7 考える時間はある (カレン)

 カレンの頭では、相変わらず鈍い鐘の音が反響し続けていた。

 薄目をあけてみると、広くはない部屋の中に置かれた椅子に座らされていた。横を見下ろすと、両腕は椅子の脇に縛られて、どちらも動かせない。


 頭を回すと、右のほうに、同じように椅子に縛りつけられたシャーリンが見えた。ご丁寧に、おなかに足までぐるぐる巻きにされている。

 見上げると、小さな明かりが天井にぽつんと点っていた。


 シャーリンはまったく身動きしない。大丈夫かしら? ただ、意識を失っているだけよね。そうだ、ふたりとも衝撃銃によって気絶したのだった。


 この部屋には、わたしたちの他には誰もいない。ふたりが座る椅子以外に何もない。妙にがらんとしている。


 あれから、どのくらいたった? ウィルは無事にダンと合流できたかしら。それにここはどこだろう。あの人たちは何者?

 なかなか目を覚まさないシャーリンを心配しながらも、考え始めた。



***



 しばらくして、背後から金属のきしむような音がすると、思考が中断された。

 扉の開く音に続いて、女とそれに男が二人現れた。彼らのうち二人は、もちろんあの船に乗っていた作用者。


 たぶん、サンチャスを攻撃してきた女と、手前の男は、当然、感知者よね。ジャンと呼ばれていた。心を静め作用力が漏れないように注意を払いながら、ふたりの様子をうかがった。


 向こうも同じようにこちらをじっと見る。

 わたしが感知者であることはわかったはず。探りあいなら負けないわよ。

 しばし無言で向かい合う。


 隣からシャーリンのうめき声がすると、続いて何やら毒づくのが聞こえた。

 男と女が、もぞもぞと動くシャーリンをじっと眺めている。


 やっと頭を起こしたシャーリンは、すぐ前に立っている男女に目を凝らした。何か言いたそうに口を開きかけたが、そのまま閉じるのが見えた。


 感知者の男が、シャーリンの手首にあった銀糸の輪を取り出すと、明かりに透かした。


「こんなものを服に縫いこむとは、なかなかやるじゃないか。でもこれじゃあ、しょせん、たいしたことはできないだろう? 苦労しても、せいぜい鉄格子をはずすくらいだ」


 鉄格子? 窓を探してきょろきょろしたが、この部屋にはない。シャーリンは別の部屋に閉じ込められていたのだわ。




「ソフィー、これをどう思う?」


 問われた女は、手渡された糸のかたまりをほぐして、何度か引っ張ってみたあとで、感想を述べた。


「うまく考えたわね、糸にするとは。自由な形になるし、あたしもまねしようかしら。でももっと量を増やさないと。これじゃだめよ」

「それにしても、なんで閉じ込める前に、全身を調べなかったんだ?」


 ジャンは、振り返ってもうひとりの男を非難した。


「おれたちがちょうど戻ってこなかったら、逃げられていたんだぞ」

「申し訳ありません。レンダーは全部取り上げたので、まさか糸にして縫いつけてあるなんて考えもしませんでした」


 男が頭を下げた。


「さてと、なかなか楽しませてもらった。もうしばらく、ここでおとなしく待っていてもらおうか。また、余計なことをするなよ。この部屋からは逃げ出せない」


 ジャンは、振り向いて命じた。


「今度は廊下でちゃんと見張っておけ」


 三人が出ていき、差し金が、がしゃんとはまる音がした。




「シャル、大丈夫?」

「頭がかち割れそう」

「わたしもよ」

「あはは……笑えてくる。二度もとっ捕まってしまった。大まぬけにもほどがあるわ」

「ごめんなさい。わたしが、のこのこやって来たせいよね」

「カルは悪くない。わたしが捕まってから逃げ出すまで、時間がかかりすぎたせいよ」


 渋い顔をするのが見えた。


「……というか、そもそも捕まったのが大失敗」

「ほんとにごめんね……」

「いいから、いいから、大丈夫。それにしても、夜になってしまうとは思わなかったなー」


 シャーリンは天井を見上げながらため息をついた。


「それに、気を失ったわたしを水中から助けてくれたんでしょう。ありがとう」

「そんなこと、あたりまえじゃない。どうってことないよ」

「……それで、レンダーは?」

「全部やつらに取られた……ペンダントまで」

「お母さまの?」

「うん。カルのも?」

「同じよ、みんなよ」




 しばらく会話が途絶えた。

 何とかしてここから逃げ出さないと。ダンとウィルが助けを呼んでくれたとしても、たぶん時間がかかるわね。でも、レンダーを取り戻せば何とかなる。


「それじゃ取り返さないとね。あの人たち、奪ったものをどうしたか見た?」


 うめき声に続いて答えが返ってきた。


「さっきのあの男が黒い巾着に入れて持っていった」


 どちらの男も手ぶらだった。この建物のどこかにまだあるかもしれない。そもそも、他人のレンダーを使えるようにするのは面倒だから、普通は、自分のものにしたりはしないはず。


「どうやって逃げたの?」


 シャーリンは苦笑いをした。


「あの銀糸を使ってね、金属の棒の角を溶かしてとがらせ、両腕を縛っていたバンドを切ったんだけど、今度はそれも無理。腕が椅子に縛りつけられているし、どっちみち、もうメデュラムは持ってない」

「棒もなさそう。ここには」


 カレンは何もない部屋を見回して付け足した。



***



「カル?」

「なあに?」

「カルは今でもレンダーなしで使える?」

「うん、まあね。わたしにほかの力があればよかったのだけれど……」

「そうだね。それか、わたしもレンダーなしで使えればいいのに……」


 ほかの人が、レンダーなしでは、作用を使えないのはどうしてなのかしら。

 カレンにはそれがずっと不思議だった。レンダーは、精気を取り込む入り口の役目をし、作用力を強化すると言われている。しかも、作用者一人ひとりの波長に合わせて作られる精密品だ。


 確かに、レンダーがあると力をすんなりと使える。ぴったり合ったレンダーが作用者自身の能力を大きく向上させるのは、まぎれもない事実。わたしだってそうしたほうが気が楽になる。

 実際は、レンダーがなくても、精気を取り込むことはできる。だから、作用力だって同じように使える。




「練習すれば、できるようになるのじゃないかと思うけれど」

「実はね……カルのことを知ってから、前に何回か試してみたんだけど、全然だめだった」


 シャーリンは照れ笑いを見せたが、そのあと咳き込んで顔をしかめた。

 そうか、やってみたのね。言ってくれれば、ふたりでいろいろ試せたのに。

 わたしはどうやって、できるようになったのだろうか? 記憶がないのがこんなに歯がゆいことはない。


「それじゃ、今度一緒に試してみようね。きっとシャルにもできるはずだわ」


 しばらく考えにふけっていると、頭の中の脈動が少し治まってきた。


 そうだ、わたし自身がレンダーになればいいのかも。この思いつきをあれこれ角度を変えて考えれば考えるほど、だんだんいけそうな気がしてきた。

 唯一の問題は、その人に合っていないもので、入り口をこじあけられるかどうか。こればかりは、試してみないとわからない。




「ねえ、シャル」

「ん? 何か思いついた?」

「わたしがレンダーの役目をすればいいかも」

「え? カルはレンダーにもなれるの?」

「たぶんね。わたしがシャルの代わりに精気を取り込んであげる。力の補強までは無理だけれど」

「どうやって?」

「わたしが手でシャルに触れて、取り込んだ精気をそこから流し込めるか試す。やってみないとわからないけれど、成功したら、あとはどうにかできるでしょ」

「うん、わかった。でもそれには、椅子を動かして手が届くようにしないと」


 シャーリンは振り返って扉を見た。


「やつらが外で見張っているかはわかる?」

「ちょっと待ってね、シャル。普通の人の感知はけっこう面倒なのよ」




 意識を集中して慎重に感知の手を伸ばす。

 感知者は、作用者だけが持つ精媒せいばいが活動する信号を捉えるが、作用者でない人の中に精媒は存在しない。


 それでも、すべての生き物が等しく作り出している精分せいぶんがある。作用力の原動力となる精分から発するかすかな振動は、何とか捉えることが可能。

 すぐ外にその発信源を発見した。


「扉の向こうに一人いるわ」

「それじゃあ、音を出すとまずいね。椅子を少しずつ動かしてみる」


 シャーリンは、体を左右に捻って移動しようとしたが、大きな甲高い音が部屋に響き渡ると、その姿勢のまま凍りついた。

 次の瞬間、作用力の気配が割り込んできた。慌てて感知力を引っ込める。あの人たち、戻ってきたの?


「シャル、待って。誰か来るわ」

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