不運と夢と恋(3)

 ガタンガタンと特急列車が音を立てて東京へと向かう。アズマは週の内、土日は東京で過ごす為である。そんな車窓からは自生のような山桜と海のコントラストが伺える。アズマは本から目線を上げて、その景色をなんとなしに見ている。


 片道二時間ちょっとの移動時間だが、アズマにとっては苦では無い。 今やスマホで色んな事が出来る。読書に映画、ゲーム。 この移動時間が強制的に発生している間は趣味と勉強を兼ねて物語に触れる事が出来るし、疲れていれば多少キツイが仮眠もできる。


「もうそろそろ、桜も芽が出る頃か」


 最後に花見をしたのはいつだったかな、そんな事を考えていた時に窓枠に置かれたスマートフォンが震える。


『こんにちは。 今日は会えるのを楽しみにしてる。』


 一見、そっけないようにも見えるDMがアズマにとっては嬉しい。


 なぜならそれは風俗嬢『ヤエ』からのDMだったからだ。


 風俗嬢ヤエ。 東京新宿にあるホテルヘルス『エアステリーベ』に勤務するプロフィール上は27の女性。 予約せずに会う事は不可能な人気嬢。 そのダウナーな雰囲気とは裏腹に丁寧な接客やSNSの活用などで人気を博している女性である。


『僕も楽しみにしています、よろしくお願いいたします』


 そうアズマは返信し、顔がニヤけないように必死に顔をとどめた。俗に言うガチ恋。その相手がヤエなのだ。 辛い現実を風俗で紛らわす。それが今、アズマを支えている。


 乗り換えを経て新宿に移動したアズマは駅のコインロッカーに荷物を置き、手続きを済ませラブホテルで待機した。歯磨きや髪の毛、服の皺や乱れのチェックをして今か今かとヤエの到着を待つ。 コンコンとラブホテルのドアが鳴るとアズマは深く息を吸い、呼吸を整える。


「はい、今、開けます」

「こんにちは」


 手狭なホテルのドアを開けると、そこには一人の女性が立っていた。ダボッとした大きいパーカーにキュロットスカート。ウェーブがかかったショートのボブ、隙なく色染めされた茶髪。身長は平均よりも少し高め、スレンダーで綺麗な女性だ。 ただ、人気嬢とは思えない愛想の無さだった。きゅっと引き締まった唇は少しも釣り上がっていない。


「今日はありがとうございます」


 それでもアズマはにっこりと笑って女性ヤエを迎え入れた。


「いつもお疲れ様」


 招き入れられたヤエはしっかりとアズマの目を見て日頃の疲れを労った。そして、ぎゅっとアズマを抱きしめた。すぅとアズマの匂いを嗅いでいるようにも聞こえる息。そして顔を上げた。


「ん」


 短く小さな合図。キスの合図だった。 ヤエを呼ぶ度、毎回の恒例のイベントである。何回も行ったハズなのに、それでもアズマは一瞬だけ硬直する。


 これは『風俗嬢ヤエ』としての接客なのは分かっている、それでも嬉しいと思う気持ちと、それが少しだけ悲しいと思う気持ち、そして興奮。 その複雑な感情の波がアズマの身体を硬直させるのだ。 その感情を押し込めて、アズマはキスを返した。 舌と舌がうねる。 キスの仕方などアズマは分からなかったが、ヤエがリードしてくれていた。 時折、アズマが舌を押し込むとそれを察してアズマを招き入れた。しっかりとアズマの腰に手を回し、摩るように動かし感情を煽る。


「ん……」


 ヤエの艶っぽい声が漏れる。一分以上長く、しかし、あっという間に感じるキスを終えてアズマは口を放した。一瞬見つめあってお互いを抱きしめあった。


「行こう?」

「そう、ですね」


 ヤエに手を引かれ、部屋にあるソファに座る。先にアズマを座らせて、ヤエは電話連絡をし、店に開始を告げる。その後、寄り添うようにアズマの隣に腰を下ろした。


「大丈夫だった?」


 何が、とは言わない。 毎週会う中でアズマの大体の事情は知っている。


「進展は何もなく、と言った感じでしょうか」

「でも頑張ったね」


 確かに愛想という物は無い、だが、しっかりとした視線がただの無愛想とは違う事を証明している。落ち着けるように、興奮させるように、ヤエの手はアズマの太ももを摩る。 赤子をあやすようでもあり、男を興奮させるようでもある不思議な手つきだった。


「ありがとうございます」

「ご褒美」


 ヤエは目を瞑って口を差し出した。それに応えるようにアズマは再度キスをする。


「それじゃあ、一緒にお風呂に行こう」

「そうですね」


 アズマにとっての至福のひと時は有限である。無言で脱がせて、と催促するヤエのパーカーに手をかけた。

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