ポチのいたころ

おこあ

ポチのいたころ

ポチが死んだ。

冬の寒い日だった。

ポチは今では珍しい外にあるアルゼンチンの太陽が描いてある小屋で死んでいた。


ポチが来たのは僕が小5だった頃で、母さんが向かいのおじさんの犬「ハスオ」が産んだ子犬を無理矢理押し付けられたのだ。

僕と妹は大喜びしたけどお父さんの怒る顔も浮かんだ。


お父さんは市内の中学校の数学教師で寡黙で真面目だけど自分のクラスの生徒にもろくに名前を覚えて貰えない不人気ぶりだった。

家では母さんに強く当たり、僕らとは滅多に口も聞かなかった。


そんなだから、その頃は軽い家庭崩壊の真っ最中だった。

しかし、ポチを見たお父さんは不安とは裏腹に「お」と言うだけだった。


その日以降、父さんは人が変わった様にポチに好かれようと率先して世話をしたり家中を四つ足で駆け回っていた。

仕舞いには僕らが喧嘩をすると「ポチの前でそれはケンアクだぞー」とダジャレを言ったりした。

とても見ていられなかったけど、ポチのお陰で家族がまた一つになった。


ポチの安らかな顔を見て各々泣いた。

ポチを庭に埋めた。

その前で僕らは黙って口を聞かなかった。

黙り続けるみんなを見て、僕はふとポチの居なかったあの頃に戻るのかと思った。

ポチの小屋の半笑いの太陽が酷く憎らしく見えた。

描いたのは自分だった。


すると父さんがぼそりと

「・・・だぞ」


僕はびくりとして父さんを見た。

「なに?父さん?」

妹が言った。


「ポチの前でケンアクだぞ、みんな。」

父さんはそう言ってぼろぼろと泣き出した。

僕らは顔を見合わせて少し笑った。


「もう、父さんも泣かないの。二人より泣いてどうするのよ。」

母さんも泣き出した。


ポチが居なくなっても僕らはあの頃には戻らない。

澄んだ空で笑う太陽に照らされた僕らにケンアクな空気などこれっポッチも無いのだ。

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