5.「旅は始まったばかり」
……血を拭った
頭部を怪我したらしく、話によればそれは応急処置で塞いで貰ったということだ。
傷口周辺に痛みはあるが安静にしていれば我慢は出来る。耳はいいらしく、その後の会話は大体聞こえていたらしい。
だから、得体のしれない魔術師が近寄って話しかけても彼女は驚かず、抵抗せずに治療を受け入れた。
*
「……どうだい? まだ痛みはあるかい?」
異形の瞳を閉じたまま、ハインラインは彼女に尋ねる。
「いえ、御蔭様で軽快しました。一応、貴方にお礼は言うべきでしょうね。有り難うございました」
上半身を起こしてから、まずは彼に礼を言った。
魔術師の被った帽子のつばを少しだけ下げる。
「どういたしまして。しかし、受け入れながらも
「……私に何か細工したのですか?」
「それでは契約違反になる、取引は成立しないよ。……俺は約束を破られない限り、約束を破ることはしない」
「だったら別に──」
「それでも、だ。分厚い山脈の向こう側じゃ大魔孔から生まれた魔物が混在種に統率されて人間相手に
「貴方は一体何者なんですか?」
「難しいことを聞くね……」
ハインラインは苦笑する。そして、続けた。
「しかし、いい質問だ……俺は今でこそ魔人という混在種だが、生前は誰の味方でもなく、それ故、常に誰かの敵だった。最終的には全てを敵に回してしまったが、その人生に後悔はない。そして、今世もその生き方を変えるつもりはない。人の味方でもなければ魔物の味方でもない。君の口から彼らに伝えておいてくれ、だからこそ俺は話の通じる男だとね」
そう言って帽子のつばをさらに下げると、表情はもう
言いたいことを言って満足したのか、魔術師はここから去る。
遠くからこちらに歩いてくる彼らに挨拶もなしに──
*
……あれから彼らはラフーロの王都へと取って返し、彼女の村と
二人は二階に別々の部屋を借りていた。
部屋の前まで来て、入室しようとしているキボウをローウィンが呼び止める。
「──旦那」
『……なんだ?』
「東へ行く。当初の目的からぶれずに一貫しているのは分かるよ」
──ラフーロの東には、かつて小さな国があった。
その名をスフリンク。大国に挟まれた小国で海に面した南部に王都を築いていた。
だが、三年前のある日──突如として飛来した巨大な
竜が飛び去ったあと、逃げ延びていた人々が戻り、王都を再建しようとしたが……竜によって開かれてしまった魔孔は既に大魔孔に匹敵するほどの規模で大量の魔物がそこら中を
──そして現在では浅く広く白砂が渦巻く魔孔の中心に、
「旦那の目的が魔孔……大魔孔を潰すこと。それが使命だってのも分かる」
『それがどうした?』
「……だから、敢えて言うけど俺は時期尚早だと思う」
聞き入れられるかはともかくとして、ローウィンは率直に提言した。
キボウは部屋の扉を開けようとしていた手を離し、ローウィンに向き直って真意を探る。
『どういう意味だ?』
「目的がスフリンクの魔孔を潰す事なら、俺はまだ力不足だと思ってる」
『……俺が、か?』
「そうだよ。もしも、噂に聞くスフリンクの主がその通りなら俺たちにはあれを倒す決め手がない」
まるで見てきたかのように、ローウィンは彼に語った。
キボウは即答しなかった。逡巡したかのような沈黙の後──
『だから、今は見逃せと言うのか? 聞けない相談だな』
「確かに、旦那の力なら……無策で突っ込んで場当たり的に戦っても、もしかしたら勝っちまうかもしれない。けど、先を
『……何が言いたい?』
「俺達には仲間が必要だ。神官か、魔法使いか。最低でも一人は。仲間に加えてからスフリンクの攻略にかかっても遅くないと俺は思う」
『だが、仲間のあてはあるか?』
「残念ながら。だけど、これからでも
『──昼間の話か?』
ローウィンは頷いた。昼間、二人が助けた一団はラフーロの王都カッセルから東に進んだ旧スフリンク国との国境に近い村……デーツから来ていたという。
デーツの村から王都に物資を輸送中、魔物に襲われたのだ。
その後、即席の護衛として二人が同行し、神殿へ送り届けたという
生き残った彼女は経過観察もあり、翌日まで神殿の世話になるという話になった。
死体だった三人の若者も死にたてであり、日頃の行いが悪くなければ息を吹き返すだろう、と応対した神官は冗談交じりに
……そして、キボウの言う昼間の話とは「帰りの護衛も引き受けてくれないか?」という彼女からの申し出である。
「旦那。これは今から三年くらい前の話だ……スフリンクが王都のみならず、主要な街全てが竜の力によって壊滅し、路頭に迷った難民が東西の隣国に押しかけたんだ。スフリンクに近い
『それが?』
「……そんな時、村に住んでいた少女が神から啓示を受けたそうだ。彼女は手始めに枯れてしまった古井戸に
『その少女が村と
「ああ。だけど、それだけじゃない」
『……まだあるのか?』
キボウの問いかけにローウィンはもう一度頷いて、話を続ける。
「スフリンクからやってきた難民の中に魔術師が一人いたのさ。エルナって名の元は貴族の令嬢で、昔に魔法留学をしていたらしい。王都陥落後に修行し直して、今じゃ結構な使い手なんだそうだ。彼女もその村を拠点にしている」
『それが……神官と魔法使い、か』
「気味が悪いように繋がっているが、運命と言うなら悪くない。そう思わないか?」
『物は言いようだな……』
「旦那には精霊の導きがあるんだろう? 無粋なこと言うなよ」
ローウィンはそう言って笑いかけた。キボウも小さく笑って応じた。
*
──翌日。二人は街の神殿に出向いた。
ローウィンが保留にしておいた回答を彼女らに告げるためだ。
二人は用心棒の仕事を引き受け、対価として村への滞在と
平和な時分であれば金のやり取りだけで済むが、時世柄、そうはいかないのが実に面倒であった。
……そして、二人を含めた一団は村へ既に移動中。
その道中、二人は幌馬車の最後尾で向かい合うように座っていた。
「一日潰したが、結果的に馬車で楽々と移動だ。村にだって一日は早く着く」
やや荒れた土の道を偶に揺られながら眺めている。
後ろに座するのは何かあった時の為、すぐに飛び出して対処する為でもある。
『──ローウィン』
「……なんだい?」
片膝を立てて座るキボウは鞘に納めた両手剣を肩に立てかけるように抱えていた。
『俺の剣でお前の言う怪物とやらは、本気で斬れないと思うか?』
彼の言う怪物とは王都スフリンクの魔孔に主として君臨する蛸の魔物に
同一個体か知らないが、ローウィンにとっては因縁浅からぬ魔物である。
「何より旦那の使う剣が証拠だよ。実際に
──それとも、他に何か切り札でもあるかい? ローウィンに逆に問いかけられ、キボウは押し黙った。
(切り札、か……)
弱点を補う為に、もしくは自らが至らぬ点を補強する為に仲間を
キボウとローウィン、それぞれ考えは擦れ違いながらも馬車は順調に進んでいた。
ラフーロ王国の東の村、デーツへ──
*****
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