求不得苦の風俗嬢(コールガール)1 ヤエ視点

「ヤエ、お疲れー!」


 風俗店『エアステリーベ』。 新宿でガールズバー、コンセプトカフェを経営する恋々れんれんグループのホテルヘルス。怪獣が目印の映画館の近く、雑居ビルの二階。ここには待機室があり、この場所から客の元へと向かう。 ヤエは本指名、いわゆるリピート指名の客である『あずま』を相手にし、待機室へと戻ってきた所だ。安物の長机とパイプ椅子、いつからあるか分からない薄汚れたソファ。 そこだけ丁寧に管理された化粧室コーナー。 所属する風俗嬢が貰った溢れるばかりのぬいぐるみや置物。混沌というほどではないが、雑多な印象を受ける待機所だった。


「お疲れ様、ぬねの」


 調子が悪いエアコンのせいで、ぬねのは季節も早く、うちわを使っていた。


 ちりんちりん


 うちわを扇ぐ度にピアスが音を立てる。 小さな鈴がついたピアスが右耳についている。源氏名 『総角あげまき ぬねの』。 その名の由来は萌えとミステリーを合わせた大人気シリーズのキャラをモチーフにしているらしい。 小さめな身長、青いショートカットの髪に黒いロリータ風ワンピース。 所々にくすんだ紫があしらわれ。風俗嬢としては地雷系で出勤している。 汚れてしまう事もあるこの職業で服装綿密に気合いを入れるのは彼女のこだわりだ。


「待機?」

「そーそー。 残念ながら今日は本指のお客さんいないから、呼ばれるまでね。 そっちは?」

「ちょうど、本指の人が終わった所」

「じゃあ、今日はご帰宅ですね!短時間の出勤なのに、毎日本指名で埋まっててうーらーやーまーしー」


 他人が聞けば少々トゲもありあそうだが、悪気が無いのをヤエは知っていた。


「SNSに写メ日記、ときおりご機嫌伺いの連絡。わーたーしには無理無理ィ!」


 メイクの関係でおさなく見えるが、成人女性がこういうキャラクターをしているのを嫌う人間はいくらでもいる。 例え同業者でも。もっともヤエは特に何も思わない。いや、何を言われても、それを貫く姿勢は凄いとすら思っていた。


「やれる努力しないとお客さん増えないしね」

「ほんとそういうのめんどー」


 どうしたものかと、ヤエがため息を吐いた瞬間にぬねのが持ったスマホがブルブルと震える。


「あ、やば、充電」

「動画見てて寝落ちして充電でも忘れた?」

「へへへ、あったりー!」


 待機室のコンセントに充電器と延長コードを差し込み、机の上で再度動画を再生し始める。 画面いっぱいにシスター服の女性が映し出される。 十字架などを下げているにも関わらず、大きい胸がギリギリまで出された過激な衣装。 歳は二十代前半から後半くらいだろうか。落ち着いた優し気な声、包んでくれそうな柔らかな笑顔をたたえた、とても綺麗な女性だ。


「おはこんばんちはですよ、『ヴァナジウムちゃんねる』へようこそ」


「……誰だっけ?」


 何処かで聞いた事があったようでヤエは首をかしげる。


「ヴァナジウムのヴァナディースさんだよ!」


 ヴァナジウムちゃんねる、投稿者は『ヴァナディース』と呼ばれる女性。ジャンルはオカルト雑談や検証をしている配信者である。ホラー系のコスプレをしており、シスターやキョンシー、巫女、ゾンビなどのコスプレで撮影している事が多い。


「オカルトとか興味ないしね」

「人生相談とかもやってるんだよ、実は私も……してもらってたり」

「そうなんだ、ふーん」


 ヤエが目をスマートフォンに向けると動画からは新着の都市伝説『ひとりおにごっこ』について、語り始める所だった。


「そういうの見るてると危ないぞ」


 帰り支度をしていたみゆきが声をかけた。エアステリーベで指名ランキングを独走している。 プロフィールは二十歳となっており幼く見えるが、この店の最古参であり実年齢はアラサーくらいとも言われている。


「怪談なんて、気づいてくれる人に近寄って来るんだからな……それじゃあお先」

「お疲れ様でーす」

「お疲れさまー」


 出ていったみゆきを確認してぬねのが口を尖らせた。


「いいじゃんねー好きなんだし」

「うーん……まあ人それぞれだし」


 ヤエとしては接客について相談したこともある手前、なんとも言いづらいのだった。

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