第2話 妖精オモチ

 茶屋の掃除に意外と時間がかかり、気がついたときには、辺りが薄暗くなっていた。


「ちょっと暗いな?LEDランプつけるか」


 僕はキャンプなどで使う電池式のLEDランプを棚から持ってきてスイッチを入れた。店内がほんのり明るくなる。


「電池が少なくてちょっと暗いけど、まあ大丈夫だろ。あっ!忘れてた!発電機のテストもしないと!」


 僕は慌てて茶屋の裏口に向かう。この裏口の外側は綺麗な竹林が広がってる。時期にはタケノコも取れるが、不思議な事に手入れしなくても荒れたりしない。綺麗なままなのだ。昔じいちゃんは、『ココは神域とつながっているから』って笑ってた。しかし、僕は『どうせ、じいちゃんが手入れしてるんだろう』と思ってた。ただ、父さんが死んで村に住人がいなくなったのに竹林が綺麗な所を見ると、『満更ウソでもないのかな?』とも思う。


「さて、発電機にガソリンあるかな? この前、確認したら少し残ってたから大丈夫だよね?」


 茶屋裏口に置いてある発電機を始動させる瞬間、他に誰もいないのに、つい聞いてしまった僕。


ドルルルン!!

「ハイ!」


「ん? 今、何か聞こえたか?イヤイヤ、なんか聞こえたら心霊現象だよ、全く……」


 僕はまわりをぐるりと見回して、誰もいないことを確かめると一つ溜め息をついた。そして厨房にある中型冷蔵庫の扉を開けた。


パッ


 冷蔵庫内の明かりがついた。


「よし電気は来てるな。発電機オッケー」


 この発電機は、大型冷蔵庫1台ぐらいなら楽に動かせる発電能力がある。ただその能力をフルで使うと、6時間ほどしか燃料が持たない。なので省力運転を基本にして使っている。ただ、それでは中型冷蔵庫までしか使えない上、結局ふもとまで20リッターのガソリンを、毎日携行缶を持って買いに行く羽目になる。

 そこで発電機は夏場の暑い時、食材を腐らせたくない時にだけ使っていたようだ。とはいっても、電源入れてすぐには冷蔵庫内も冷えないので、母屋の冷蔵庫から凍らせた保冷剤を持ってきて営業時間外はそれで冷気を保つ工夫をしていたことを知っている。

 もちろん保冷剤を大量に毎日交換する必要があるが、ガソリンを買うために、毎日ふもとまで行くよりは、金がかからないから、数年前から父さんがこの方法を始めたのだ。一回で運べるガソリンが20リットルほどに制限されているのも影響していると思う。


「さて、次はガスコンロだな」


 僕は小さなプロパンガスボンベを待ち上げ、軽くゆすって中身が入っているか確認する。


シャチャンッ!


少しゆすると音がした。


「まだ中身入ってるな」


 そしてコンロを確認するついでに、持ってきたカップ麺を食べるため鍋を準備する。


 カップ麺は一個なので、少なめに水を入れた両手鍋を、コンロの上に置いて火をつける。少し待つと『コポボコボコ』と音がして湯気が出はじめた。僕はその鍋を、両手でそっと持ち、蓋を開けたカップ麺にお湯を注ぎこむ。


シュロオロロッ


 ほわほわと白い湯気をあげながら、カップに吸い込まれていくお湯。僕はカップ麺を割り箸と一緒に持って奥の座敷に運び、その備え付けのテーブルにカップ麺を置いた。しかし、疲れていたためか、セットした3分の砂時計が落ち切るのを待てずに、机につっぶして寝てしまった。


カタッ


 突然、頭の先の方からから音が聞こえた。


「んっ!?」


 僕はその物音に気づき顔を上げる。


「ニョ?」

「えっ?」


 目の前に白い巫女装束を着た手のひらサイズの少女がいた。カップ麺の上に乗り、蓋を剥がそうとしている、頭に白いツツジの髪飾りをつけた、その小さい彼女の背中には小さな羽根が生えている。


「うわっ!」


 慌てて立ち上がる僕。


「オキタカ!オナカスイタ!」


 カップめんの上から飛びたち、僕の顔の前でホバリングする小さな女の子。


「妖精?」

「ソウ!コレタベル!」


 わざわざ飛んで行って、カップ麺の所を指し示す妖精。


「カップ麺が食べたいのか?」

「ウン!」


 伝わったのが嬉しいのか、カップ麺の周りを飛び回る妖精。どうや先程の物音は、この妖精が割り箸を落とした音だったらしい。僕はカップ麺の蓋を外し、麺の1本を割り箸を使ってすくいあげた。


パクッ!


 間髪入れず、麺にかぶりつく妖精。まるで細巻きの海苔巻きを頬張っているような感じだが、苦しむことなく、ズルズルと麺を一気に吸い込んだ。


「ウマイ!デモ、コレダメ。チカラナイ……」


 一瞬、顔が輝いたが、すぐ落ち込む妖精。どうやらラーメンでは何かがダメらしい。


「んん?これじゃダメなのか?」

「ウン!オモチガイイ!」

「オモチ……あっ!」


 僕はそのオモチと言うキーワードで、昔、祖父から聞いた話を思い出した―――




「オモチ妖精に会ったら、優しくな? 神の使いだぞ?粟餅(あわもち)食わせてやれ」

「またまた! じいちゃん、冗談言って―――」




 そう言えば小さい頃に、祖父に教えてもらった事がある。『この山には妖精がいる』って。


「マジか……」


 あの頃はじいちゃんの冗談だと思ってた、でも今、目の前に妖精がいる。


(まさかだね。でも本当に妖精オモチが目の前にいる以上受け入れるよ。でもそうなると、父さんも妖精の相手してた可能性が高いんだよね?粟餅を作り置きしてるかもな?)


 この茶屋でお餅と言えば、粟餅〈あわもち〉だ。こんな山奥の斜面でも育つアワを自家栽培して餅をついていた。

 僕は、茶屋の厨房奥にある冷蔵庫の中を探す。父さんが保存用の粟(アワ)の切り餅を『冷蔵庫の中に保存してるとかも』と、思ったのだがアワ餅は無かった。


「まあ茶屋には普段、電気が来てないんだから、あるなら母屋の冷蔵庫か?」


 僕は母屋の冷蔵庫を見に行く事にした。オモチ妖精も後をついてくる。


「おっ!あった」

「コレ!オモチ!」


 母屋の冷蔵庫の中にあった、薄黄色の真空パックされた切り餅を見て声が揃う。

 父さんが自家用の真空パック機でパックしたもののようだ。一応調べるが幸いカビ等は生えてないようである。


「よし!じゃあこれを切って、焼いて出してやろう」

「オモチ!タベル!」


 笑顔になり、喜ぶ妖精。


「味付けは何かあるかな?……う〜ん醤油しかないな」


 僕は野菜室に入っていた醤油を取り出して粟餅と一緒に茶屋に運んだ。茶屋に戻ってすぐ、僕は包丁で泡餅をひと口サイズに切り、アルミホイルを引いて、魚焼きグリルに2個放り込む。そのグリルの中で餅が焼けていく様を、妖精オモチは興味深そうに見ている。

 しばらく待つと、餅が膨らみ、きつね色になってきた。僕は、妖精オモチを魚焼きグリルから離れさせ、一個取り出し焼けているか確認した。


「ウム! よし、焼きアワ餅の完成だ」


 僕は焼いた餅と醤油を入れた皿を盆に乗せて座敷に運んだ。オモチ妖精は座敷に向かう。僕が座敷に入った時には机にちょこんと座って待っていた。意外にそつがない


「はい、どうぞ」


 僕が皿を妖精オモチの前に置くと、妖精オモチは、不思議そうな顔をしてから、「パクッ』と焼き粟餅に食いついた。


「アマクナイ!ショッパイ!カタイ!デモウマイ!チカラデル!」


 オモチ妖精は、勢いよく全て食べきった。


(一体あの小さなカラダのどこに入るんだろう?)


 僕がそう思って見ていると、オモチ妖精が両頬を膨らませ注文をつけた。


「モット、ヤワラカイノタベル!アマイノ!ベトベト!」

「ふむ……」


 確かに茶屋では餅をお湯に通して柔らかくしていた。でも『アマイノベトベト』ってなんだろう? 上にかかってた『きな粉』のことだろうか?


「ベトベトとは何だ? きな粉か?」

「アマイノベトベト」


 聞いてはみたが堂々巡りで、らちが開かない。2度3度繰り返すと、妖精オモチはふくれっ面のまま『プイ』と横を向いて、いきなり消えた。それと同時に僕は強い眠気に襲われ、座敷の机に突っぷして寝てしまった。

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