2 何が何だかわからない (シャーリン)
いきなりなの?
シャーリンは、右の窓から人影の見当たらない丘に目をやった。
左手首の鈍い銀色のリングを右手で包み込むと、そのまま左の手のひらを中腹に向けて突き出す。
お願い、間に合って。
耳では、静かだった川艇の推進音が甲高くなったのを捉えていた。
突然、船の右側に空気の揺らぎが発生し、まぶしい光の洪水が襲いかかった。窓の外が青白く燃え上がり、たちまち船体が左に傾く。
ずりっと後ろに滑って背中が壁に叩きつけられると、うめき声が漏れてしまう。
強い。こりゃ、訓練が全然役に立たないかも。
衝撃でかえって意識がしゃきっとした。
そういえばこれまで一度も、動く足場で訓練した経験がなかった。しかも相手はかなり手強い。
そのまま背中を壁に預けて、フィールドを安定させることに専念する。
横目でちらっと見ると、ダンはかがみ込んで何かを操作していた。
今度は丘の上から伸びる力がはっきり見え、たちまち近くで青白く輝く光の束に変化した。へさきから真っ白い水蒸気がどっと吹き上がり、視界が遮られる。
次の瞬間、床がぐぐっと持ち上がり、船は狂ったように左に傾いた。カレンが椅子から投げ出されるのを目にする。
背中をつけていた壁が今や床となり、慌てて腕を下げる。手の先には船室の床があるだけで、もはや攻撃元とおぼしき丘は見えず、反射的に防御フィールドを下ろしてしまった。
その直後に三回目の攻撃が無防備な船を襲うと、あたりが光に包まれるのを茫然と見つめるしかなかった。
我に返ったとたん、何かがはじける音に続き、水がどっと流れ込んできて足をすくわれた。
天地がひっくり返ったように感じ、必死に椅子の背に手を伸ばしたが
カレンが後ろに飛んでいって、天窓から川に押し流されるのがちらっと見えた。次の瞬間にはシャーリンも同じように投げ出される。
水中に引きずり込まれ、生ぬるい川の水をしこたま飲んでしまう。
手足を懸命に動かして何とか水面に顔を出すと、口を大きくあけてぜいぜい息をした。
幸い転覆した船のかげに出た。鼻の奥に激痛が走る。
カレンはどこ?
あたりを見回したが誰もいない。濁った水に頭を突っ込んで探すと、遠ざかる何かが、影のようなものが、おぼろに見えた。
すぐに体を倒して、水を死に物狂いでかくが潜れない。
慌てて息を吐き出すと、体が一気に沈んでいった。遠ざかる人影に何とか近づき、上に向かって伸びていたカレンの手をかろうじてつかむ。
そのままくるっと向きを変えると川底を強く蹴った。
片手で必死にもがいて水面に顔を出すと、自分の居場所を見定める。
また青臭い水を飲み込んでしまった。
激しく咳き込んだあと、先ほどの丘を探して向きを変え防御作用を発動させる。カレンに腕を回しているため、手が持ち上がらず、きちんとは張れない。
でも、もう攻撃はしてこないようだ。
足だけを使ってゆっくりと泳ぎながら、ひっくり返って無残な状態で流されていく船のかげに回り込む。
後ろに突然ウィルとダンが現れ、カレンを抱きかかえてくれた。
ふたりとも無事のようだ。シャーリンはカレンの背中に回していた手を放すと大きくあえいだ。
「ああ、カル、しっかりして!」
カレンの顔に張りついた髪をかき分け、頬を両手で挟んで話しかけた。しかし、体はぐんにゃりとしたままで返事がない。
ダンがシャーリンをやさしく押しのけた。カレンの頭を横向きにして首にしばらく手を回していたが、こちらを向いて言った。
「カレンさまは意識を失われていますが、大丈夫です」
これを聞くと、それまで無意識に止めていた息を大きく吐き出した。
また失神しただけか。よかった。
「ということは、カルは感知されない……」
そうつぶやいたあと、ダンのほうを向いた。
「連絡は取れた?」
「救援要請に対する確認には至りませんでした、姫さま」
「それはおかしい……」
しばらくダンの顔を見つめる。
どうすべきだろう?
少し下流に村がある。船の通信機はもうだめだから、連絡を取るにはそこまで行かないと。それにしても、やつらはこの後どうするつもり?
そもそも、なんでわたしたちを襲ったの?
頭を突き出して向こう岸に目を向ければ、丘の上から斜面を下ってくる人影がちらりと見えた。
殺すつもりがないってことは誘拐? でも、最初の攻撃に気づかなかったら終わりだったかも。やっぱり排除しようとしたの?
それになんで攻撃をやめたの?
無意識のうちに手の甲を口に押し当てていた。確かに直撃は受けなかった。うーん、やつらはたぶん大勢。作用者も確実に複数いる。
ああ、もう何もわからなくて、いらいらしてくる。
シャーリンは自分の口が勝手に開くのを感じた。
「それじゃ、二手に分かれましょう。ダンとウィルは、カレンを連れてリセンまで行き、連絡を取って状況を報告してちょうだい。船がだめになったから、迎えもお願いしてね。わたしはあっちの丘の様子を見てくる」
自信たっぷりに話したつもりだが、まったく説得力のない言い草なのは明らか。案の定、すぐにダンは首を勢いよく横に振った。
「彼らはサンチャスを攻撃してきたのですよ。一緒に行動したほうがよいと考えます。全員でリセンに向かうべきです」
「誰が何のために攻撃してきたのか知らないと」
「向こうには武装兵がいるだろうし、さっきの攻撃からすると作用者だって何人もいるのですよね?」
ダンは振り返って丘のほうを見た。
「カレンさまが眠っている今、感知されたら先手を取られ、姫さまがいくら頑張っても勝ち目はないです」
「そうね。意識のないカルは感知されないから、別々に行動したほうがいい。ウィル、カルの世話をしっかりお願いね」
ウィルは、ダンとシャーリンに挟まれて、川の流れに身をまかせていた。ダンを見て、何か言われるのを待っていたが、こちらを向くと黙ってうなずいた。
「相手は何人だかわかりませんし、あの人たちのしたことを見たでしょう。とても危険です」
ダンは丘の下を指差した。
岸にボートらしきものが見えた。なるほど、なら、なおさら急がないと。
「姫さまをおひとりで行かせたと知れたら、ご当主に言い訳できません」
「今はわたしがその当主よ。まあ、少なくとも明日にはそうなるはずだった……」
声が尻すぼみになった。
こんなことになったら、それも延期。権威ある者によるわたしたちの作用者認定も……。
ウィルに抱きかかえられて眠っているカレンを見ながらため息をついた。
気を取り直すと、すばやく反対側の岸辺を確認する。
「攻撃者、感知者、それに遮へい者の三人。ふたつもちなら二人。何とかなるわ。こっちに向かってくる前に食い止めなきゃ」
カレンを心配そうに見ながら早口でまくし立てる。
「さあ早く行って! やつらが来る前に」
ダンは何か言いたそうに口を開きかけたが、そのままため息をついた。少し間があったが、顔を上げると肩をすっと下げた。
「わかりました、姫さま。でも気をつけてください。武器を持った者たちが何人いるかわかりません。決して無理しないように」
またもや深いため息が聞こえた。
ふたりを急き立てる。
「わかったわ、ダン。十分に気をつける。さあ、さあ、急いで、ほら」
ダンとウィルがカレンを抱きかかえて岸へ向かった。シャーリンは、ほとんど水面下に入ってしまった船のかげから反対の岸を
もうすぐボートにたどり着きそう。崖の上を見たが、そちらには誰も見えない。
下流に向かって泳ぎ出す。
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