10 ここから出るには (シャーリン)
「カルはそっち側に。部屋に少し入ると見える位置に立ってちょうだい。ウィルは外の見張りを呼び込むの。入ってきたら、何としてでも、そいつの銃を確保して。いい?」
シャーリンは小声で命じると、先ほどまで座らされていた椅子を静かに持ち上げて扉の脇に移動した。
椅子を下に置くと、扉に向かって右側の壁に張りついてから、ウィルを見下ろしてうなずく。
ウィルは床に寝ころがって、扉をどんどんと足でけり始めた。しばらく外に動きはなかったが、突然、大声が響いた。
「うるさい! 静かにしろ!」
ウィルは、今度は下品な言葉をわめき始めた。ふだん聞かないような汚い言葉使いに思わず顔をしかめる。
背中と頭を壁にピタッとつけた状態で、シャーリンは椅子を頭上に持ち上げると、カレンをじっと見ていた。
見かけよりこの椅子は重い。すぐに手が震えてきた。
早く入ってきて。これじゃ手が痛くてもたない。
突然、カレンが顔を上げると合図してきた。
すぐに、扉の差し金をずらす、きしんだ音がしたあと、扉が外側にさっと開いた。同時に、大きな男が頭を屈めて入ってくるのが横目に見えた。
男は、床に転がっているウィルを見下ろして口を開きかけた。しかし、すぐに顔をさっと上げてカレンのほうを向くと、右手にぶら下げていた衝撃銃を持ち上げながら怒鳴った。
「おまえ、どうやって……」
シャーリンが横を向くなり、椅子を思いっきり男の頭上に叩きつけると、その声が途中で途切れた。
両腕に激痛が走って、一瞬、立ちすくんだ。
男は何も感じなかったかのように、シャーリンに向き直るなり飛びかかってきた。
慌てて椅子の残骸を投げ捨てると、男を思い切り蹴り上げた。しかし、男は勢いのままにのしかかってきた。
右手に持っている銃を振り上げるのが見えた。迫ってくる銃を避けようと、腕を伸ばして男の手や顔を押しのけるがまるで効果がない。
ウィルが後ろから男の右腕につかみかかり、カレンが反対の腕に飛びつくのが見えた。男の顔を殴ろうとするが、腕がしびれたままでまるで力が入らない。
もうだめかと思ったところで、ウィルが男の右腕を蹴飛ばし、しばしのもみ合いのあと、何とか銃をむしり取るのが見えた。
すぐに怒鳴る。
「早く! 撃って!」
衝撃銃の軽い発射音がすると、男はそのままシャーリンの上に倒れかかってきた。
体を捻って逃れようとしたが、その前に、顔の上に男が覆いかぶさってきて下敷きになってしまった。
床に頭と背中を激しく打ちつけ、大男の体で胸が押しつぶされた。肺の空気が一気に押し出されたように感じ、冷気の矢が頭を貫いた。
一瞬気を失いかける。
無我夢中で手を顔の前にねじこみ、横を向いて何とか呼吸できるようにする。
カレンが廊下に出ていって左右を確認するのが視界に映った。
自分のかすれ声が聞こえる。
「こいつ、重すぎる。早くどけて」
ウィルとカレンが男をずるずると引っ張る。シャーリンは思い切り毒づきながら体を起こした。
放心状態で、ふたりが、男の手足をロープでぐるぐる縛るのをただ黙って見る。ご丁寧にさるぐつわまでしていた。
激しい動悸が治まったところで、やっと口を開いた。
「カル、ほかのやつらは?」
「あと二人。まだ気づいていないと思う。あっちのほう」
カレンは廊下の左を指差した。
「これからどうするの?」
「まず、残りのやつらを何とかして、それから、探し物ね。カル、案内してくれる?」
カレンは床に残っていたロープをかき集めると先に廊下に出た。
シャーリンはよっこいしょと立ち上がり、一度体を反らせてギシギシいわせたあと、ウィルに続いた。
そこで一歩戻ると、部屋の明かりを消してから、扉を閉めて差し金をしっかりとかけた。
ゆっくり廊下を進んでいくと、行き先が左右に分かれていた。振り向いたカレンが右側を指し示した。
奥から何の曲かはわからないが音楽が聞こえてきた。ああ、このせいでさっきの騒ぎが気づかれなかったのか。
そろそろつきが回ってきてもいい頃合いだわ。
近づくにつれて、騒々しい音楽が聞こえてくるのが、通路のすぐ先の部屋からとわかった。扉が開いていた。
三人とも、中から見られないように壁に張りつく。その部屋の先には外への出入り口らしきものが見える。
シャーリンはカレンの耳元に口を近づけてささやいた。
「あそこにふたりともいる?」
「うん」
「どうしようか? 何とかそのふたりを眠らせないと。何かおびき寄せるのに使えるものはないかな」
そうつぶやくと、手を後ろに振って合図した。全員が曲がり角の近くまで後退した。
両方の廊下を見ながら考えていると、ウィルが口を開いた。
「ほかの出口を探したほうがいいんじゃないですか? 窓とか」
「だめよ。わたしたちのレンダーは、きっとやつらがいるあの部屋にある」
「そこに作用者もいるんですか?」
カレンが反対側でささやいた。
「この建物には、もう作用者はいないわ」
「それなら、攻撃力でやつらを……」
言いかけたウィルを遮る。
「だめ。ここで、力を使うところを見られるのはまずい。それに、わたしは攻撃力を人殺しには絶対に使わない」
「じゃあ、どうするんですか?」
「それを今考えてるとこじゃない。少し黙って」
少なくとも廊下には役に立ちそうなものは何もない。衝撃銃は接近戦でしか使えないし、やつらは正式の武器を持っているかもしれない。
その時、後ろから、ドーンという音が聞こえてぎくっとした。皆が振り返る。
ちょっと間があったあと、ウィルがこちらを見ておずおずと口を開いた。
「さっきの部屋ですよね?」
「ウィル、ちゃんと眠らせたの? 目覚めるの、やけに早すぎない?」
「ちゃんと撃ちましたよ。見てたでしょう?」
「わたしは、あのくそったれの大男に迫られてたからね」
突然カレンが手を差し出した。
「ウィル、その銃を見せて」
「はい、カレンさん」
左手で衝撃銃を受け取ったカレンは、右手を表面に当てて滑らせるように動かした。さっと銃をひっくり返すと、底部のスライドパネルをずらしてぱちんとあけた。
あれ? カレンは衝撃銃を使ったことがあるのかな? ウィルも彼女の手元をまじまじと見ていた。
「レベルが最低にセットされているわ。これだと、あの大男には長いおねんねは無理よ。たぶんね……」
つまみをぐるっと回し、目を近づけてほかのゲージも調べたあと、衝撃銃はウィルに返された。
「まだ、残量は半分ほどあるから大丈夫よ。最大にセットしたから、たぶん、少し離れたところからでも撃てると思うけれど……」
カレンは眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
ウィルが尊敬の眼差しでカレンを見ていた。
「カレンさん、銃の扱いに慣れているんですね? 知らなかった」
「え? ああ、銃ね」
カレンは慌てたように答えた。
「前に教わったことがあるのかも……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます