3.「真意はどこにある?」


「それじゃ、本題に入ろうか」


 救世主の名も知れたところで、魔術師はそのように切り出した。

 彼が口にした本題とは即ち「果たして神器じんぎは実在しているのか否か?」──という問いかけである。


 だが、ハインラインの質問に対し、答えは予想だにしないところから返ってきた。


「(その疑問に答えよう)」


「な……なんだ、誰の声だ……!?」


 唐突に語り掛けてきた何者かの声に対し、ローウィンは驚き、狼狽ろうばいする。

 一方、聞き慣れたキボウはともかく、魔術師にも動揺は見られなかった。


「(全ては神の意思にるものである)」


「──ではなく?」

「(神々ではなく)」


 超然とした気配が遠ざかっていく。

 ……風に乗って聞こえてきた声は、それだけを言い残していった。今のは果たして満足のいく答えだったのか、ローウィンはおろか、キボウですら分からない。

 

 すると、魔術師は小さく笑った。


「ある種の人間にとっては神とは主神しゅしんであり、神々とはしゅに付き従う従属神を言う。世間一般、個人の思想信条で信仰されているのはもっぱら従属神の方で、街にある神殿も大概が従属神のものである──というより、主神の大神殿はこの世で唯一ただひとつしかなくそれ以外は認められていない、というのが適切か」


 ハインラインは解説を続ける。


「……たまに誤解されるんだが、本来の意味で精霊を従えるのは主神だけだ。それじゃ精霊使いや神々は違うのかという話になるがあれらは別口だ。そういうものと思って欲しい……で、だ。今の会話だが、精霊は神の意思を語り、神々の思惑を否定した。なんでもないように思うが、それはとても重要なことだ」


「主神と従属神に違いがあるっていうのか?」


 ローウィンが半信半疑に尋ねる。魔術師は肯定した。


「ご明察めいさつ。主の意思はさておき、従属神は必ずしも一枚岩ではない、ということだ。おせっかいで世界に介入するものもいれば、傍観ぼうかんに徹するものも、この機会に陰謀を巡らす不届きものもいる。を仕立てられたんじゃ、この世界の先行きだって暗いしな」


 そう言い、ハインラインは自嘲じちょうする。キボウはこれまでの話を静かに聞いていた。


「……ま、それはだったけどよ。けど、こうして自分の目で確かめるまで心配事ではあったんだぜ? いわきの神器を与えられて偽りの救世主を演じられるってのは、世界の破滅を加速させるからな」


「アンタの目的は、それを確かめることだった?」

「まぁ、そうだね。偽物なら始末するところだが──」


『……確かめてみるか?』

「旦那!?」


「混在種とはいえ、魔と人は相容あいいれぬもの……そうなるだろうとは思ってた」


「待てよ、旦那! あっちから襲ってくるならともかくこっちから喧嘩を吹っ掛ける必要はないだろう!? そりゃ、あいつが気に食わないかもしれないが、けど、穏便に済ませられるならそれにこしたことはない……違うか?」


 ローウィンは慌てて敵対行動に出ようとしたキボウを止める。

 ……口にしたのは建前だが彼の本心でもある。本音を言えば、例え二人がかりでもこの魔術師に勝てる気がしないからだ。


 勝ち目のない戦いはしないのが、傭兵として生き延びる鉄則でもある。


『悪いな……』


「あまりキボウの旦那をめてやるなよ、人間さん。これは避けようのない宿命ってやつさ。彼は世界を救うためにつかわされた救世主で、実際、あかしは精霊が担保たんぽした──である以上、本物の救世主として使命をまっとうせねばならない。そこに居合わせた正と邪が互いに本物なら、潰し合うしかない」


『……ローウィン、剣を』


 この時、ローウィンには己を剣を貸し渋る選択も出来た……だが、子供のように駄々をこねたところで戦闘は避けられず、ただ状況が悪くなるだけだろう。大人しく長剣ロングソードを手渡し、自身は邪魔にならないところまで下がっていく。


「……一人じゃないのはいいことだ。仲間に恵まれたな」

『世話にはなっている』


「自覚があるなら恩をあだで返すなよ? 恩には恩でむくいてから死ね」

『覚えておこう』


 ローウィンの長剣もいざという時、両手持ち出来るように柄を特注していた。

 キボウは愛剣同様に長剣を両手で持ち、中段に構えて相対する。


 魔術師も杖の中程を左手で持ち、戦闘態勢を整えた。

 ……距離は大股で五歩。会話こそ出来る距離だが、剣士としては面倒な立ち位置だ。飛び掛かるにはやや遠い。あと少し、間合を詰めたい。


 あしで近付こうとした矢先──


「剣士ってのは不便なものだな」


 ──ハインラインは無造作に後方へ跳躍すると着地を待たず、空間にけるように消え去ってしまった……!


 だが、この場から去った訳ではない。最初と同じように姿を消したのだ。


『……またそれか』


 ──しかし、対処法はつかんでいる。

 あの透明化は視覚の阻害そがいだけでなく気配、足音のようなものまで遮断しゃだんしているが、完璧ではない。その証拠に時間の経過で術は破綻はたんし、ほころびが見え始めるのだ。


 手品も種が分かってしまえば、位置を割り出すのは造作もない。

 キボウは迷いなく、一直線に突進する!


 振りかぶった剣を一閃すると、辛くも杖で受け流すハインラインが姿を現した!


「なんだ、もう対応したのか? 予想より早いじゃないか。なら、これなら──」


 魔術師は隙をついてキボウの腹を蹴り、距離を離すとまたもや隠れる。

 だが、今度は透明になった瞬間、完全に見失ってしまった。


(どういう理屈だ……?)


 前方、左右。そして、後方。周囲を見回しながら探る。

 ……少し手こずったが、どうということはない。空間の綻びをとらえた!


 キボウがそちらに向かって斬りかかろうとした直前──

 何を思ったのか、魔術師は自ら姿を現し、


「成る程……見破れるようにはなったが対処としては及第点だ。目に頼るだけじゃ、まだまだだな。いい機会だ、お前に学ばせてやるよ」


『……何?』


「あの姿を隠す魔法は"隠形"インビジブルと言ってな。魔法使いにとっては高等なだが、俺にとってはに属する魔法障壁のひとつだ」


 ハインラインは解説する。


「この違い、門外漢もんがいかんには分からないだろうが、重要な意味を持つ。魔法使いは原則、一度に一つの魔法しか使えない。補助魔法として魔法障壁を使っていたなら魔法障壁を維持する限り、他の魔法を使う事が出来ない──ということだ」


『しかし、付与魔法であれば──』


「……そう。付与魔法であれば話は別だ。例えば外套マントや帽子、衣服などに魔法を付与すれば魔法は効果を発揮しつつ、魔法使いは次の魔法を使うことが出来るんだ。俺のような高等な魔術師ともなれば、結界じみた付与魔法を幾重いくえにも張り巡らし、状況に応じて張り替えつつ、魔法を使って攻撃する事が可能だ」


 ──外套マント。帽子。衣服。キボウは魔術師をにらんだ。

 彼の言葉がまったくの出まかせでなければ、最大三種の魔法で防御していることになる。


(だが、それがどうした)


 一旦、切り結んだ以上は勝ち目が薄かろうが命がけになろうが、関係ない。斬って捨てるまで挑み続けるだけだ。彼の闘志はえず、ハインラインを見据みすえる。


「……根性でどうにかなるほど容易たやすい相手じゃないんだがね。身体能力と勘だけじゃ世界を救えないと言ってるんだ。要はそれ以外の力の使い方を覚えろって話さ」


『なんだと?』

「お前の底力が見たいのさ」


 そう言って、ハインラインは不敵に笑った。




*****


<続く>


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