11 正しい力の使い方 (シャーリン)

 シャーリンは期待を込めてカレンを見つめた。

 両手をしっかりと組み合わせたカレンは、目をつむって何か思い出そうとしているようだったが、諦めたように何度か頭を振ったあと目をあけた。


 その時、先ほどから聞こえていた音楽がぴたりとやんだ。

 次の瞬間、扉を打ちつけるドーンという音が廊下に響き渡り、全員がその場に凍りついた。


「曲がり角の向こうまで下がって」


 手を振りながらすばやくささやいた。


「急いで」


 全員がさっと移動した。

 遠くで男の声がする。


「何だ、あの音は? あいつは何をやってるんだ?」


 こちらに向かってくる足音が聞こえた。

 まだウィルの手の上にあった衝撃銃を取り上げると、黙ってカレンに差し出した。

 シャーリンと場所を入れ代わったカレンはロープを床に置いた。手にした銃を曲がり角に向けて待つ。

 

 すぐに、男が角を曲がってきて、三人に気がつくやいなや、さっと腰に手を伸ばしながら飛びかかってきた。動きがめちゃくちゃ速い。

 カレンが衝撃銃を男に向けて操作したが、男は口を開きかけたままの状態で、こっちに向かって飛んできた。


 カレンがさっと男をかわすのが見えたと同時に、その男が後ろにいたシャーリンに激突した。避ける間もなく、もつれ合ってその場に倒れた。




「ごめんなさい」


 上からカレンのかすれ声がした。

 シャーリンは男を押しのけると立ち上がった。


「こいつよ、わたしのペンダントを取り上げたやつ」


 男を転がして仰向けにすると、ベストやズボンのポケットに手を突っ込み探り始めた。


「おっと、鍵よ」


 カレンに向かって戦利品を振った。でも他には何も持っていない。




 ウィルは曲がり角から向こう側をのぞき見ていたが、振り返って首を横に振った。

 カレンに近づいてささやく。


「もうひとりは?」

「さっきの部屋の中だと思う」


 カレンはそう答えたものの自信なさそうだった。そのもうひとりが今の騒ぎに気づかないはずがない。

 床に落ちていた衝撃銃を拾った。カレンがやったように設定を確認して変更し、廊下を走り出す。ウィルとカレンも続いた。


 扉の開いている大きな部屋に駆け込んだシャーリンは、銃を掲げると標的を求めて体をぐるっと回した。誰もいない。もうひとりがいない。

 どこに行った?


 後ろに続いてきたカレンは、部屋の真ん中に立ち止まった。ちょっと考え込んだ表情をしていたが、机の上にあった音楽装置を見てスイッチを入れる。

 再び、騒々しい曲が響き渡った。

 カレンは部屋を出て左のさらに奥にゆっくり進んだ。そのあとについて行く。カレンが細い扉を指していた。


 そこには、おそらく閑所かと思われる小部屋があった。

 ははん、この中ね。カレンがうなずくのを見た。

 銃を低く構えながら扉に向かって進んだ。




 突然、その扉がパッと開き、もうひとりの男が突進してきた。

 慌てて、銃を操作したが、勢いよく飛びかかってきた男を避ける間もなく、相手を受け止めるように折り重なって倒れた。またもや、背中と腕を床に打ちつけてしまった。

 シャーリンは、毒づきながら気を失った男を脇に転がして起き上がった。


「まったく、どいつもこいつも、わたしを押し倒すってどういうことよ?」


 後ろからウィルが意見を述べた。


「別にこいつらがシャーリンさまに気があるとは思いませんけど。いくら魅力的な姫君だとしても」


 振り返ってウィルを睨みつける。もう、いたるところが痛む。きっと全身があざだらけだわ。


「さ、このふたりを部屋に閉じ込めるわよ。確か、廊下の途中に錠のついた扉がいくつかあったと思う。すまないけど運んでくれる? わたしにはもう無理」


 その場にへたり込んだ。




 ウィルとカレンは男の腕をつかむと、廊下をずるずると引きずっていき、差し金のついている部屋の前に運んだ。

 一つめの部屋をあけて、ふたりが中に入っていった。


「シャル、この部屋」


 カレンの驚いた声に、慌てて立ち上がる。部屋に入ると、垂れ下がった窓の格子をカレンが見つめていた。

 ああ、最初に閉じ込められた場所だ。なんかもう、ずいぶん前のことのように思えた。


 ウィルは、部屋の真ん中の溶けた床とその周りに大きく広がる茶色いしみを気持ち悪そうに見ていた。

 血のあと。

 あれ? こんなに出血したっけ? あらためて両手を調べて顔をしかめた。また、血がにじみ出ている。


「それはわたしの血よ」


 けっこう血を失ったのかも。力が出ないし、やけに疲れるのはそのせい?

 そばの床に落ちていた金属の棒を拾い上げた。血のりがついた先端のとがり具合をしげしげと見る。そのあと、開いたままの窓から暗闇に向かって放り投げた。


「隣の部屋にしましょ」




 ふたりを縛って別々の部屋に閉じ込めたあとも、相変わらず奥の部屋からはドスンドスンという音が続いている。

 カレンがそちらを見てもっともな感想を述べた。


「あの差し金じゃ、あの人の攻撃に耐えられないのじゃないかしら? そのうち壊れるに違いないわ」

「そうね。ちゃんと眠らせてあげたほうがいいわね」


 衝撃銃を部屋の入り口に向けると、ウィルに手で合図した。

 音がやんだすきを見計らって、彼が差し金をさっとスライドさせる。

 次の瞬間、男がけった勢いで扉が手前にぱっと開いた。大男は、床に転がった状態で足を宙に振り上げている。


 男に気がつくすきを与えず、一発お見舞いした。中に入って、男の首筋に銃を直接当ててさらに二回操作する。

 びくんびくんと激しくけいれんした体が勢いよく反り返ったあと静かになった。


「わたしを押し倒した罰よ」


 これだけ浴びせれば、目覚めたあとは激しい頭痛と吐き気がするでしょうよ。当然の報いよ。




 曲がりかけている差し金を眺めた。


「どうせ、目が覚めたらまた扉を蹴破ろうとするんだろうから、対策をしなきゃ。もう一度カルの手を借りたいんだけど」

「そうね。それがいいわ」


 カレンはウィルのほうを向いた。


「ウィル、お願いがあるの。さっきの部屋に戻って、わたしたちのレンダーを探してくれる?」


 衝撃銃を差し出して続けた。


「きっとあの部屋にあると思うの」

「わかりました。先に行って探しておきます」




 ウィルが素直に銃を構えて走っていくのを見届けると、カレンが尋ねた。


「どうやるの?」

「その差し金を扉にくっつけちゃおうかと」


 持っていた銃を床に置くと、右手をカレンに差し出した。

 カレンがシャーリンの手首を握ってうなずくと、シャーリンは左手を扉のふちに向けた。


 すぐに、激しい光に加えて煙がもうもうと沸き上がり、その向こうに、差し金が溶けて扉と枠に一体化していくのがかすかに見えた。

 ロープを切ったときとはまるで違うこの感触。すごい。レンダーを全部つけているときと同じように使える。これは単に、足と手の違いなのだろうか。それにしては……。


 扉の上下に沿って動かしていた手を止めて腕を下ろす。できばえに満足して眺めた。

 これが攻撃作用のまっとうな使い方よ。

 つんとする煙を大量に吸ってしばし咳き込んだあと、しゃがれ声を出した。


「なかなかうまいでしょ。わたし、建造技師になれるんじゃない? さ、あっちの部屋もよ」


 横を向くと、煙に包まれたカレンが、もう一方の手で鼻と口をしっかりと押さえながら、非難がましい目つきでこちらを見ていた。

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