで疲れてしまう。

まぁ、草刈りは子供の頃から手伝わされていたのでお手のモノだ。


「まぁ、なんにせよ、どんな状態かを確認してからか」


 僕は、母屋を中心に約50メートルの半径内に3つある野菜畑に向かった。


1時間後ーー


「よく伸びてたなぁ。でもまずはこの周辺の草刈りだな。おっと混合油あるかな? いや、それより草刈機まだ動くか? いろいろ確認しないと……」


 僕は1人でぶつぶつ言いながら母屋の横にあるトタン張りの倉庫へと向かった。倉庫には入り口が2つあり、手前のシャッターが用具庫の入り口で、奥のシャッターが農業倉庫の入り口だ。古い作業小屋を増築し強引にシャッターを取り付けた為、新しく増築溶接された鉄筋部分がいびつで目立つ倉庫だ。僕はまず、草刈り機があるのか確認するため、手前の用具庫のシャッター上げた。


ガラガラガラガラ


「うわ、やっぱり油臭いな」


 鼻をつまむほどではないが、独特のエンジンオイルの匂いと、揮発したガソリンの匂いが混じって臭う。


「じいちゃんは自分で混ぜてたけど、さすがに父さんは買ってるよね?」


 じいちゃんは何でも自分でやる人で、ガソリンとオイルを自分で混ぜてた。父は買えるものは買う人。2人の性格を表すように、混合油とマジックで書かれた古い蓋付きの4リットル缶と、まだ新しいホームセンターで売っている混合油の2リットル缶が出てきた。


「やっぱり、2つある」


 さすがに祖父の字が書かれたお手製の混合油は古くて使えない。ここは、父が買ってきたと思われる、新しいホームセンターの混合油を使うことにする。


「さて、草刈機は……あった!」


 僕は中央に置いてある手押し耕運機の脇をすり抜け、奥の壁に行って吊るされた草刈り機と対面する。


「これ買い換えたんだなぁ。これなら新しいし、問題ない動くよね」


 僕の思い出に残るじいちゃんの古い草刈り機は処分されたようだ。


「まぁ、古かったし当然だよね」


 僕はじいちゃんの使い込まれた古い草刈り機を思い出しながら、新しい草刈り機を壁から外し倉庫の外の地面に置いた。そして、エンジンをかける為に燃料タンクに混合油を入れた。


「さてと、エンジンかけてみるか」


 チョークレバーを開き、燃料コックを開け、スターターの取っ手を思いっきり引っ張る。


ドルッ!ドルルルンッ!ドッパババ、バババッ


「良し!かかった」


 僕はチョークのコックを戻して、スロットルレバーで回転数の上げ下げを確認する。


ヴィッ!ヴィイーンッ!ドッドッド、バッバッバッ


「良さそうだな」


 僕は草刈り機が問題無く動作する事を確認するとスロットルレバーをオフにし、燃料コックを閉めた。そして草刈り機の停止を確認してから、草刈り用の回転丸刃を長い柄の先にある回転体に装着する。


「さて、行くか」


 僕はゴーグルを装着して刈り草よけの前掛けをしてから、吊り下げベルトを肩にかける。そして野菜畑へ続く道と、その周辺の草を刈る為に歩き出した。


 3時間後。

 野菜畑周辺の草刈りを終えた僕は、汗を落とすため母屋に戻り、風呂の脱衣所でTシャツを脱いだ。そのとき腹に何かついている事に気づいた。


「んっ? やべっ! マダニだ!」


 僕の腹の真ん中にカメムシをちっちゃくしたような虫がついている。


ブチっ!


 引っ張っても中々取れないその虫を、強引に引き剥がす、そして踵でそれを踏み潰した。


 腹を見るとマダニのいた所に3つの黒い点が見える。マダニの足先のかぎ爪が残っている可能性がある。


「うわっ!痕が残ったか。ちょっと熱出るかもなぁ」


 少し昔、じいちゃんがマダニに喰われたときに、言っていた言葉がそのまま出た。


「おっと、結構昔の事だけど覚えてるモンだな。しかしこの程度で本当に熱が出るのかなぁ?出るとは思えないけど」


 僕はダニで熱が出るというじいちゃんの言葉が信じられず軽く首を捻った。そして洗面器に入れた水を頭からかぶり汗を流した。


「さてと、一番気がかりな作付けと収穫の状況を確認しないと……」


 風呂から出ると僕はすぐ農業倉庫の中を確認しに行った。父が死んで閉店した茶屋を復活させるには提供する料理の食材が必要。収穫を終えた地野菜と地そばの実と粟(アワ)や小麦が、倉庫にどの程度あるのか?また作付けがどの程度終わっているのか?確認をするためだ。しかし現状はなかなか厳しかった。


「やっぱりか。父さん調子悪かったからな。野菜畑も穀物畑も作付けが終わってるのは『ゴウイモ』関連だけか」


僕は、壁に貼り付けてある農業カレンダーを確認する。じゃがいもに似ている『ゴウイモ』の、植え付けと『地ネギ』との植替えが終わっている事をしめす赤丸が、農業カレンダーに付けてある。しかし、その他の春蒔き作物については、印がない。


「うーん、カボチャと枝豆の種蒔きが出来てないのか。枝豆は今から蒔けば遅採りでいけるけど、カボチャは無理だよな?父さんかなり悪かったから、ウネさえ作ってないかも?輪作してるから適当には作付け出来ないし……」


 作物は同じ所で連続して作り続けると障害を発生させるモノがある。それを避ける為に相性の良い作物でローテーション(輪作)したり、畑に何も作らず休ませたりする必要がある。僕はカレンダーの下にある本棚に目をやった。


「おっ?農業技術の教科書がある!俺があげた高校時代の本じゃないの」


 その本を手に取ると、色分けされたふせんがビッシリついていた。


「父さん、ちゃんと使ってたんだ……」


 ちょっとだけ胸にグッとくるが、今は仕事を優先しなきゃならない。その気持ちは置いておく。


「よし……ええと、カボチャの前はネギだから、ネギの後作に相性良い野菜はなんだ?」


 僕は本をめくりながら、連作・輪作の項目を探す。


「あった!ネギ後作に良いのは……キャベツに白菜……ん?白菜はカボチャの次に作る予定になってる。じゃあ、そのまま畑を休ませてもいいな」


 種蒔き時期が過ぎたカボチャを諦めても、次に相性の良い白菜が来るので、9月に種をまいて輪作を維持する事が出来る。今年はもう、カボチャが食べられないが、仕方ないと割り切る事にする。


「まあ、来年を楽しみにしよう」


 ウチの野菜は古くからの地元野菜ばかり。自家採種(タネ取り)しないといけないので、交雑しないように一つ30平方メートルの小さな畑を、100メートルの間隔をあけて3つ配置してある。


「心配症の父は交雑を避ける為に畑を分散したけど、じいちゃんは母屋近くの畑でまとめて野菜のタネ取りしてたから、上手く交雑させないローテーションをしてたのだろうなぁ」


じいちゃんすごいと思う。ゴウイモ(ジャガイモ古種)と地ネギと地カボチャに地白菜それに、地枝豆と地大根の計5種を自家採種しながら毎年タネ取りと収穫をしていた。

 地野菜は収穫後保存期間が短い。さらに生産量が少なく収穫時期をズラすにも限度があるので、収穫後の短い期間しか店頭に並ばない。とても風味豊で美味しいと評判な希少な野菜だが、県の試験場でも色々試しても上手く育たない、何故かこの山でしかうまく育たない不思議な作物達なのだ。

そんな時、ふと思い出したじいちゃんの言葉。


『この山の作物はこの山でしか育たん。新しい技術もいいが程々にな?神さんに感謝して、神さんに任せておくのが一番ええ』


 その思い出した記憶により、僕は手に持つ農業技術の表紙を見ながらちょっと悩む。だけど、別に父が新しくやった事も失敗していない。


「カボチャを休んで、秋に白菜の種まきをしよう。父さんが輪作始めた時も、問題起きてないし。まあ、じいちゃんの言葉通りに神様に感謝だけは忘れずにやっていくね」


 僕は天国のふたりにそう誓って、次の雑穀と穀物のカレンダーに目を移した。

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