9 ちょうどいい助け (カレン)

 廊下から話し声がする。扉の差し金を動かす音に、カレンは振り向いた。

 扉がギシギシ開くと、何か大きなかたまりが部屋の中に投げ込まれたように見えた。すぐ乱暴に扉が閉められる。


 床のかたまりが、うめき声を上げたあと、悪態をつくのが聞こえた。

 カレンがしげしげと下を見ると、リセンに行ったはずのウィルが手足を縛られて転がっていた。


「ウィル!」

「ウィルなの? いったい何してんの。こんなとこで」


 向こうからシャーリンが大声を出した。


「申し訳ありません、シャーリンさま。あの、捕まりました」

「そんなの見りゃわかるよ。リセンに行って連絡は取ったの?」

「いいえ。その、つまり、カレンさんがボートに乗って出かけたあと、リセンには向かいました。でも、船が川を上ってくるのが見えたので、戻って確かめに行きました。そしたら、その川艇があの丘の下にいたんです。暗くてよくわからなかったけど、おふたりが上に運ばれていくように見えました。それで、急いでボート小屋に……」


 ウィルの長い話をシャーリンが遮った。


「ダンは?」

「ああ、それが、リセンに行ったきりまだ戻ってこないです」

「ううっ、また、頭痛がしてきた」


 シャーリンはうなったきり黙り込んだ。



***



 ダンが戻らないのなら、連絡できたかどうかもわからないってことね。帰ってこないのは何かあったに違いない。あの人たちに先回りされたのかもしれない。

 そして、残りの三人は縛られてここに閉じ込められ、部屋の外には見張りがいる。

 そういえば、レオンはどうやって出ていったのだろう?


 突然シャーリンの声が聞こえ我に返った。


「ウィル、こっちに来られる? わたしのとこまで」

「手足が一箇所に縛られているんですが、何とか行けると思います。でも、その椅子に縛られてるロープには手が届きませんけど」

「いいの、届かなくても。わたしの後ろまで何とかして来て」

「はい、シャーリンさま」

「ねえ、シャル、何をするの?」

「カルの計画を実行するのよ」

「え? どの計画?」

「まあ、見てて」


 シャーリンはにんまりした。




 ウィルは、体を前後に揺すって床をギシギシといわせながら、シャーリンの後ろに近づいた。はあはあ言いながらしゃがれ声を出す。


「来ましたけど。次は何をすればいいんです?」


 カレンが見ると、ちょうど椅子の真後ろにウィルが横になっていた。視線を上げてシャーリンの横顔に目を向ける。

 まさか……かわいそうなウィル。

 シャーリンは振り返るとささやいた。


「声を絶対に出さないでよ。今から椅子をそっちに倒すから」

「えっ? どういうことです?」


 ウィルの声は裏返っている。


 シャーリンは、つま先で床を蹴って反動をつけると、あっさり椅子を後ろに倒した。椅子は、ちょっときしんだ音を出しただけで、ウィルの上に倒れかかって止まった。

 椅子の下でウィルがうめいているのが、かすかに聞こえる。




 シャーリンは、そのままこちら側にごろんと転がると、椅子を背負ったまま横向きになって、カレンを見上げた。満足そうな笑みが浮かんだが、すぐに顔を大きくゆがめた。

 あの両手をさらに痛めたに違いない。でも、すごいことに、音はほとんど聞こえなかった。


「シャル、そんなやり方、どこで覚えたの?」

「あのね、今日、二回目だからさ、これをやるの。さ、ウィル、次はカルのとこに行って。ほら、急いで」

「はい、シャーリンさま」


 ウィルはうめくと、ぐるっと回って、カレンの後ろににじり寄ってきた。しばらくごそごそする音がしたあと、ささやき声を耳にした。


「カレンさん、準備できました。いいですよ、倒してください。我慢していますから」




 シャーリンのように、つま先で床を蹴って同じようにやったつもり。それなのに、椅子の足がちょっと浮き上がるものの、倒れようとする気配もない。

 何度も繰り返すうちに汗が流れ出てきた。


「いったん、つま先立ちになってから、足を縮めて体ごと反動をつけるの」


 どうやったのか、すぐそばに移動してきていたシャーリンが下でささやいた。


「前の部屋でさんざん練習させられたんだから……。ああ、ちょっと待って。わたしが手伝ってあげる」


 体をぐるっと回して後ろを向くと、縛られた手を器用に使って椅子の足をつかむのが見えた。


「いい? 体を思い切り反らせるのよ? わかった? いち、にー、それ!」


 ガタンという大きな音とともに椅子が後ろに倒れた。

 そのまま動けずに、慌てて廊下の気配を感じ取ろうと頑張る。今の音に気づいて入ってくるのじゃないかしら?


「カレンさん、早く降りてください」


 下からうめき声がした。


「すごく重いし、何かが腕に食い込んでて痛いです」

「ごめんなさい、ウィル。今よけるから」


 ドニは、もっと食べないと風に飛ばされちゃうとか言うのだけれど……。




 不満そうな声が聞こえた。


「それで、これは何なんです? みんなで床に寝っころがって、このあといったいどうするんです? 眠りますか?」

「ちょっと待ってて、ウィル。これから、カルとつながるんだから」


 カレンは後ろ向きで手探りをしていた。


「シャル、足首をつかんだ。何とかここからやってみる。あとはそっちの手を……」

「わかった。ウィル、反対を向いて。体を倒してその背中の結び目をこっちに向けて、わたしの左手の真下に来るようにして」


 また、背後でギシギシいう音がしばらく聞こえた。


「そうそう、よし、そこでいい。そのまま絶対に動かないでよ。今からそのロープを切るから。さあ、カル、やってみて」


 カレンはいつものように、周囲に漂う精気の揺らめきを感じ取った。

 それを一気に取り込むと、握ったシャーリンの足首から中に注ぎ込もうとした。なぜか、抵抗が大きくてなかなか入っていかない。


 これじゃだめ? 少し焦った。ひょっとして、足からじゃ無理なの?

 でも、絶対にできるはずよ。ここは細いけれど場所は関係ない。抵抗が大きいのは単に波長が合っていないせい。


 何度か繰り返して、やっと流れ込んでいくのを感じた。

 ほっとして息を吐き出す。シャーリンの足首が小刻みに震えるのを感じた。うまくいったみたい。あとは、作用を発動できればいいはず。

 しばらく何事も起こらなかったが、パシッというかすかな音が聞こえた。




 後ろでごそごそするのが聞こえたあと、ウィルの声がした。


「シャーリンさま、手と足は離れました。次はどうすれば?」

「そのロープと手の間にすき間はある? 離れてないとウィルの手まで一緒に溶かしてしまうかも」

「大丈夫ですか、シャーリンさま?」


 ウィルの声が震えている。


「ほとんどきっちりで、すき間はないんですけど」

「わたしの腕を疑うの?」


 カレンは、シャーリンの腕が血と火傷だらけだったことを思い出した。ウィルの手首の動脈を傷つけなければいいけど。

 ウィルの観念したような小さな声がした。


「もちろん信じてますよ、シャーリンさま。どうぞ、やってください」

「カル、ちょうだい」

「はい」


 今度はすんなり精気の移動を感じたが、同時にほかの流れも感じた。一瞬のことでよくわからなかったけれど、これは何かしら?

 すぐに長いうめき声がした。


「ウィル、大丈夫?」

「平気です、カレンさん。手が熱くてひりひりするだけです。少し待ってください。まず、足のロープをほどかせてください」




 しばらくして、ウィルに手のいましめを解いてもらったあと、残りのロープも何とかはずせた。


「どうやったんです?」


 ウィルはシャーリンとカレンの顔を交互に見ながらささやいた。


「レンダーはやつらに全部取られちゃったんでしょ?」

「これは内緒よ。ほかの人には絶対言わないこと。いい?」


 いつの間にか頭痛が治っていた。


「はい、カレンさん」

「次は廊下の見張りを何とかしないと。カル、外のやつはどう?」


 シャーリンは床にあぐらをかいて、手首を交互に押さえながら聞いた。

 探るのに少し時間を要した。


「さっきと変わらないから、まだ気づいていないと思う」

「うーん、この部屋には本当に使えるものが何もないわね。椅子とロープ以外」


 部屋を見回しながらシャーリンがつぶやいた。

 立ち上がって扉に近づいたシャーリンは、すき間から外を透かし見たあと、戻ってくるなり静かに言った。


「扉の差し金を攻撃することもできるけど、扉をあける前に気づかれるわね。奥の手を知られてしまうし。それより、外のやつに扉をあけさせるほうがいい」

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