12 おなかがすいた (シャーリン)
シャーリンがカレンとともに先ほどの部屋に戻ると、ウィルが所在なさそうに、壁に並んだ棚をぼんやりと見ていた。
「ウィル、見つかった?」
「シャーリンさま、この部屋には見当たらないようです。どこか違うところでは?」
「ほかの部屋は全部、さっきのみたいに使われてないんじゃないかなー」
部屋の真ん中で体をぐるっと回して、たくさん並んでいる棚に目を走らせた。
「隅々まで全部探した?」
「ほら、そんなに探すところはないんです。引き出しつきの机がいくつかと、壁際にずらっと並んだ棚しかないでしょう」
「うーん、確かに。カル、どう思う? あの作用者たちが持っていってしまったのかな?」
カレンも目をきょろきょろさせていたが、静かに言った。
「シャル、そっちの壁を見て」
彼女は左奥の壁を指差した。
「そうか。ここだけ、棚が置かれてない、ってことは……」
その壁に駆け寄ると、白い壁に手を滑らせたり叩いたりして調べ始めた。カレンも加わった。
確かに中が空洞になっている。でも、表面は真っ平らでとっかかりが何もない。よく調べると、縦にごくわずかなすき間が何箇所かあるのを発見した。
一歩下がって壁を検分した。これは隠し扉に違いない。
「ここに扉があると思う。どうやって開くのかな?」
さらに表面を注意深く撫でると、いくつか表面の感じが違うところを発見した。いろいろな角度から眺めてみると、こすれたような丸い部分も見つけた。
「ここに、何かわからないけど丸い跡がある」
独り言のように言うと、その言葉を聞きつけたのか、ウィルが近寄ってきた。
「見せてください」
彼は、その丸い傷跡のようなものをさわって調べた。
「これって、電磁フッカーを当てた跡かも」
「何それ?」
「そういえば、どこかの引き出しにありました」
ウィルは興奮すると、机の引き出しを片っ端からあけ始めたが、すぐに叫んだ。
「ほら、ありました。これです」
細長い円筒状のハンドルをこれ見よがしに持ち上げた。
「それ、どう使うの?」
「これで、扉の内側に仕込まれた差し金を動かして、固定を解除するんです。問題は、当てる場所とどう動かすかが、わからないとだめってこと。当てる場所はわかったので、これが金庫でなければ、単純な操作で開くはずです」
ウィルは、ハンドルを先ほどの丸い跡に当てて側面のボタンを押すと、縦横に動かし始めた。しばらく、表面をなぞったあと、カッチンという音が聞こえた。
そのまま、別の傷跡にハンドルを押し当てると、ボタンを操作して手前に引いた。すると、引っ張られた扉が音もなく開いた。
「すごい。ウィル。やったじゃない。どこで金庫破りを覚えたの?」
「え? これは全然、金庫なんかじゃありませんよ。けど、そのう、姉さんから」
ウィルの声が小さくなった。
「うーん、さすがはフェリ。こういうことにはやたら詳しいんだよね」
「ウィル、よくやったわ。ほら、ここに引き出しがある。シャル、さっきの鍵を出して」
鍵を渡すと、カレンは鍵穴に慎重に差し込んだ。すぐに、引き出しがぱちんと手前に開いた。
「黒い巾着が二つ。きっとこれね。全部あるかしら?」
カレンは机の上に中身を慎重に広げた。
「よかったー」
自分のペンダントを持ち上げると、うっすらと青色に光り始めるのを眺めた。銀で縁取りされた半透明の表面に現れた複雑な幾何学模様を、いとおしむように指でそーっと撫でる。
「カルのも全部ある?」
「うん」
カレンは、二つの複雑な形の輪郭を持つ白銀色のリングを通した、変わった形のペンダントを持ち上げた。
手でそっと包み込み、何かを思い出すかのように、しばらくじっとしていた。
あのペンダントは、カレンがロイスにやって来たときに、身につけていた唯一のものだ。
ほかのレンダーは、腕輪も指輪も持っていなかった。普通、作用者はいくつものレンダーを身につけるのに。
そもそもあれはレンダーなのかな?
どっちにしても、きっと、カレンに合わせてあるはずだから、彼女の親が作らせたものに違いないわ。
たぶん、わたしのペンダントのように特別なものよね。
気がつくと、カレンはすでにほかのレンダーも身につけ、長い髪を振ってきれいに整えていた。
シャーリンは、急いで自分の指輪と腕輪をはめ、ごわごわになってしまった髪に手を焼いたものの、何とか元どおりに結んだ。
ペンダントの切れた紐をつなぎ直して頭からかぶると、うっすらと光る様子をもう一度眺めてから、
腕輪が手首の傷にあたってズキズキする。
「ああ、何もないと、ずっと素っ裸でいるみたいだった。これで元どおり。なんか少し気力が戻ってきた」
顔を上げるとウィルがこちらを見つめていた。
「ウィル、いま、わたしが何も身につけてないところを想像してたでしょ」
両手を腰に当てて笑いかけた。
「そんなこと、決して、断じてありません、シャーリンさま!」
ウィルは真っ赤になって首をブンブンと振った。
彼はとってもわかりやすいわね。そこがすごくいいとこだけど。
「さて、こんなことはしてられない。次はダンと合流しなきゃ」
カレンが時計を見た。
「もう夜更けよ。でも、まず、その腕を手当てしなくちゃだめ」
シャーリンの手首を指差すと、部屋の中をきょろきょろした。
「まずきれいに洗わないと。向こうに水場があるわね。ねえ、ウィル、医療キットを見なかった?」
「それより、ダンが心配しているから早く行かないと。こいつはリセンに行ってからでいい。今さら急いでもたいして変わりないし」
カレンは、ちょっとの間、迷っているようだったが、結局うなずいた。
「わかったわ。ウィル、どこかにランタンがなかった?」
「それなら、あっちの棚の奥です。カレンさん」
ウィルが案内した。
カレンは棚の奥に手を伸ばした。
「さあ、一つずつ持って、出発よ。急ぎましょう」
三人はウィル、シャーリン、カレンの順に縦に並んで、船着き場に続く急坂を慎重に下っていた。
ランタンで足元を照らしても歩きがおぼつかない。
やっと桟橋にたどり着いた。
もちろん、あの作用者たちの船はなく、カレンが乗ってきた小さいボートが放置されているだけだった。
「ウィル、どうやってここまで来たの? まさか、泳いできたわけじゃないでしょ?」
「もちろんボートですよ、シャーリンさま。またびしょびしょになるのは、ごめんでしたから。そのう、ボート小屋から失敬しました。あっちの岩場のとこに引き上げてあります。乗って帰ったほうがいいですよね? 無断で拝借してしまったし」
「わかった。その岩場の近くまで行って待っているから、ボートに乗ってきなさい」
「はい、シャーリンさま」
ウィルは駆け出した。
すでに、ロープを解いて乗り込んでいたカレンが、桟橋に手をかけてボートを押さえながら言った。
「さ、シャル、早く乗って」
「了解」
カレンと向かい合ってボートの真ん中にどっかり腰を下ろし、両手をそっと膝の上に置いた。腕輪を痛くない位置までずらすと少し楽になった。
「疲れたー。なんかもう、おなかぺこぺこ」
「わたしも。リセンに着けば何か食べられるかしら?」
「たぶんね。それよりもダンがどうしてるか心配。きっと、かんかんになってるに違いないわ」
カレンは首を横に振った。
「きっと、シャルのことが心配で、おろおろしているんじゃないかしら」
カレンはボートをゆっくりと発進させ、
「カル、ほらあそこ。ボートが見える」
「じゃ、このあたりでウィルが来るまで待ってましょ」
突然、大事なことを思い出し大声が出てしまう。
「しまった! ここに来た目的を忘れてた」
「びっくりするじゃない、シャル」
こちらを見るカレンの目が光った。
「いったい何の話?」
「ごめん、カル。彼らが何者で、なんでわたしたちを襲ったのかをわざわざ調べにいったのに、何も探さずに出てきてしまった」
満天の星を見上げ大きなため息をついた。
「だけど、そんな重要な証拠をその辺に置いておくとは思えないわ。とにかく、今はダンと合流するのが先でしょ」
「うん、そうだね」
手首をさすりながら続けた。
「この話をすれば軍が調査隊を派遣してくれるだろうし」
ほどなく、ボートをこいでくるピチャピチャという音に続いて、ウィルが現れた。
「そっちのロープをちょうだい」
「はい、カレンさん」
渡されたロープをともに結んだカレンは、速度を少し上げて、ボート小屋に向かった。
***
三人は並んで、リセンまで続く荒れた道をとぼとぼ歩いていた。
「ねえ、カル、あのレオンってやつだけど、何者だと思う?」
「うーん、強制者に会うのは初めてだから全然わからない。問題は、誰の側についているかってことでしょ。反体制派か、インペカールの差し金か、それとも、もっと別の勢力が国内にいるのかもしれないし、あるいはもしかすると……」
考えなしに口を挟む。
「帝国だとしたら、脅威だわね」
「大同盟が崩れない限り、帝国がまた攻めてくることはないと思うけど。でも、少なくとも、帝国の人はこの国に入ってきているでしょうね。スパイとか?」
「他にも強制者がいるかな?」
「一人いたってことは、もっといる可能性が高いわね」
カレンが思い出したように続けた。
「ねえ、シャル、あの人、ふたつもちよ。もう一つが何なのかはわからなかったけれど」
思わずカレンのほうを向いた。
「強制者でふたつもち? そんな人がこの国に潜入しているとは。これはゆゆしきことだわ。アリーにも知らせないと。ふたつもちってことは、強敵ってことでしょ。とにかく、二度と出会うのはごめんだわ。あいつ、また、会おうなんてかっこつけちゃって。絶対お断りよ」
***
やっと村の明かりがぽつぽつと見えてきた。
「ダンはマーシャのとこに行ったに違いないから、まずそこに向かいましょ。こっちよ」
ランタンを掲げてあたりを確認したあと、道を左に曲がると、ちょっとした高台にある家に向かった。明かりがついていた。
「よかった。まだ寝てないみたい」
そうささやきながらあたりを慎重に見回した。
「この付近に作用者がいる気配はないわ、シャル」
何に警戒しているかを、カレンはすぐに察したようだった。
ひとつうなずくと表門にある呼び鈴の紐を引いた。
まもなく、ちょっと先にある扉が少し開くと、ぽっちゃりとした女性の顔が現れた。と思ったら、扉をあけ放つやいなや、こっちに転がるように走ってくる。
息を弾ませながらシャーリンに話しかけた。
「ああ、姫さま。すぐにあけます。急いで家の中にお入りくださいまし。まあ、ウィルも一緒だったの? それに、カレンさんまで。さあ、さあ、こちらへ急いで」
マーシャは急き立てるように三人を家の中に入れた。家の扉を閉じて鍵をしっかりかけると、二度、三度、大きく息をついた。それから、話し始めた。
「シャーリンさま、ダンが連れてかれてしまいました」
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