第120話 本当に辛すぎて、色々行動に疲労の兆候が出てきてしまってるんだけど。



 とにかく、素材を見つけないと始まらない。

 ……でも満身創痍のまま初見のダンジョンに行くのはいくらなんでも俺には無理だ。

 

 だって死にたくないし。


 これを為出かした沙耶は絶対にボコる。

 沙耶にはこの気持ちが分からないだろうな……

 あいつはさっき自分も試しに死んだって言ってが、きっと苦しくもリスクもない方法があったに違いない。

 だからループ死も避けたのだろう。

 あの苦しみを味わってあんなことを言っていたなら軽く恐怖だ。


「実際にループ死を経験してない奴には分からないんだろうな……」


 あ、ヤベ。

 何だよ、この人生の先輩ですよ感のあるセリフはよぉ!

 めっちゃイタいだろ……聞かれてたらやばい、死ぬ。

 でも、沙耶に対してイラついてたから仕方ないし……

 それにまだ聞かれてないかもしれないし。


[スキル『生死反芻』を獲得しました。]

 

 ……はぁ。


「唐突に何ですか?」


 ……あ、やっぱり聞こえちゃってたか……

 誰にも聞かせたく無かったのに。

 本当に何してるんだろ。頭おかしくなっちゃったかな。

 今更だな。もう頭狂い切ってたわ。

 これ何回目だ?


[スキル『反芻思考レベル1』を獲得しました。]


 ……はぁぁ。


「いや、別にこっちの話だから」


「……念話が口に出たみたいなことでしょうか」


「まぁそんな感じ……えっと、ところで精霊さんたちの治療ってもう終わったの?」


 なんとか誤魔化せて良かった。

 “思考が口に出てました”ってことがバレたら恥ずかしくて死ぬ自信がある。


[スキル『恥死強制レベル1』を獲得しました。]


 ……はぁぁぁ。


「まぁ、はい。治療と言っても応急処置なので少しの間しか凌げませんけど」


「それでも十分すごいって。ありがとう」


「……こちらこそありがとうございます?」


 なぜに疑問形? と一瞬思ったが、女子はどこをついたら地雷になるのか分からないから、今は心の中に仕舞う事にする。

 もちろん、これが沙耶ならばそんなことは気にしないが。

 昔の暴走前の沙耶に戻って欲しい。

 存在自体が地雷な沙耶と関わっているとロクなことにならないし。


[スキル『地雷精神化レベル1』を獲得しました。]


 ……ふぅーーはぁーー。

 昔に戻らないまでももう少し、せめて小学校高学年くらいの自重心と協調性を持って欲しい。


 いつの間にか沙耶の愚痴に思考がシフトしていた。

 このまま愚痴を永遠と口走るところだった。

 セーフ……あれ、そう言えば最近独り言増えたよな。

 もしかして、俺このまま独り言めっちゃ多くなったりするのか?

 そうだったらめっちゃ困るんだけど。


[スキル『単独会話』を獲得しました。]


 ……あのさ、ここまで大人しくしてたんだからもうちょっと大人しくしておこうよ。

 まあここまでっていうかさっきもうるさかったけどさ?

 さっき見逃してあげたっていうのに。

 せっかく一段落……ついてなかったわ。

 けど今やってくるのも十分におかしいよなぁ?

 まだ人が何かをしてるのに獲得、獲得って……


「ホントうっさい……」


「どうかしたんですか?」


「えっと、まあ……」


「……あ、大体分かりました。取り敢えずなんとか頑張ってください」


「え? あ、そう?」


 もしかして思考読まれたか?

 そしたらさっきのもバレたということか?

 あの厨二的な発言がか?

 ……あ、ヤバい。めっちゃ死にたい。

 でももしかしたらバレてないって線もあるよな。

 今これ言ったらそうだとしても勘付かれる……よし、なんとか口に出ずに済んだ。良かった……

 でもやっぱり勘付かれてるのかも……死にたい。


[マスターの発言には死への欲求がありませんが、何かのコントでしょうか?]


 叡智もかよ…… 変なこと聞いてくんじゃねえよ……

 ただの比喩じゃんか。

 通知と叡智の精神負荷コンビが虐めてくる。

 いつものことでも、満身創痍にこれはキツイって。

 

「……次はあなたの右手を治療したいのですがよろしいですか?」


「あ、ハイ」


 そういえば俺の右手もだったな。

 マジでどうしよう。俺の利き手、右手なのに。

 怒りで今まで忘れてたけど、本当にどうしてくれるんだよ。

 

 こんな満身創痍で家に帰ったらきっと何か言われる日がいない。

 何日家に帰れないんだ……

 教科書は今まで魔法とかスキルで遠隔的に持ってきてたもんな……親に会いたくない。

 前の世界転移のときは、珍しく叡智が俺のコピーを配置するとかいう有能行動を取ってくれていた。

 でもここ数日は帰れていないハズだ。

 

 そんな家出みたいな状況だ。

 このままだと親になんて言われるか……想像するだけで寒気がする。

 でもこれ以上家に帰るのを先延ばしにしてはいけない。

 その方が逆効果になる可能性が高い。

 どっちにしろ多分相当酷い目に遭う。

 具体的には家の中での待遇がもっと悪くなるだろう。

 でも早いほうがマシなのは流石に俺も分かる。


「すみません……他の皆さんよりも患部が酷いのでしばらくかかりそうです」


「そのくらいなら気にしないから。ありがとう。それでさ、えっと、羽澄さん、そろそろ敬語やめてもいいよ。精霊たちも寝てるっぽいし」


「……そうですね。そうしましょうか。人格模倣トレース解除。」


「トレース解除?」


 トレースってなんだトレースって。


[スキル『人格模倣トレース』を獲得しました。]


 ……スキルなのか。

 なんで? あとうっさい。マジでお前は黙れ通知。


「やっぱり気になるよね。あれが私の素じゃないんだよ。前世の私を真似してるだけだし」


「あ、そうなんだ……知らなかった」


 スキルで模倣してたってことか。

 あれ、いつそんなことしてたんだ?

 それに覚醒中と何が違うのか、よく分からないけど。

 まあそういうことなんだろう。解説されたくないし、納得しておこう。


[人格模倣は擬似的な覚醒状態であり、本来の力を完全には引き出せていません。それに実際の覚醒状態では記憶と性格が完全に全盛期の状態と同じになります。]


 そ、そう……叡智、お前もう俺が命令するまで解説すんな。マジで疲れる。


「本当に疲れたよ……知らない誰かの記憶を読み取ってそれに成り切るんだよ? 正直恥ずかし過ぎたし、もう二度とやりたくない」


「そっか、羽澄さんも相当大変だったんだ」


「うん……あ、突然で悪いけど話変えていい? 聞きたいことがあって……」


 そんな急に聞きたいことでもできたのだろうか?

 だからといってわざわざ聞かなくても良いのに。

 いきなり聞いても良いと思うけど。

 そういうところ律儀だな……


「別に構わないよ」


「じゃあ遠慮なく、三倉さんっていつもああなの?」


「そうだな、魔法使えるようになってからはずっとあんな感じだし、本当に嫌になるよ」


「それは……大変だね」


「そっちもでしょ。そういえばさ、羽澄さん最初は魔法とか信じられなくてよく気絶してたけどもう大丈夫なの?」


「うーん……突然生えてきた記憶のお陰? で許容できるようになったし、使えるようにもなったけど……まぁまだ慣れないかな。今でもあまり信じたくないし……」


 そっか。完全に記憶が自分のものって認識してないもんな。だったらそれだけで完全に順応できないわな。

 至って普通の感性だと思う。

 そう、これが普通の感性のハズだ。


 沙耶は……うん。

 あまり考えたくない。


 その後、しばらく互いにグチを言い合った。

 すごいスッキリした。とても有意義な時間だったと思う。


「はい、応急処置はひとまずは終わったよ。でもまた半日後には仮治療しないと元に戻るから明日も治療は必要だと思う」


「ありがとう。本当に助かった。それじゃあまた明日」


「そうだね、また明日」


 ……せっかくいい感じだったけど、俺は今から家に帰らなければならない。

 やっぱり帰りたくないな……


――パンッ


 俺は自分の顔を思いっ切り叩いた。


 今先延ばしにしても仕方ない。

 甘んじて受け入れよう。

 ……どこまでも最悪な気分だけど、親に向き合おう。


 そうして俺は嫌々、魔境に帰ることにするのだった。

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