8 初めての感覚 (カレン)
カレンは強い作用を感じた。これは先ほどの人たちではない。
誰かが廊下を移動してくる気配は、扉の外で止まった。あのふたり以外にも作用者がいた。でも、そこで何をしているのだろう?
耳に神経を集中したが、話し声も物音も聞こえてこない。
首を捻ってじっと見ながら、差し金が動かされるのを待った。
扉がギシギシ開くと、黒っぽい服装をした背の高い、見覚えのない男が立っていた。首が痛くなったので、頭をもとに戻して、男が再び視界に入るまでじっと待った。
部屋を横断してくる音がしたあと、分厚く濃灰色の長いコートを着込んだ男がふたりの前に立った。その手には、手袋と帽子らしきものが握られていた。
真冬でもないのに、この格好はいったい何なの?
誰だろう? おそるおそる探るがよくわからない。作用者であることは確かだが、つかみどころのないこの異様感は何だろう?
シャーリンのつっけんどんな声が聞こえて我に返った。
「あんた、だれ?」
「おれはレオン」
男はあっさり名乗ると、シャーリンに少し近づいた。
「なんでわたしたちを縛った上に監禁するのよ? これをほどきなさい!」
「閉じ込めたのはおれじゃない、シャーリン」
シャーリンがさっと顔を上げた。
「あなたは何者?」
カレンはレオンを観察した。確かに何者だろう?
ここの人たちとは関係ないようなことを話しているけれど、本当かしら。だって、そこの扉から入ってきたじゃない。
「君たちに少し質問したい。まずは君からだ」
レオンはシャーリンの前に移動した。
彼女はレオンを睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「何もしゃべることはない」
レオンはまったく動じたようには見えず、てかてかしたコートをがさごそいわせながらシャーリンの前にかがんだ。
彼女の目をまっすぐに見るなり言った。
「
え? そんなことをストレートに聞くの? 答えるわけないじゃない。頭がおかしいの?
それに、シャーリンの名前を知っているのだったら、なんでわざわざ聞くのかしら。
動きのないシャーリンの横顔をじっと見つめた。この間はどういうこと? 何が始まるの? 先ほどからのゾクッとする感覚はなに?
レオンは床につけている膝の位置を少し変えると、首をちょっとだけ傾げて繰り返した。
「君の力名を言いなさい」
突然シャーリンがしゃべり出した。
「シャーロッタ・フォンダ=アリエン」
カレンはびっくりしてシャーリンの横顔を見つめた。それからもう一度、レオンと名乗った男に探りを入れる。
こちらをちらっと見た彼はかすかに微笑んだ。それを目にしたとたん、ざわっとした感覚が湧き上がる。
強制者。
でも、最後の強制者が現れてから十年以上たつと聞いた。以前に訪ねた習練所で、第四以上の作用力を持つ者はいないとも教えられた。あれは嘘だったのだろうか? それとも勘違い?
こんなときに記憶がないのはまったくもう。
ああ、ということは、廊下の見張りも強制力で封じ込めたんだわ。おそらく他の人たちも。思わず、つばをゴクッと飲み込んだ。
答えに満足したようにレオンはうなずき、さらに質問を重ねた。
「君の持つ作用力は何だ?」
「攻撃と防御」
「アリエンなのに攻撃と防御か」
レオンは、かすかに首を振ると小さな声で付け加えた。
「実におもしろい」
ずっと手に持っていたものを膝の上に置くと、両手の指を組み合わせた。
「それに、陰陽とはきわめて珍しい。これは期待できそうだ」
陰陽。
その言葉を耳にするなり、意味するところがぱっと
でも、それがどうしたというの?
「君の父親は誰だ?」
「ロイスのフランク」
レオンは小さく舌打ちをすると言い換えた。
「君の父親の力名を言いなさい」
「フラナリンク・カランドル=フォンダ」
そうだ。シャーリンは女性だから、その
だが、シャーリンは、
これはあまり例がないはず。
「君の母親の力名を言いなさい」
「知らない」
「母親について知っていることを言いなさい」
「わたしの母親は、わたしが生まれたときに亡くなった。父からはメリデマールの出身だと聞かされた」
うん、そう、メリデマールは、ずっと前に帝国に併合されてしまったから、今では、オリエノールの者が行くのは簡単ではない。
初動のあと、つまり、生まれて初めて作用が発動したときに、権威ある者は、子どもが両親から何を受け継いだかを
だから、シャーリンの母親については何もわからなくても、その継氏がアリエンであることは、権威ある者によって証明されている。
それに、アリエンは元をたどれば皆メリデマールの出。
レオンはしばらく黙っていたが、顔を上げるとまた質問を始めた。
「君には姉妹がいるか?」
なんでそんなことを聞くの? シャーリンに兄弟も姉妹もいないのは、たぶん、オリエノールの誰もが知っている。
「いない」
「そうなのか……」
つぶやきのあと少し間があった。
「君の父親はどこにいる?」
「一年前から行方不明」
シャーリンはたんたんと答えている。
「父親を最後に見たときに、どこへ向かうか聞いたか?」
「何も聞いていない」
「父親は、行方不明になる前に、母親について何か話さなかったか?」
「なにも」
やはり、この人、シャーリンの両親のことを知りたいのだわ。
レオンはかすかにうなったきり黙り込んだ。
カレンをちらっと見たとき、思わず目が合ってしまった。ゆっくり立ち上がるとこちらに近づいてきた。
次はわたしの番らしいわ。
強制者の言いなりにならないのは、陰作用を持つ対抗者に守られた人、それにもちろん強制者自身。質問されている間、答える自分に意識はあるのかしら。
シャーリンの様子をうかがうが、まだ支配下にあるのか動きがない。
レオンがカレンの前に膝をついた。切れ長の
目をそらしてもどうせ同じよね。強制力は目から入ってくるわけじゃないし。それでも視線を下げて、目の前の男の顎に合わせる。
レオンの低い声がした。
「君の力名を言いなさい」
強い暗示を感じるが、無理やりしゃべらされるほどではない。これが強制力なの? わたしを試しているのかしら。そのままじっと待った。
再び同じ質問がレオンの口から出るのを聞きながら一心に考えた。もしかして強制力に抵抗できている? わたしは大丈夫なの?
シャーリンにレオンが顔を向けるのを感じたあと、同じ言葉が強い口調で繰り返された。頭の中の圧迫感が急に増して、思わず屈しそうになる。
でも、これくらいならどうにか耐えられる。
正面を向いたままでも、シャーリンがこちらをじっと見ているのを痛いほど感じた。もう強制力から解放されているのかしら。
かすかに呼びかける声が遠くに聞こえた。
「カル……」
「カレナリア・フォンダ=アリエン」
先ほどのシャーリンの口調をまねて、ゆっくりと慎重に感情を挟まないように答えた。
「よし、ふたりとも、あれと同じだ」
レオンの顔に満足そうな笑みがちらっと見えたあとすぐに消えた。
ついで、肩まであるほとんど黒といってもいい、濃い茶色のさらっとした髪を手でかき上げる仕草を見せた。
突如、目の前の人物がけっこう見栄えのする男性であることに思い至った。
あら、こんなときにわたしは何を考えているのかしら。
次の質問が順番どおりに来た。
「君の持つ作用力は何だ?」
「感知」
ゆっくりしゃべった。この答えにどう反応するだろう。
「感知ともう一つは何だ?」
レオンの声にいらつきが感じられる。視線を動かさないよう我慢するのには努力が必要だった。
「感知だけ」
レオンの顔に困惑が広がるのが視界の隅に入る。自分の表情を変えないように全神経を集中した。
「ひとつもちか。それとも……」
レオンがつぶやいた。
「どういうことだ? まあ、たまにあることだが、それもきわめてまれだ」
レオンは少し身を引くと、シャーリンをちらっと見て頭をかいた。
その時、遠くから何やら音が聞こえてきた。
次の瞬間、圧迫感がすっと消えた。
レオンはすばやく立ち上がると、シャーリンに目を向けた。
「シャーリン、また会おう、そのうちに。カレン、あなたにもおおいに興味が湧いてきた」
こちらを向いて軽く頭を下げると、急いで廊下に出ていった。
シャーリンは青い顔をしていた。
「カル……あいつは強制者なの?」
「そうみたい。何をしに来たのかしら? あの人たちの仲間じゃないようなそぶりだったけれど」
「自分の意思に反して勝手にしゃべってしまうなんて。強制者が実際にいるとは、今まで誰も教えてくれなかった……」
「そうね……」
やはり、自分の意識は残っているのか……。
カレンは考え込んだ。あの人は何者? わたしなんかの名前まで知っていた。
どこから来て、それに誰のために動いているの? 反体制派か、インペカールか、それとももっと遠い……。
廊下からどたどたと騒々しい足音が聞こえてきた。
シャーリンがつぶやく。
「やたら忙しいわね、今日は。まったく一息つく暇もない」
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