4.「決め手は洞察力」

「どうせなら土産話も持って帰りたいもんだ。それが君の実地試験なら、うってつけだ。……無論、代価は払う。ちょっとした取り引きだよ」


 ようするに、キボウの潜在能力を推し量る前提で鍛えてやろうじゃないか。


 ……魔術師はそのように提案してきたのだ。

 当人にとって絶妙にいやらしく悩ましい選択を突き付けたに違いない。その証拠に彼には珍しく即断即決をせずにいた。


「(その選択は正しい)」


 そんな心を見透かしてか、精霊が彼の判断を後押しする。


『いいだろう。但し──お前の命は保証はしない』

「……そうこなくちゃな」


 人と魔、左右非対称の瞳色をした混在種の魔術師、ハインラインは不敵に笑った。


*


「……さて。魔法や魔力の扱いは素人にせよ、お前さんは素質だけなら世界随一だ。今更、事細かに説明はしない。それこそ習うより慣れろ、だ……第一、その方が性に合ってるだろう?」


『まぁ、な』


「よろしい。では、最初に種明かしをしておこう……さっき、お前さんが見抜くのを手こずった理由だ。あれは魔法を組み合わせて使っていた。透明化に加えて、位置を悟らせない為に短距離の転移を行っていたのさ。方向のをつけさせなかった。単純だが、それだけでも効果があるのは身を以って知っただろう?」


『…………』


 それに対し、キボウは否定も肯定もしなかった。強いて言うなら沈黙が答えだろうか。魔術師はそんな心情を知ってか知らずか、さらりと流して話を進める。


「そこで、だ……武術でいうところの心眼、魔術でいうところの"目付けロックオン"。お前にはこれを会得してもらう。"隠形"インビジブルには色々と弱点があるが、何より魔力の感知には無力だ。肉眼で見えずとも、その一帯ごと魔力の消失した空間が出現する為、魔力感知で逆に見つけ易かったりするんだな」


『心眼……?』


「助言はしたぜ? じゃ、俺を捕まえてみな」


 ハインラインは外套マントの端を掴むと、大袈裟に身を覆い隠す仕草をしてみせた──と、同時に姿も消え去ってしまった……!


 ──この術は気配はおろか、足音すらも消してしまう。

 加えて、転移を組み合わせていると明らかにした以上、魔術師は有言実行していることだろう。


(動きを読むならこちらの視界の外、死角に回り込んでいる可能性が高いが──)


 あの魔術師はこちらを試すつもりだ、殺すつもりはない。

 何より、「捕まえてみろ」と言ったのだ。


(……あの男の性格的に、むしろ正面で待ち構えているだろう)


 キボウは深呼吸をする。ゆっくりと瞬きをして、集中する。

 そうして、あの男の言葉を反芻はんすうした──


(魔力の感知には無力……その一帯ごと魔力の消失した空間が出現する……)


 残念ながら時間をかけすぎた為に魔術師の位置は肉眼で割り出していた。やはり、正面側に陣取っている。向こうも彼の視線からしてそれを分かっているのだろうが、その場から移動する気配はなかった。


(──下手な考え休むに似たり、か)


 それこそ直前にあの男が指摘したように、頭であれこれ考えるよりも体が先に動くようなたちだ。元来、敵と相対して悩むことはなかった。むしろ、今回が異常なのだ。


 ……今一度、原点に立ち返れ。

 敵を捉えたら迷う必要などない、斬り伏せろ。これまでもこれからも変わらない。

 ──キボウは剣を構えて走り出した! 雑念を捨て、斬りかかる!


 剣を振り下ろす直前、そこには確かに魔術師はいた。……そのはずだ。

 しかし、長剣は手応えなく空振りすると力強く地面を叩き、キボウは手の痺れにも構うことなく、既に周囲を見回していた……!


 しばらくの間、二人はそんな鬼ごっこを続けていた。


 ……これではまるで、最初に出会った時と同じではないか?

 傍から見ているローウィンにはそのように見えていた、だが──


『なるほどな』


 感覚としては動物的なかんとさほど変わらないが、反復するうちにそれが冴え渡ってきているのを実感している。


 違和感を捉える──


 元々が無意識にやっていたことだ。今も無意識的にやっているに過ぎないが道理を理解をすれば心眼とやらとも自然に融合しつつあるのだろう。実際の理屈はどうだか知らないが、キボウは手前勝手に解釈し、納得していた。


 その証拠に探知にかかる時間が短くなってきている。最初は十秒以上かかっていたが、現在は五秒とかからない。基本は習得したと言えるだろう。後は慣れというか、精度の問題だけだ。


『頃合いか』


 ──キボウには見様見真似で修得した技がある。

 元々はローウィンが三年もの月日をかけて会得した技で、その技もオリジナルではなく、源流は彼の父までさかのぼる。


 事実上、一子相伝の秘技のようなものだが、今ではローウィン以上に彼はこの技を使いこなしていた。


「旦那……!」


 遠巻きに眺めていたローウィンが呟いた。本気で決着をつける気なのだ。

 "内なる力"を剣に伝導させ、使い手の意志をまとわせる。一種の才能が無ければ一生かかっても会得することは出来ない──父さんからはそのように教えられた。


 自分は辛くも才能がある側だったが……世の中、上には上がいる。

 その人物こそが──


(この攻防で終いだ)


 キボウが握る長剣が黄金色こがねいろの光を放ち始める──!


 鍔元から切っ先まで不可思議な力がおおった、これはいわば剣に付与した魔法障壁のようなものである。効果が続く限り、彼の剣はちょっとやそっとで折れる事はない。


(畳みかけて終わらせる!)


 キボウが一直線に駆けだした! 魔術師が今の位置から転移してからが本番だ!

 裂帛れっぱくの気合と共に剣を振り下ろし、大地を叩いて次の地点へと走る!


(あの男は試験といった。ならば、合否はいつ切り出す?)


 ──外しては、次。外しては、次。


 ここからは気力と体力が続く限り、休みなしだ。繰り返せば繰り返すほどに看破は経験を積んで精度を上げていく、そろそろ基礎課程は修了したと判断してもおかしくあるまい? なら、お前はどのように切り出すつもりだ?




 ──ほどなく、その時はやってきた!




 斬りかかられる度に魔術師は転移で逃げていた訳だが、その移動幅が徐々に狭められてきていたのだ。自然、切り返して突っかかってくる時間も短くなる、矢継ぎ早になる、最終的に破綻して逃げ切れなくなる──!


 不可視の魔法障壁を剣先が掠めて姿が露わになる、キボウは振り下ろした剣を地に叩きつける寸前で止め、手首を返して斬り上げる!


 ──同時に、魔術師も杖の下の方を握って刺突つきのように突き出してきた! 

 刺突に対し、僅かに遅れた剣が下から払うように衝突する! その瞬間こそ──


「何……!?」


 ハインラインは驚愕きょうがくした……!

 彼の剣に何らかの術……魔法がかかっているのは分かっていた。付与魔法、魔法に明かるくないものが使用する術に複雑な効果はないだろうと踏んでいた。せいぜいが強化魔法であろう、と。


 ──だが、現実はどうだ。

 斬り飛ばされると思っていた彼の杖は上方に弾かれようとしている。

 勢いを受け止められず、左腕も思い切り上へ持っていかれる……!


 これこそがローウィンの父が編み出した技。名を「快人の潰刃ダイブ・マッシャー」という。

 剣にまとわせた"内なる力"は堅固に刀身を包み込み、衝撃力のみ増加させる。そして奥の手は──!


『教えたがりがお前の敗因だ……!』


 下からの切り上げで崩し、振り上げた頭上で手首を返して、振り下ろす!

 至近距離、体勢を崩した魔術師に避けるすべはないが、とはいえ、大した踏み込みもない斬り下ろしは──、はずだった。


 剣から放たれた黄金の塊が、ハインラインの顔面に激突した! 常人なら昏倒こんとうし、そうでなくとも視界と思考を数瞬は奪うほどの切り札である。闇雲やみくもに振るう魔術師の杖を中程なかほどから斬り飛ばし、冷静に剣を引き、体勢を整えて構える……


『とどめだ!』


 しかし、気合とともに繰り出した強烈な刺突は残念ながら空を切った──魔術師は間一髪で転移したのだ。




*




「こいつは一本取られたってところかな……?」


 キボウは長々と話す悪癖あくへきから彼の性格を洞察どうさつし、戦いの幕引きを予想した。

 ……そうして、あの男ならなんらかの形で攻撃を受け止めて手打ちにするだろうと決めつけたのだ。そこで、このを使った。


『一本で済んでよかったな』


 キボウは言い返す──だが、これは負け惜しみだ。仕留める好機を大事にしすぎて逃げる隙を与えてしまった。大きな反省点である。次はしくじる訳にはいかない。


「ああ、待て待て! 戦いはこれで終わり、これで終わりだ! こっちは武器も折れてまともに戦えない、降参だよ! 杖のない魔術師がどれほど非力な存在か、知らないわけでもないだろう!?」


『……お前が、か?』

「分かった! じゃ、こうしよう! ……取り引きだ!」


 ハインラインは大仰に両手でキボウを制止しながら、話を続けた。


「あそこに放置されてる女の子、怪我人なんだろう? しかも、そんな軽くない怪我とみた。見逃してくれる代わりに俺が魔法で治療してやろう。何、信用出来ないなら後で街の神官にでも見せりゃいい。魔術師の魔法は外傷には強いからな、応急処置としては十分なはずだぜ? ……どうだ?」


 異形の左目を閉じて、片眼のまま友好的に提案するハインライン。

 ……だが、キボウの返答は冷ややかだった。


『元はと言えば、お前が手引きした魔物モンスターだろうが』


「それは違うね、誤解だよ。俺の目的は救世主、つまりはキボウの旦那だけさ。他は有象無象、どうでもいいと思っていた。彼女らが襲われたのは単なる事故で、野良の魔物に絡まれただけだよ。一緒くたにされちゃ困るな」


『嘘を言うな』

「嘘じゃないさ」


『違うな。お前が馬車馬を眠らせていたのは何らかの必然があってだろうが』


 予期せぬ反論に魔術師は言葉に詰まり、ばつが悪そうに帽子のつばを少し下げる。


「それは……危ないと思ったからさ。いいさ、この際だ。最初いちから説明しよう。俺は今朝けさから君たちには気付かれないように尾行を開始した。そうするうちに、君たちはこちらへ向かってくる馬車が魔物に絡まれている事に気付いた。そして、助けようと駆けだす。俺はこの機会に乗じようと魔法を使って先回りした」


 魔術師は続ける。


「……俺が駆けつけた時には既に事態は沈静化していた。"屍鬼"リビングデッドどもは知性がまだ足りない。倒れて動かない者には手を出さないし、である人間には襲い掛かるが、それ以外には極端に反応が薄い。だが、馬にそんな事情は分からないだろう? 馬車につながれていようが興奮して暴れられては危険だ、助かる者も助からなくなる。だから、眠ってもらって君たちの到着を待ったのさ」


 そうして、「どうだい?」とキボウにたずねた。

 はたから聞いている限りでは筋は通っているように思うが、彼はどう思ったか?

 ──すると、背後から機会を見計らっていたローウィンが声をかけてくる。


「旦那。ここはあいつとの取り引きに応じよう」

『……容体ようだいがよくないのか?』


「今のところは問題ない。だけど、万が一って事もある。あいつは信用ならないが、嘘をつくようなヤツでもないだろう」


『……分かった』


 少し考え込んだが、人命を考えてキボウは渋々と了承した。

 ローウィンは思わず安堵あんど嘆息たんそくをつく。


 彼としては一貫して、あの魔術師と剣を交えたくなかったのだ。


「取引成立、だな」


 魔術師が姿を消す。次の瞬間には遠く離れた彼女の側に転移していた──




*****


<続く>


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