過去と怪異と少年

 ――――つまり、怪異ってのは悪辣なんだよ。基本はな。


 そう男が呟くと、力がプッツリと切れたように学生服学ランの男子が壁にもたれかかる。秋葉原特有の怪しげな露店も違法すれすれのパーツショップも、成人向けの店もしんと静まり返る、この夜。


 路地裏には喪服のような真っ黒なスーツを着た男と、そして件の男子。 眼鏡をかけたいかにも気弱な少年だった。


「あくら、つ……なんかじゃなかった……」


 振り絞るように男子が反論すると、男は「そうかもな、お前には」と返事をした。


「本当にレアケースだよ。 怪異が人を生かすなんて。 奴らは善意にしろ、悪意にしろ、結果的に人を害する。 デメリットに対し利益メリットが上回る事も、ましてやこうも無事に生きる事も殆どない」


 男はスーツの内ポケットから古いオイルライターを取り出し、タバコに火をつけた。 『幸運ラッキー』を名を冠するタバコはこの場には不釣り合いだった。


「奴らの行動原理は三つ。 自らの使命を全うする、人を喰らい大きくなる、繁殖する、だ。 だが、結局お前はどれもされなかった。 レアケース中のレアケースだ」

「……レアケースだとしても、僕は」

「殺されたかった、か? お前らを追ってた俺が言うのもなんだが、その先は言うな」

「っ……」

「 怪異のスペシャリストとしてではなく、一人の大人として、人生の先輩として言わせてもらう。 お前がは、お前に未来を託し、信じ、送り出したんだ。 だから、泣き言も後ろ向きも言ってくれるな。 それが手向けってモンさ」


 男子はそのまま座り込み、膝を抱えた。 ただ、ただ、何かを抱えるように。


「この後、どうなるんですか?」


 言葉とは裏腹に、何処か投げやりだった。


「多分。 今回の事件、こんな形になって生き残ったお前は研究対象になるだろう。 多少の監視や協力はしてもらう事になるだろうが日常生活に戻るだろうな」



「そう、ですか」


 やはり少しばかりも嬉しくなさそうな声で男子は答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る