不遇と夢と恋(2)

 仕事が終わり、アズマは一軒家に帰る。 独り暮らしするには広い二階建て。庭の代わりに車は二台停められる駐車場。そこは結婚する予定だった女性と買った家だった。だが、その家はアズマ独りきり。その女性の痕跡一つ残っていない。ベッドも布団も服も化粧品も、何一つ。 ダイニングキッチンに自室、無駄に多い客間があるだけだ。


「…………」


 手洗いを済ませ、溜まった洗濯を洗濯機に放り込みスタート。 その間に手早く朝食の準備。 社員食堂で夕食は提供されるが、朝食の提供は無い為だ。 冷凍の白米の在庫を確認。大さじ一杯の味噌と乾燥わかめ、冷凍ねぎを椀に入れて即席みそ汁を作り冷蔵庫へ。たくあんを使う分だけ切り分け、ラップをかけてこれも冷蔵庫へ。


「昔は作ったり、作ってもらったり……楽しかったな」


 作った物が誰かに喜んでもらえる事、自分の為に作ってくれる事。料理にそういった楽しさを見出していたが、今や簡単な物しか作らず、冷凍食品でパンパンだが冷蔵は空っぽに近い。その原因は数年前にさかのぼる。



















「――――別れよう、だって?」

「そうだよ」


 予兆はあった。 意図的に避けられている節があった。


 その時期、仕事関係で追い詰められていたアズマは当時の彼女である『水澤 みずさわあまぎ』に対し時間を取れていなかった。 だからこそ、しっかりと向き合おうとした時だった。 しかし向き合おうとすればするほど、しっかりと時間を取ろうとすればするほど、あまぎは避けた。だからこそ、アズマは必死の想いで話し合いという場を設けた。


「仕事を言い訳にするつもりはない、ごめん」


 そう話を切り出したアズマへの答えが『別れ』だった。


「遅いの、何もかも」


 そこから、あまぎの浮気が発覚した。 あまぎの職場の上司。寂しさを紛らわせてくれたのが本気になった、何処にでもありそうな理由じごく


 浮気に対し罰で返せれば、ある意味綺麗に終わったのかもしれない。しかし、アズマには、その選択は取れなかった。理由言いももせずに、仕事への対処を優先してしまった自覚があるから。 もちろん、恨む気持ちもある、悲しむ気持ちも、怒りも。愛憎というよりは、自責と他責の間で揺れている。善悪ではなく、感情論にしてしまった時点で答えは無い。













 電子レンジが音を立てて冷凍チャーハンが出来た事を知らせた。


「恋への未練というより、幸せに対する未練か……我ながら情けない」


 手早く皿に盛り付け、瓶から少しだけレモン果汁を振りかける。 ポットの麦茶をコップに注ぎ黙々と食べる。趣味では無い皿が過去を思い出し憂鬱とさせるが、それを捨てる事の出来ない自分自身もより憂鬱とさせる原因だった。


 食べ終わり、ダラダラと片付けをしようとした時にスマートフォンが何かを通知して音が鳴る。誰だろうとアズマは通知を確認する。


槻歌つきかさんか」


 SNSのDMに送られてきたのは、ハンドルネーム『槻歌つきか』。この世界の何処かに居るアズマの仲間であり友達である。


『こんばんは、お疲れ様です。

 今夜22時くらいはお時間ありますか?

 お話できれば嬉しいです。』



 

 予定の時間までに、家事や風呂を済ませパソコンで スタンバイ。そうすると約束の時間ぴったりに連絡がきた。


『こんばんは。キョウ』

『こんばんは、槻歌さん』


 キョウとはアズマの事である。 ネット上では『境界線の人』と名乗る事が多く、頭からとって『キョウ』と呼ばれている。


『恋愛小説、上手くいってる? こっちは悩んだけれど、やっぱりハッピーエンドにしたいなって思ってる』


 槻歌の問い、それはアズマにとって今、必要な話題だった。


『うーん……あんまりですね、恋愛の執着というのはあまり理解されないみたいです。 浮気には罰を、みたいな? NTRも恋愛とエロではちょっと求められる物が違うみたいです。 NTRを放置した主人公は別の女性と関係をもって……彼女として繋がっているという事実と相互の浮気という背徳感は理解されがたいようでした。


槻歌さんは大幅に方向変えるんですね』


 アズマにとって必要、それは他者のアドバイスだった。 小説投稿サイトで行われるコンテスト。 優秀な作品は書籍化もされるものだった。自分の気持ちを形にして本を出す、それがアズマの夢。


『寝取られって痛みを乗り越える過程で快感に変化してる(所説あり)だし。求める物はやっぱり違うんじゃない。 見ている層も違うのかも。というかやっぱり全年齢でやるもんじゃないよね。


私の方は悩んだけどね、やっぱり。作ったキャラには幸せになってほしいから。』


 元はアズマの作品、『失恋から始まる異世界旅行』という作品にコメントを残していたのがきっかけだった。そこから、親しくなりこうしてチャットのようなDMをしている。 アズマから見ると年下の女性ではあるが喋りやすくトークしやすく、しっかりとした性格や作品の完成度から、アズマは基本的に敬語を使っている。


『そうなんですかね。 一般向けだからこそのじれったさや、ギリギリ感を出したかったけど。僕では難しいのかなって気がしてます。



槻歌さんの人生を終わらせる為の物語。ビターエンドのあの味は好きだったんですけど、槻歌さんが書くハッピーエンドもみたいですね! しかし一端、話は終わっているので、どういう世界感で書くんです?』


 こうして夢の話で夜がふけていく。 いつか自分の文じぶんが認められる時を夢見て。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る