第5話

「あ、あれ、もしかしてボス部屋じゃないか?」


 ハンターの一人がそう声を上げる。ハンターの指差す方角を全員が見ると、そこには大きな扉があった。

 

 ダンジョンには必ず一体、ボスとよばれるダンジョン内最強の魔物が存在する。ボスはボス部屋と呼ばれる、大きな扉の奥にある空間で待ち構えている。このボスを討伐すると、討伐から3時間以内にダンジョンが崩れる。


 ダンジョンブレイクと呼ばれる、魔物がダンジョンの外に出て来る現象を防ぐために、ハンターは基本的にはボスを倒すことが義務付けられている。

 

 ダンジョンブレイクは、ダンジョン発生から――ダンジョンごとの個体差はあるが――約1週間ほどで起きる。ダンジョンブレイクが起こる前にハンターはボスを倒すのだ。


「どうやら、本当にボス部屋の様だな。よし。皆さん、これからこのボス部屋の中にいる魔物を討伐しに行きたいと思います。皆さん準備はいいですか?」


 リーダーの木島が呼びかける。それに対し、他のハンターたちは皆一斉に頷く。拓哉もボス討伐に異論はないため、他のハンターたち同様にうなずいた。


「それでは、侵入しましょう」


 木島はそう言うと、扉の前まで歩いていき、両手をかけた。そして、力を込めて巨大な扉を開けた。


 ギギギギギ…

 ゴゴゴゴゴッ


 腹に響く大きな音と共に、ボス部屋の扉が開かれた。


「あれ?ボスはどこにいるんだ?」


 ボス部屋に入って早々、パーティの一人である、高山という男が声を上げる。高山の言う通り、ボスの姿が見当たらない。なんなら何もない。


 今回のボス部屋は広く、比較的明るい。しかし、その中には生き物が一匹も見当たらない。それどころか、ボス部屋の壁にかかっている松明以外何もない。こんなボス部屋は初めてだ、と拓哉は思う。


「なんだよー。緊張して損しt…」


 突然、ボス部屋の中心へと足を運びながら愚痴を漏らしていた高山の頭が吹き飛んだ。


「え?」


 突然、本当に突然、高山の頭が吹き飛んだ事に、ハンターたちは驚きの声を上げる。そしてさらに驚きを隠せないハンターたちの頭が次々と吹き飛んでいった。


「なっ…!?」


 次々に死んでゆくハンターたちを目にした拓哉は驚きでいっぱいだった。


――どういうことだ?何が起きた?もしかして、ボスの仕業なのか?だとしたらいったいどこに…?


「た、拓哉さん、は、早く、早くこの場から逃げよう!」


 坂本が拓哉に向かってそう言う。そして背を向けてあの大きな扉に向かって駆け出した。それを見た他のハンターたちも一目散に扉に駆けだしていく。しかし――彼らの望みはかなわず、あっという間に殺された。


「ど、どこにいる!早く出てこい!」


 恐怖に足が震えながらも、拓哉は声を上げる。拓哉はE級ハンターだ。いままでE級ダンジョンにしか潜ったことが無い。そんな人間がいきなりこんな窮地に立たされているのだ。周りの人間は皆全滅。残るは拓哉ただ一人。絶望できな状況に失禁していないだけまだマシだろう。


「早く出てこい!」


 懸命に拓哉は声を張り上げる。すると、その呼びかけに応じたのか、突然ボス部屋の中心に人型の魔物が出現した。その魔物は黒い甲冑を身にまとった、まるで騎士の様な魔物だった。


「お、お前がボスか」

 

 拓哉はつぶやく。その魔物からはとんでもない殺気が漏れている。また、それと同時に感じるのは圧倒的強者のオーラ。E級ハンターの拓哉にはどうする事も出来ないだろう。


「終わった…」


 拓哉は乾いた笑い声を上げながらその場で膝をついた。家族のために今まで頑張ってきたが、どうやらここまでの様だ。このD級ダンジョンボスとは思えないほど異常なオーラを持つこの騎士に瞬殺されてしまうのだろう。


 拓哉は家族のことを思い浮かべながらふと手元を見た。そこには仄かに光り輝く、5つの指輪がはめられていた。


 拓哉は立ち上がった。ボス部屋に辿り着くまで何もしなかったのと、恐怖の手前、すっかり忘れていたが、拓哉は契約の指輪をはめているのだ。E級とは言え度、それなりの力は持っているだろう。ならば一か八かかけて見るのも悪くない。


「うおおおおお!」


 雄たけびと共に、拓哉は騎士に向かってとびかかろうとして急停止した。突然騎士がひざまずいたのだ。そして騎士はこう言った。


「神よ。お帰りなさいませ」

「へ?」


 突然の出来事に、拓哉は気の抜けた返事を返したのだった。


◇◆◇◆


 それから小一時間。拓哉は騎士の魔物——エクイテスの話を聞いていた。


 エクイテスの話によると今から約3000年前。この世界には神というものがいたという。ダンジョンというものも3000年前に神が作ったようだ。しかしダンジョンの存在が確認されたのは、わずか30年前。その間はいったいどこにダンジョンがあったのだろうか?

 

 彼は元々神に仕える守護騎士だったようだ。しかし、神は徐々に力を失っていった。そこで、次世代へと神の力を継承するために神は契約の指輪を作り上げたという。そしてその後継者として選ばれたのが拓哉の様だ。


 なぜ拓哉が選ばれたのかは、エクイテスには分からないという。しかし、契約の指輪を手にした拓哉は、うまく指輪の力を使いこなすことが出来れば全力のエクイテスをいとも簡単に倒すことのできる力があるそうだ。


 エクイテスの使命は神の後継者の守護騎士となる事。故にこれからは拓哉に仕えるという。


「そうは言ってもな。お前の姿を他の人に見られるわけにもいかないんだよな」

「ご安心を。先ほど行った透明化インビジブルを使う事で私の姿は他人から見えないようにすることが出来ます」

「そうか。ならいい」


 それにしても、と拓哉は思う。エクイテスのせいで死んでいった人たちをどうすればいいのか分からない。正直悲しいとかいう感情は全くない。坂本だけは例外だが、全員初対面の人間なのだ。悲しみの情が沸いてくるはずもない。このまま放っておいてもいいかな、と思ったがさすがにそれは礼儀的にも良くないだろう。


「なあ、エクイテス。彼らはいったいどうすればいいと思う?」


 拓哉がエクイテスに問いかけると、彼は初めてビクッと体を震わせ動揺した。


「そ、その。た、大変申し訳ございませんでした。よもや神のお仲間だとは思わず…」

「それはいいんだが…いや、よくは無いが。とにかく、この死体をどう処理したらいいと思う?」

「ご所望でしたら私が燃やしますが」

「ならそれでいい。よろしく頼んだ」

「御意」


 エクイテスはうなずくと、死体を1カ所に集め始めた。そして掌を前に構え、火球を出現させると、死体に放った。


「お前、無詠唱で魔法を撃つことが出来るのか?」

「?はい。普通に魔法を使っただけですが?」

「いやいや。無詠唱は普通じゃないぞ?普通はみんな詠唱をするものだ」

「詠唱、とは?」


 まじか。と思いながら拓哉はエクイテスに詠唱について教え始めた。

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