占い師

「はっきりと思い出せないんですけど 。 幽霊と本気で恋をしていた、あの時の感情と楽しさが起きても残っているような夢を……」


 幽霊と恋をした、それがアズマの幻想まぼろしだった。


「中学生の頃に、だったよね。 夢の内容は思い出せないとしても、相手の顔や名前とかは?」

「いえ、全然。 ただ、建物のベランダ? 窓?から空を見上げていたような事は覚えています。 着ていた服もぼんやりとしているんですけどね」

「どんなデートをしたとか、そういうのは?」

「全く。 感情だとか楽しさは思い出せるのに、エピソードも思い出せないんです」

「そういうもんだよ。 鮮烈でも無い限り、それが現実であろうと幻想であろうと、徐々に薄れていくもんだ」

「そうです、よね」

「上手く障害の方は落ち着いている、ストレスで再発する事もあるから何かあったら連絡をしてほしい」

「分かりました」

「とりあえずいつもの薬を出しておくよ」

「ありがとうございます」

「では、また来週」

「ありがとうございました、失礼します」

「良い週末を」

「先生も」


 そうして、診察が終わり待合室に座る。数分後には受付に呼ばれ会計になる。


「1500円です……はいおつり」

「どうも」

「じゃあ、これ、お薬の確認ね。 安定剤と障害に対するお薬」


 精神安定剤は変哲もない錠剤だが、幼児性幻想発育障害に対する薬は身体に悪そうとしか思えないケミカルな青色をしていた。パッと見ではプラスチックに見えるような毒々しい薬。


「ありがとうございます」


 そんな薬を一週間分受け取る。


「ああそう、来週は研究協力代の入金日だから確認してね」

「そうでした、分かりました」


 このクリニックから得られたデータは全て国が管理している研究所に送られる。この詳しい解明も解決策も見いだせない病に対し役立たたれるそうだ。熊谷医師曰く、「年金の代わりと思ってくれていい」との話しだった。少なくない額が毎月アズマの口座に振り込まれる。それが風俗への代金へとなっていた。


「それじゃあ、気を付けて」

「はい、失礼しますね」


 そうして錦糸町駅方面へと歩きだすと雑居ビルとラブホテルの間、その小さな隙間から視線を感じた。


「あ、こんばんは」

「こんばんはですよ」


 暗がりに折り畳み式の机と椅子、月を象った卓上ライト。 そこに居るのは有名占い師の彼女シスター。錦糸町の何処かでこうして店を広げ、占いをしている。運よくアズマは一人の彼女を見かけるが、客が並んでいる時も多い。


「良かったらどうぞ」

「では、まあ」


 一度、お辞儀をして椅子に座る。 シスター服のようであるが、意図的に十字架は避けられていて、ファンタジーの神官のようなイメージでもある。 歳は二十代前半から後半くらいだろうか、雰囲気はもっと上にも見えて実年齢は不明だ。目元はベールで隠されているが、口元は整った顔立ちが見て取れる。


「一週間、お疲れ様」

「なんとか乗り切りました」


 力ない苦笑いを返したアズマに、何かありましたか?と優しく聞くシスター。全てを包み込むような優しさについ、アズマは口が軽くなってしまう。そうして、辛かった事、恋の話をする。


「仕事も辛い、夢も……正直叶うか……」

「でも、今回もちゃんと好きな人と会えたようで嬉しいです」

「そう、ですね……とても素敵なひと時でした」

「それはなによりです」


 シスターは自分の事のように喜んだ。


「さて、雑談はここまでにして、占いの方もどうですか?」

「ではお願いします、様々な問題に対してどうなっていくのか」

「いつもフワっとしてますね」

「すみません……」


 アズマが財布を取り出そうとすると、それをシスターは制した。


「お代は大丈夫ですよ」

「……いつも悪いです」


 錦糸町の聖母、先導者……数え切れない異名を持つ彼女の占いは、とても貴重である。 しかし、決してアズマからは代金を取らない。アズマが理由を聞いても「いずれ分かりますよ」としか言わない。


 しかし、その日は違った。


「占いに関わる事自体に意味があるんですよ」

「それはどういう…?」

「ふふふふ」


 上品に柔らかく笑って、シスターは誤魔化し、机にカード束を置いた。 タロット占いのようだ。


――――すなわち


愚者・魔術師・女教皇・女帝・皇帝・法王・恋人・戦車・力・賢者・運命・正義・刑死者・死神・節制・悪魔・塔・星・月・太陽・審判・世界


「現状は逆位置の隠者、障害は魔術師、顕在意識は正位置の正義、潜在意識は正位置の月、過去は正位置の愚者、未来は正位置の死神、アナタの意識は女教皇の逆位置、注意すべき事は逆位置の太陽……最終結果は正位置の力」 


 ゆっくりとアズマを見てシスターは口を開く。


「これはあくまで占いですからね。 アナタは――――――――」

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